テッド・チャン あなたの人生の物語 ① (2003早川文庫)

　久々にSF。本書は、『あなたの人生の物語』を含む8編からなるSF短編集です。タイトルとなっている『あなたの人生の物語』は、地球外生命体とのファースト・コンタクトを描いた映画『メッセージ』の原作です。

ヘプタポッド

　地球外生命体が地球にやって来ます。エイリアンは何のために何処からやって来たのか？、敵意を持った征服者なのか福音をもたらす使徒なのか？。ヘプタポッド（七本脚）と呼ばれるエイリアンとコミュニケーションを取るため、物理学者、人類学者、言語学者などが動員されます。

　異星人ですから、人類とは全く異なった言語、思考形態を持っています。どうやってコミュニケーションを取るのか？、そもそも言葉を発するのか？。宇宙船を操るぐらいですから、異星人は高度な文明を持っています。その異星人は人類に何をもたらすのか？。その辺りが作者の腕の見せどころ。映画であればエイリアンのキャラクターデザイン、視覚効果に力点が置かれます。小説ですから、エイリアンそのものよりも「未知との遭遇」のドラマが主題となります。

　エイリアン接触チームに所属する女性言語学者ルイーズが、異星人とコンタクトを取るストーリーと、ルイーズの娘の成長が交互に展開します。原題はStory of Your Life、『あなたの人生の物語』の「あなた」とはこの娘のことです。ルイーズは慈しんで娘を育てますが、山で遭難し25歳で亡くなります。あなたの人生の物語が25歳で終わることが冒頭で明かされます。この25歳で終わる娘の人生と異星人はどう関わるのか、これがテーマです。

　『あなたの人生の物語』は、あなたのおとうさんが、わたしにある質問をしようとしている･･･「こどもはつくりたいかい？」で始まり、「こどもはつくりたいかい？」、で、わたしはほほえんで、こう答える、「ええ」。

で終わります。実はこれがテーマの答。

　ルイーズと物理学者ゲーリーによる異星人とのコミュニケーションの話は難解です。異星人は言葉を話し、表語文字（漢字のような表意文字、英語は表音文字）を持っていることが判明します。言葉はほぼ雑音、文字は複雑なグラフィックデザインの寄せ集め(意味図示文字と呼ばれる)。ゲーリーが歩く動作を見せ、ヘプタポッドが発語し文字を書いて見せ、彼等のwalkという言葉と文字を解明します。

　徐々にヘプタポッドとコミュニケーションができるようになります。ヘプタポッドは一連の「文字」を逐次的に書くのではなく。まず大まかな構成が示され、次に細部が肉付けされて行くという順序で書いてゆきます。ぼんやりした輪郭が現れ、やがて細部が鮮明となる。この書記法がヘプタポッドのやり方であり思考法です。

フェルマーの原理(1)
　ヘプダポッドと「フェルマーの最小時間の原理」を論議したことで、彼等の思考経路や物理学体系が人類とは異なることが明らかとなります。ゲーリーによると、

物理の原理にはひとつ、古くからの問いかけがあってね･･･物理法則の一般的公式は因果律的であるのに対し、フェルマーの原理のような変分原理は合目的的、ほとんど目的論的なものではないかというものなんだ。

　物理法則を使えば、事象の時系列的、因果律的に正確に未来が予測できます（例えば天体の運行）。一方のヘプダポッドの物理法則は、因果律ではなく、合目的的。過去の「因」があって現在or未来の結「果」があるのではなく、最初に合目的的の現在or未来がある。これはルイーズの発見したヘプダポッド文字の記述方法と同じです。ここまで来ると、このSFはエイリアンとのファーストコンタクを借りた「時間もの」だということが分かります。続きます。

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