林望 謹訳 源氏物語(14)朝顔 [日記(2013)]
源氏物語絵巻 蓬生
《源氏は「禁断」に弱い》
源氏に言い寄られるとなびく女性が多い中で、源氏を拒み続けているのが「朝顔の君」です。この女君は、元賀茂の斎宮で源氏とはいとこ同士にあたり、かつて源氏との縁組の話もあったようです。源氏は機会があればこれを籠絡しようと狙っているのですが、いつも手ひどい拒否にあっています。斎宮の君が伊勢神宮の元斎宮、朝顔は賀茂の斎宮ですから、神に仕える「巫女」というのが、源氏の好みかもしれません。やはり、そこに「禁断」を嗅ぎつけるんではないでしょうか。
斎院は、父宮の旧居桃園の宮へ下がってきた。このことを聞けば源氏は黙っていられない。。ちょうど式部卿の宮の妹に当たる女五の宮がその宮に居ることに目をつけて、そのお見舞いという口実で桃園の宮へ出向いていった。
どんなきっかけも逃しません。女五の宮の見舞いはそこそこに切り上げて、朝顔の君の住む寝殿に向かいます。ところが、入り口の部屋で足止めされ、中へ入れてく貰えません。
今さらながら、御簾の前までしか通していただけぬとは、まるでそこらの若い者同様のお
執り成しでございますなあ。神々しいまでの長き年月にわたって心を尽くしてまいりましたわたくしの功労も数えあげればきりがございますまい。されば、今はそちらのお部屋内にも出入りをお許しくださいますかと、それを頼みに思っておりましたのですが……
朝顔の君はすかさず切り返します。
「ありし昔の事柄はすべて夢だったと思いますほどに、今こうして夢が覚めてみれば、なにもかも儚いことだったのかと、しかとは思い定めることもできずにおりますものを、仰せの『ご功労』とやらのことは、今にわかに判断もつかぬことにて、心静かに考えさせていただくことにいたしましょう」
まるで木で鼻をくくったような返答である。
ははは、またやられています。仕方なく、この日は源氏退散。
部屋に入れてもらえないのに、何で会話が成立する?、女房が取り次いでいるわけです。奥ゆかしいというか隔靴掻痒でしょう。源氏と多くの女君の恋愛には、必ず女房たちが仲立ちをしています。藤壺との場合も、命婦という女房が取つぎ、例の秘密も知っています。何しろ光源氏ですから、女房たちもホイホイ協力するのです。
この程度では、源氏は引き下がりません。今度は手紙攻勢です。
見しをりの つゆ忘られぬ 朝顔の花の盛りは 過ぎやしぬらむ
一度垣間見て忘れられない朝顔、花の盛りはもう過ぎてしまったんですか?(そんなわけはないでしょう)
秋果てて 霧の籬(まがき)に むすぼほれあるかなきかに うつる朝顔
もう秋ですから、霧の深い垣根に絡まっているみすぼらしい朝顔、それが私です
まだまだイケるよという源氏の説きに対して、朝顔の君は、「私はもうオバサンですからダメよ」とやり返したわけです。源氏物語では、恋愛とこの和歌がセットです。しかも、
その文は、青鈍色(あおにびいろ)の紙に、優婉な筆使いで書かれている
便箋?の選択に字の上手下手が重要なポイントとなるようです。これで首尾が決まるのですから(源氏の場合は大抵成功しますが)ゲームみたいなものです。
で、結果はというと源氏の「負け」。
とはいえしかし、斎院の反応は昔からそうそう脈のない感じでもなかった。それでも、どういうわけか逢うことも叶わぬままになってしまった……なんとしてもそれは残念だったが、このままでは終われないぞ、どうしたって〉みし
「このままでは終われないぞ、どうしたって」とさらに闘志を燃え立たせて手紙を送り続けます。こと「色好み」については、この人は倦むことを知りませんね、ほんと。
ところが、これが紫の上の耳に入ります。しまった、バレたかな?紫の上の顔をうかがいながら、
どうしたというのでしょうか。この頃は、なんだか変に態度が変わってしまって……。なにも悪いことなどしていないのだがな……。
外にあっては、破廉恥で強引な源氏も、二条の邸に帰るとすっかり恐妻家の顔です。と言いつつまたも朝顔の君の邸に向かいます。
《源氏、源典侍と再会す!》
「朝顔」の帖では、源氏は全く精彩を欠いています。作者の意地悪ですね。その朝顔の君の邸で、とんでもない人と再会します。
えらく老人くさい咳払いをしながら、しゃしゃりでてきた人がある。「エヘン、ウオホン、まことに恐れ多いことでございますけれど、わたくしがこのお邸にお仕えしておりますことは、お耳に達しているとばかり思って、いつかはお声をかけてくださるかと楽しみにしておりましたのに」ややや、見ればそれは、かの源典侍であった。
「紅葉賀」で登場した色好みの老女官です。源氏18歳、典侍58歳の時に戯れの契を持った典侍が、歯の抜けた70歳の老婆として登場します。これには参った源氏は早々に退散々々。この時の源氏の感想が
さてさて、世間では「冬の月と老女の懸想沙汰」とやら、よからぬものの喩えに言いそやすようだが、月のほうはあんがい悪くもないとして、しかし、あの祖母殿の懸想にはまいった
これ、「枕草子」の「すさまじきもの」ですね。紫式部と清少納言は、ライバルだっとか言われています。
典侍から逃れた源氏は、なおも朝顔の君を口説きに行きますが、今宵も見事敗退。女房たちからは、源氏に同情する声があがります。
それはそうね、あの君が人間的に魅力的だということも分かっているし、だから心惹かれぬわけでもない。でも、だからといって、私が恋の情を知っている者としてお目にかかったりしたとて、それは源氏の君にとっては、まあ当たり前のこと、この女も自分を称賛する連中の一人だなというくらいにしか思ってはくださらないだろう。かつはまた、軽はずみなこちらの心のありようもまったくお見通しにちがいない。なにしろ、あの、こちらが恥ずかしくなるように思えるくらいのご様子だし……、そう思うと、こちらからお慕いするような情を見せても、何の甲斐もありはしないような気がする。
朝顔の君は、どこまでいっても冷静です。このところ、源氏は朝顔の君にのぼせているで、紫の上とはご無沙汰。
二条の邸の紫上のもとへはいっこうに夜の渡りもせず、女君は、あたかも「ありぬやとこころみがてらあひ見ねばたはぶれにくきまでぞ恋ひしき」
という状態です。
斎院のほうへは、別に本気の懸想文など送っているわけではない。ただどうということもない通り一遍の文に過ぎないのだが、もしや、また邪推をしているのではないのかな。そうだとしたら、それは非常な見当外れというものだよ。などなど、その日は、日がな一日紫の上のご機嫌取りで終わってしまった。
またも唐突に
どこぞの女房が『すさまじきもの』とやら申して、『老女の恋』『師走の月夜』などと書いたようだが、なんと浅はかな心よな
やはり、紫式部は清少納言をそうとうに気にしているようです。
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