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コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(2010ハヤカワ文庫) [日記 (2020)]

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫) 父と子
 舞台は、天変地異(たぶん巨大隕石の衝突)によって地上の動植物が死に絶えたアメリカ大陸。空は分厚い雲で覆われて陽は射さず、気温は下がり、灰の降る世界。わずかに生き残った人類は食料を求めて略奪と殺人、食人まで犯す世界を、父親と幼い息子がショッピングカートに身の回りの品と食料を積み南を目指すロードノヴェル、ディストピア小説です。父親にとって息子は生きる糧であり、神無き世界で、父親が息子を護り共に生き延びる物語です。

 灰の降る草木の死に絶えたモノクロームの世界で、父と子は廃屋を漁って食料を得て露命をつなぎます。父親は最後のココアを息子に与えますが、息子はルール違反だと言って自分のココアの半分を父親のカップに注ぎます。父子は何事も分け合って生きるという約束があったようです。途中で同じ年頃の少年を見かけ、

少年が上着を引っぱる。パパ、という。
なんだい?
あの子のことが心配だよ。
わかってる。でも大丈夫だよ。
探しにいこうよ、パパ。あの子を見つけて一緒に連れていこうよ。あの子も犬も一緒に連れていこうよ。犬は食べ物を見つけてくれるよ。
駄目だ。
ぼくの食べ物の半分をあの子にあげるよ。
やめなさい。無理なんだ。
少年はまた泣きだした。あの子はどうなるの? 泣きじゃくった。あの子はどうなるの?あのこはどうなっちゃうの?

 この息子の優しさは、途中で出会った老人(イーライ)にも向けられ、父親は息子に促されて老人に食料を分け与えます。息子は世界が破滅して後に生まれていますから、父親の背を見て成長したことになります。父親の愛情によって「純粋培養」の結果出来上がった人格です。弱肉強食、略奪と殺人、人が人を喰う過酷な環境で、天使のような子供が育ったことになります。
 回想に登場する母親は、この世界で息子を育てることに反対し、夫に一家心中を迫ります。

いつかは連中があたしたちを捕まえて殺す。あたしをレイプする。あの子をレイプする。いずれ連中があたしたちをレイプして殺して食べるってことをあなたは正面から認めようとしない。それが起こるのを待つほうがいいと思ってる。でもあたしには無理。できない。
あたしのことをふしだらな浮気女だと思ってくれていい。あたしは愛人を作ったのよ。あなたがくれないものをくれる愛人を。

 母親は世界に絶望してふたりと別れ(おそらく)自殺しています。唐突に語られる母親の不倫は、息子が生まれる前のことであれば、父親は他人の子を息子として愛情をそそいでいる可能性があります。

一ついえるのは自分のためだと生き延びられないってことね。・・・誰もいない人はそこそこ出来のいい幻をこしらえたほうがいい。それに命を息を吹きこんで愛の言葉で機嫌をとるのよ。幻のパン屑を食べさせ自分の身体を張って危険から守ってやる。でもあたしのただ一つの希望は永遠の無で、それを心から望んでいるわ。

 子供を産めば母性本能が生まれ筈、母親は自分の心は息子を出産した夜に死んだと言っていますから、息子は不義の子であると思われます。「出来のいい幻」とは、弱肉強食のこの世界で、身体を張って他人の子を息子として護り育てていることでしょう。だから母親は夫と息子を捨てて自殺の道を選んだとも言えます。とするなら、この物語は「父と子」の物語ではなく、「人と人」の物語ということになります。

火を運ぶ者

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タグ:読書
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