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林望 謹訳 源氏物語(15) 少女 [日記(2013)]

謹訳 源氏物語 四
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 源氏は、あい変わらず朝顔の君にご執心なようで、手紙を送ったり、その叔母君の女五宮のほうへも贈り物などして、女房たちも味方に付けたようです。

近侍の女房たちだって、どうやらみな源氏贔屓で、もしかしたら源氏に籠絡されているかもしれないし……、となると、いつ源氏の言いなりになって自分の閨へ手引きなどして
来ないものとも限らない……〉
 前斎院は、なにやら身辺のうそ寒いような思いを味わっている。

源氏もすっかりストーカー扱いです、いや、やっていることはストーカーそのものです。

《世代交代?・・・若君と雲居の雁の恋》

 「少女」の帖は、源氏が主人公とはならず、葵の上との間にできた12歳になる息子「若君、大学の君(後の夕霧)」の話しです。若宮は、大宮(葵の上の母親)の邸で暮らしていますが、大学寮に入れるため、源氏は若君を二条の邸に引き取ります。

大宮は、若君を昼といわず夜といわずかわいがって、ただもう幼子を愛撫するように持て扱うので、そのような環境ではとうてい勉強どころではないだろうという源氏の心遣いから、敢て二条の東院のほうに静かな学問所を造って、そこで落ち着いて勉強させるように計らったのである。

甘やかす祖母ちゃんから引き離して、勉強部屋に閉じ込める?わけです。源氏も人の親ということで、微笑ましくもあります。ところがこれが事件を引き起こします。

 若君は、源氏に引き取られる12歳まで、大宮の邸で頭中将(葵の上の兄、この時は内大臣)の娘(従って従姉妹、雲居の雁)とともにお祖母ちゃんに育てられていました。
 この姫君は、頭中と何処かの女君と間の子供で、その女君が嫁いだために大宮の邸で育ったのです。同じ屋根の下で暮らすうちに、ふたりに恋心が芽生えていたのですが、まぁ源氏の息子ですから、驚くには当たりません。

 頭中将は源氏の義兄であるばかりか「色好み」のお友達、「雨夜の品定め」で女性に対する薀蓄を披露したり、ふたりで源典侍をからかったり、そうそう、源氏が明石に逼塞した時も訪ねています。
 今回も仲良く、源氏は太政大臣、頭中は将内大臣の位に上っています。また、冷泉帝の后候補をめぐっては、源氏は斎院の君を押し、頭中将は娘である弘徽殿の君を入内させるというライバル関係にもあります。后は斎院の君に決まり、頭中将は一敗地にまみれます。今度こそ負けないぞと、雲居の雁を東宮(皇太子)の后候補として入内させようと思っていた矢先、なんと雲居の雁と若君が相思相愛の関係だという事実を知ります。

もとよりあの若君と、うちの姫とあれば、必ずしも取るに足りない間柄ともいえぬ、いや悪くもないことは承知だが、しょせんはそこらにいくらもあるようなことと世人は思いもし、噂にものぼせよう。しかし、それにしても、あの源氏の大臣が斎宮の女御の後見となって、弘徽殿女御を立后の儀から蹴落としてくれたのも面憎いが、たまさか、この姫ばかりは東宮妃になって源氏の大臣を見返してやれるかと思ったに、ええい、小癪な

 大宮は頭中将に監督不ゆき届きだと叱られ、久々に帰ってきた若君にそのことを言ってしまいます。

こうなっては、手紙などを通わせることも、いっそう難しくなるようだろうなあと思って、若君は嘆かわしく思う。・・・姫君との間を隔てる中仕切りの障子をちょっと引いてみるけれど、いつもだったら、特に錠前を下ろしたりもしていないはずだのに、今夜はがっちりと錠をかけてびくともしない。様子を窺ってみても、人の声や物音も聞こえぬ。

 障子の彼方では、姫君も目を覚ました。
 風が、まるで竹の葉に待ち迎えられるかのように吹き来たって、さやさやと音を立てている。遠く空の上のほうから、渡ってきた雁が鳴き交わす声もほのかに聞こえてくる。
 このしめやかな夜の空気のなか、姫君は、幼い心ながら、なおあれもこれも物思いのたねとなって、心動き、ふと古歌を口ずさむ。

霧深く雲居の雁もわがごとや晴れせずものは悲しかるらむ(ああやって、霧深く晴れ間のない雲の彼方の雁たちも、私と同じように晴れ間のない物思いに悲しい気持ちでいるのでしょうか)

12歳の少年と14歳の少女の障子越しの恋です、なかなか切ないです。

 内大臣(頭中将)は、雲居の雁に悪い虫がつかないように、自分の邸に引き取ろうと大宮の邸にやって来ます、

……しかし、今さら言うてみても出来てしまったものは、しかたあるまいものを、いっそ角を立てずによしなに言い繕って、やがて二人の思いが叶うようにでもしてやろうか……〉と、内大臣は思わぬでもない。しかし、それでもやはり心中面白くないので、すぐには許す気にもなれぬ。〈……まず、あの若君が人並みの官位にでも昇進してしかるべき身分にでもなったら、その時にこそ、わが家の婿として相応しいものとも見てやることにしよう。いや、そうなった時に、なお姫への愛情の深さ浅さなどをきちんと見定めた上で、結婚を許すことに……そうなった場合に限って、なおきちんとした手順を踏んで、二人の仲を認めてやることにしてもいい。

内大臣の心は揺れています。息子の受験勉強のために自宅に勉強部屋を作った源氏といい、娘に恋人ができて心中穏やかならざる内大臣といい、女色にうつつを抜かしていたふたりも、人の親として悩むわけです。そのふたりの息子と娘が今度は恋に悩み、源氏物語も世代交代に入ったということです。

その日、若君はやっと雲井の雁に会うことができます

雲居の雁と若君と、夕暮れの光のなかに、やっと逢うことができたけれど、二人とも、互いに、ただただ恥ずかしい思いに胸も苦しいばかり、ものも言わずに泣いている。
「内大臣さまのお心の、あまりの非情さに、ええ、もういい、きっぱりと諦めてしまおう、と僕は思ったりもしました。だけれど、このままあなたに逢えぬことになったら、毎日恋しくてどうにもならないと思います。どうして、こんなことになる前に、まだいくらかはお逢いする機会があったに違いない日々を、あんな学問所にばかり籠っていたのだろう……」
 若君はこんなことをかきくどきながら、泣くさまは、いかにも初心らしく痛々しい。
「わたくしだって、同じように……」
 雲居の雁は、せめてそれだけ言って泣く。
「じゃあ、あなたも……恋しいと思ってくださるのですか」
 若君がそう言うと、雲居の雁は、かすかに頷く。その様子がいかにも初々しかった。

いやぁ、どろどろの源氏の恋に比べて、若君の恋はなんと初々しく清々しことか。そろそろ光源氏も退場の潮時じゃないかと想います。

《世代交代 その2》
 
 もう一つの世代交代があります。新嘗祭の五節の舞姫に、今は近江守左中弁となっている良清の娘と、これも摂津守&左京の大夫になった惟光の朝臣の娘が登場します。
 良清は、かつて明石の君に結婚を申し込んで入道に拒否され、源氏の明石逼塞に同行した人物です。源氏と明石の君をつないだ人物です。惟光は、源氏の乳母子で、これはもう源氏の色好みになくてはならない人物。六条御息所に取り殺された夕霧の死体の始末までしました。ふたりとも、源氏復活とともに近江守、摂津守と出世しています。このふたりの娘が舞姫として登場するのですから、こちらも世代交代かなと思います。

 さて若君(大学の君)です。雲居の雁との仲を裂かれて、食事も喉を通らないありさま。源氏の息子ですから、

大学の君の姿や顔形、いかにも立派で魅力満点であるばかりでなく、その振舞いは落ち着いていて初々しい美しさもあるので、若い女房どもは、ただただ〈すてきな方……〉と見とれている。

さらに、紫式部はこんなことも書いています。

大学の君は、紫上の住む御殿の、御簾の近くに寄って親しげにすることさえ許されていない……源氏自身の悪い心癖に照らし合わせて、なにをどう考えての上の定めであったろうか

源氏は、自分が父帝の女御・藤壺と契ったわけですから、息子といえども信用出来ないわけです。
 
 惟光の娘は源氏の推薦ですから、二条の邸で舞の練習をしています。この姿を大学の君が見染め、歌を送って口説きにかかります。初対面なのになんという露骨なやりようであろうか、と作者に言われていますが、さすが源氏の息子、美女には目が無いわけです。
 五節の儀式の当日、源氏はかつて契を結んだ太宰の大弐の娘「五節の君」に手紙など書いて鼻の下を伸ばし、息子はというと、惟光の娘に会うために内裏をウロウロ。父親も父親なら息子も息子といったところです。
 儀式が終わって舞姫たちは内裏に宮仕えすることになるのですが、

それにつけても、自分の年齢や位が、こんな取るに足りないものでなかったらなあ……そしたら、私に頂戴したいとお願いしてみるんだけれど。こんな情ない身分では、自分が思いを寄せているということすら、知ってもらえないまま終わるのであろうな〉と、くやしくてならぬ。

私に頂戴したい」ですから開いた口がふさがらない、未だ学生の身分ですね。挙句の果ては、姫君の兄を探しだして、おい段取りをつけろと手紙を託します。空蝉の弟を利用した源氏と同じやり口で、血は争えないものです。

 一方、源氏は新しいハーレムの建築を思い立ちます。そういえば明石の御方は、未だ二条のハーレムに越してきていませんでした。

この土地は、梅壺の中宮が、母親の六条御息所から受け継いだ古い宮の建っている場所で、その周辺も合わせて四町、およそ二万坪ほどの土地を占めて造営することになった。

2万坪のハーレムが完成します(六条院)。こんなんです

ハーレム.jpg

住人は、
西南の御殿:中宮(斎院の女御)・・・秋
東北の御殿:花散里・・・夏
西北の御殿:明石の御方・・・冬
東南の御殿:紫の上・・・春
 
 源氏は、冷泉院の妃・斎院の女御の親代わりですから、彼女の御殿もあるわけです。明石の御方も引っ越してきてハーレムは完成ですね。末摘花は二条のハーレムに置いてきたようです。 
 「宇治市源氏物語ミュージアム」に六条院の100分の1(想像)模型があるらしいので、そのうち見に行こうかと思っています。

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