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マークース・ズーサック  本泥棒 (2007早川書房) [日記 (2022)]

本泥棒 銃後の小国民
本泥棒。またの名をリーゼル・メミンガー・・・
1939年の1月のことだった、彼女は9歳、もうすぐ10歳になろうとしていた。弟が死んだ。

 弟は埋葬され、この時リーゼルは墓掘人のポケットから落ちた本を拾います。本は『墓掘り人の手引書』でこれが《本泥棒》の1冊目となります。彼女は、ミュンヘン郊外モルキングで、ローザ・フーバーマン、ハンス・フーバーマン夫妻の里子となります。1939年ヒトラーがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まった年です。『本泥棒』は、「銃後の少国民(死語)」のリーゼルの物語ということになります。が語り手は彼女ではなく《死神》!。リーゼルが共産主義という言葉を記憶しているところから、両親はナチスによって収容所送りとなり、彼女は里子に出されたわけです。

 『本泥棒』の登場人物はなかなかユニークです。里親フーバーマン夫妻のハンスはペンキ職人。戦時下でペンキ職人では十分に暮らしてゆけず、街の酒場でアコーデオンを演奏して小遣いを稼ぎ、妻のローザは裕福な家の洗濯を請け負い何とか暮らしています。ハンスは、字の読めなかったリーゼルに、『墓掘り人の手引書』をテキストに文字を教え、彼女に言葉の世界を拓きます。ローザは夫ハンスを「このろくでなし!」と罵り、木の匙でリーゼルを折檻する非情な里親。ローザは決して狷介な女性ではなく、リーゼルが実の母親に手紙を出すために洗濯代金から切手代をくすねた時には、彼女を抱きしめる優しさを持つ女性です。
 ハンスは第一世界大戦で出征し、彼にアコーデオンを教えたユダヤ人の戦友に命を救われ、後にこの戦友の息子マックスを地下室に匿うことになります。屋根裏に匿われたアンネです。当時ユダヤ人を匿うことが如何に危険な行為であったか。フーバーマン夫妻は乏しい配給制の食料でユダヤ人を匿ったことになります。

 リーゼルは、市長邸に洗濯物を届けた際に市長夫人と知り合い夫人は邸の膨大な蔵書を彼女に見せます。リーゼルはこの図書館から本を盗む本泥棒となります。夫人は、本泥棒リーゼを見逃し辞書を提供してリーゼルの読書を影で支えることになります。夫人が何故本泥棒を見逃したかというと、彼女は、モルキングで行われたナチスの「焚書」の際、燃え残った本をリーゼルが密かに持ち帰る姿を目撃していたからです。本泥棒とは、焚書に対するアンチテーゼでもあるわけです。
 サッカー仲間で隣家の同級生ルディ・シュタイナーが秀逸です。ベルリンオリンピックの陸上競技で4冠を達成したジェシー・オーエンスに憧れ、全身に墨を塗って夜の競技場を走る逸話を持ち主。リーゼルが好きになり、本泥棒の手伝い彼女にキスをせがみ、もっとも、彼女はキスを断固拒否し10歳の少年少女の微笑ましい恋が描かれます。
 戦時下の不自由と貧しさの中で、ローザ、ハンス、ルディと暮らすリーゼルの成長が描かれるわけですが、語り手は《死神》。戦時下ですから死神は多忙、絶滅収容所や爆撃の悲惨な死も語られ彼等の運命やいかに、という興味もあります。何しろ死神が辺りをうろついているわけですから。

言葉の力
 モルキングの街を空襲が襲います。人々は防空壕に逃れ不安な時を過ごし、リーゼルは防空壕で本を読み聞かせ彼らを勇気づけます。続きが聞きたい婦人はリーゼル自宅に招き、リーゼルは朗読してコーヒー豆を得ます。
 フーバーマン家の地下室に匿われたマックスは、『我が闘争』のページを白ペンキで塗りつぶし、そこにリーゼルのために一遍の物語を創作します。ヒトラーから「本を盗んだ」ことになります。マックスの物語によって、リーゼルは書くことを知り、自伝『本泥棒』を書くことになります。死神の語るリーゼルとルディ、フーバーマン夫妻は、死神が読んだこの『本泥棒』だったというわけです。

 マックスの創作の一節です、

あるところに、不思議な小さな男がいました。その男は自分の人生について三つの大切なことを決めました。
 1.髪の分け目を他のみんなとは反対側にする。
 2. 小さな、不思議な口ひげを生やす。
 3.いつの日か世界を征服する。
この若者は、どうすれば世界を自分のものにすることができるかを考え、計画し、その答えをみつけようと、長い時間歩き回りました。

ヒトラーです(確かに髪の分け目は反対だ!)。ヒトラーは、母親が子供を叱り慰める出来事に遭遇します。
お母さんは男の子にたいへんやさしく話しかけました。そうされると男の子はなぐさめられ、笑顔さえ浮かべたのです。若者はそのお母さんのところに駆け寄って彼女を抱きしめました。
「言葉だ!」若者はにやっと笑いました

 『本泥棒』は、第二次世界大戦下のドイツを舞台に、言葉の持つ力を描いたと言えます。

 その後、リーゼル、フーバーマン夫妻、ルディはどうなったのか?無事戦争を生き抜いたのか?。『本泥棒』は、《死神》の最後の語りで終わります、

***語り手からの最後のメモ***
わたしは人間にとりつかれている。

タグ:読書
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