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林望 謹訳源氏物語(28) 柏木、横笛、鈴虫 [日記(2013)]

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源氏物語図色紙貼交屏風(鈴虫) 斎宮歴史博物館
 
《柏木》

 第7巻のkindle版が発売されたので、源氏物語“天ぷら”読書感想文の再開です。
 中村真一郎センセイの著書で「色好み」と王朝文化を研究しましたので、胸を張って源氏を読むことができます(笑。

 柏木とは衛門の督のことで、「落葉の宮」の母・一条御息所が詠んだ歌に因ります。衛門の督はこの帖で亡くなりますから、死ぬ帖で柏木という名前をもらっても仕方がないですね。もっとも、衛門の督も職名?、柏木といってもアダ名に過ぎませんが。源氏物語で固有名詞を与えられているのは、源氏の家来筋にあたる藤原惟光と源良清だけだそうです。
 落葉の宮とは、源氏の2番目の正妻・三の宮の姉さん「二の宮」のことで、衛門の督が三の宮を源氏に取られたため、当て馬的に結婚した女君です。

【柏木の死】
 『若菜』で、柏木と三の宮の密通が源氏に知られ、三の宮は妊娠します。柏木はこれを気に病んで文字とおり病気となってしまいました。『柏木』では、この病の床から起き上がれないまでに重篤になります。

まだ子どもだったころから、思えばずいぶん高望みばかりして、どんなことだって、人よりも一段上に行こうと思っていた。宮中でのことばかりではない、わたくしごとについても、半端でなく高いことばかり望んでいたものだったが、ああ、結局その望みは叶わぬことであったな……。あのこと、このこと、恋の望みが打ち砕かれるたびに、自分は駄目な男だと見下げ果てた思いがしてきた……

どうもこういう悩みというのは、何時の時代でもあることなのですね。こういう自己嫌悪が失恋の度に増幅され「俺は駄目な男だなぁ」となるようです。
 先日読んだ中村センセイの本によると、平安時代の「色好み」というのは、男女の色模様が高度にソフィスティケイトされた文化になっているそうです。ひとりの女性に恋々としているような振る舞いは、当時の常識では「野暮」ということでした。
 作者は、柏木の「野暮」についてわざわざ一帖使っていることになります。この辺りも、センセイが仰る紫式部の「反色好み性」の現れとなのでしょうか(紫式部は「色好み」について否定的だった)。平安時代の非常識「反色好み=野暮」を「色好み」と同列に置くことで、『源氏物語』は現代でも通用する「小説」となった、とは深読みですか。
 おまけに、彼女は、物語の上で密通をはたらいた柏木を殺しています。このあたりになると、だんだん彼女の本音が出てきたんでしょうね。

 余命いくばくもないと感じた柏木は、左大将を枕頭に呼んで、源氏に申し訳ないことをしたので取りなして欲しいこと、後に残す落葉の君の後ろ盾になって欲しいことを遺言します。この落葉の君についての遺言が、以後の物語の伏線となります。

【源氏、不義の子を抱く】
三の宮は男子を出産します。

ああ、なんと口惜しい……。これがなにかと不純な思いも交えずに、この産の時を見るのであったら、それはめったとない嬉しいことであったろうにな……

なんと、まったく不思議なことがあるものだ。思えば、私自身がいままでずっと恐れおののいて過ごしてきた、藤壺の宮との密事の報いのように思える

 父親の寵姫・藤壺との密通により冷泉帝が生まれています。今度は、北の方・三の宮が不義の子を生み、源氏はその子を自分の息子として育てるはめになります。紫式部は、自分の作った主人公=源氏に、己の行動のツケを支払わせています。世の殿方よ「色好み」で女性を泣かせているとこうなりますよ、と言いたかったのかも知れません。

 三の宮は、望まなかったとは言え、密通の結果子供を生みそれを源氏に知られています。毎日が針の筵で、苦しんだ挙句出家を決意します。そうなると未練が出て、源氏は必死で止めますが、三の宮の父・朱雀院が出てきて娘の出家を決行してしまいます。

とうとう三の宮を薙髪せしめたのであった
源氏はとても堪えることができなくなって、ひどく泣き崩れた

今更遅い!。

その夜深く、加持祈禱の最中のこと、突如として六条の御息所と見える物の怪が出現する。 「ふっふっふ、こんなふうにしてやった。あの対の一人(紫上のこと)については、まんまと取り返したとお思いのようだが、それが癪に障ったゆえ、この宮のあたりに、さりげなくつきまとっていたのだ

 またも「物の怪」しかも六条御息所の死霊が登場します。紫上にとり憑いてこれを殺そうとしたことは分かるのですが、三の宮にとり憑いて出家をさせるというのはどうも分かりません。死霊なのだから「反仏教」だと思いますが、とり憑いて仏の弟子にしてしまうというのはちょっとおかしい。この死霊は六条御息所の嫉妬の霊ですから、源氏が困れば何でもいいと云うことなんでしょうか。
 で、物の怪の思惑通り

すべては自分の蒔いた種

と反省しきりの源氏。

衛門の督のほうは、三の宮の出家のことを聞いて、ますます気落ちして病は重り、今や危篤状態に陥った。
衛門の督の命は恋に焦がれて儚くも消えてしまった

柏木は、恋の悩みと源氏を裏切った心痛で亡くなってしまいます。唐突ですが、永井荷風は偉かったです(ナンノコッチャ)

女好きなれど処女を犯したることなく、又道ならぬ恋をなしたる事無し。五十年の生涯を顧みて夢見のわるい事一つも為したることなし

 生涯独身で、浅草、玉ノ井に通い詰めた昭和の「色好み」永井荷風の自慢です。紫式部がこれを聞いたら褒めるんじゃないでしょうか(笑。

 源氏は三の宮の子供を抱くわけですが、

この若君は、たいそう貴やかなばかりでなく、愛くるしく、また目のあたりにえも言われぬ魅力があって、いつもにこにことしているところなど、源氏は、たいそう複雑な思いで見ている。 
そう思ってみるせいだろうか、やはりあの衛門の督にそっくりだという気がしてならぬ。 
まだこんな赤子ながら、すでにあの督に似て、目の周りの造作などおっとりとして周りのものが恥ずかしくなるほど整っている。
見れば見るほど、やはりあの衛門の督に似通っているな

源氏は、若君を抱く度に柏木のことを思い出し、藤壺との不義を目の前に突きつけられることになります。

【落葉の君】
 この女君は、幽霊ではありませんが出そうで出ません。登場するのは夕霧の帖ですが、まず香→文→声→やっと姿です。多くの恋愛がそうですが、左大将は会ったこともない落葉の宮に懸想するわけです。そして、女房たちに伝言を託し、手紙(歌)を何度も交換して、会えたとしても御簾越しで、顔もさだかに分からず会話の方も相変わらず女房を介した伝言。ですから、実際に顔を見ると末摘花ということもあるわけです。
 好き心のある男たちは、どこそこの姫君は美人だという噂を聞くと、この煩雑でまどろっこしい手続きを始めるわけです。噂の高い姫君には何人もの男が言い寄ることでしょう。当然姫君も男たちとは会ったこともありませんから、ラブレターで判断するしかありません。如何に優美な書で華麗な歌や文言を書き連ねるか、恋の成就はこれに懸かっています。書にしろ歌にしろ、案外こういう要素で発達したのかもしれません。平安時代の男女は、教養とセンスで勝負したということです(よって、色好み=文化という中村センセイの定義が成立します)。
 ひとりの姫君に何人もの男が言い寄るという典型が、かぐや姫を巡って5人の男が火花を散らす『竹取物語』だそうです(色好みの構造)。

 で、左大将は、落葉の宮に近づきます。

宮のご容貌は、申し分のない美人というわけにもいかぬだろうけれど、ひどく見苦しくてとても見ていられないというようなこともあるまいに……だとしたら、あの衛門の督が、外見によって妻を疎み果てるとか、あるいは道を外れた恋に心を乱すとか、そんなことをするだろうか……そうだったとすれば見苦しいが。……外見よりは心根、つきつめれば、そのほうがずっと大事なことであろうにな……

 左大将の動機というものがはっきりしません。柏木からは、落葉の宮が取り立てて美人だとは聞いていません。親友の未亡人ということに、色好みの虫が動いたと言う他はないですね。「外見よりは心根、つきつめれば、そのほうがずっと大事なことであろうにな」と自分を納得させるあたりがクサイです。
 落葉の宮は母親の朱雀院の御息所(一条御息所)と一緒に住んでいます。その邸を訪ねても当然会えるわけではありません。柏木に後見を頼まれたということを名分に、

「いかがでございましょう。今はこのわたくしを、あの亡き君の昔に準じてお考えいただき、お心の隔てなくおつきあいくださいませぬか」  とくに恋慕ずくというのでなく、しかし、それでも濃密に思いを寄せているらしいところを見せて、左大将は、そんなことを申し入れる。

あの亡き君の昔に準じて」とはそういうことで、下心見え見えですね。

《横笛》

 左大将は相変わらず落葉の宮の邸に日参しています。落葉の宮が琴を弾いていたようで、それを借りて弾いてみみるのですが、

よほどよく弾き馴らしてあるとみえて、袖の香が楽器に移り、それを弾いていた女の姿が偲ばれるような気がした。 〈さればよ、こんな調子のところで、奔放な好き心ある男ならば、きっと慎しみきれなくなって、見るに見かねるような振舞いに及びなどし、とんでもない浮き名を立てたりするのでもあろうな……〉

源氏物語には「香」というのが頻繁に登場します。着る物にも香を焚き染め、恋文も香を焚き染めた和紙に書くといった風です。「奔放な好き心ある男ならば」→人ことではなくアンタのこと。そして『夕霧』の帖で左大将は、「見るに見かねるような振舞いに及」びます。

真っ正面から口説きかけたというのでもないが、琴の調べによそえて、また通ってくるほどに心変わりしてくださるな、ということをちらりと仄めかして、左大将は帰っていく。

 この折、左大将は御息所から柏木の形見の「横笛」を貰い受けます。その夜、柏木の霊が左大将の夢に現れ、この笛をしかるべき人に渡してほしいと頼みます。これで左大将はピンときます。柏木が笛を伝えたいのは、三の宮の産んだ若君だということに思い至り、若君は柏木の子供だ!ます。かねてからの疑問をそれとなく源氏にぶつけます。

「あの衛門の督の臨終の折のことでございました。わたくしは、見舞いにまかり出ましたのでございますが、死後のことをあれこれと言い置いたなかに、かくかくしかじかのとおり父上に深く恐懼申しているということを、かえすがえすも申しておりました。これは、さてどんなことだったのでございましょう……わたくしは、今に至るもその詳しい事情がどうしても思いつきませぬ……それでずっと気にかかっているのでございます」  と、(左大将は)首を傾げ傾げ訥々と問いかける。 

〈なんと、やはり、大将は知っている……〉(源氏)

《鈴虫》

 源氏物語には琴や笛を演奏する話は随所に出てきます。源氏は琴の、明石の御方は琵琶の名手です。この帖では虫の音です。平安時代は、鈴虫やまつ虫を庭に放して秋の風情を楽しんだのですね。「鈴虫の宴」などあれこれ書いてありますが、風情を解しないので飛ばします。

 源氏と手を切る方法は「出家」です。空蝉、朧月夜、三の宮も出家しました。出家して仏門に入ると、いかな源氏でも手が出せません。源氏から逃れるということではありませんが、今度は秋好中宮(源氏の養女で冷泉院の后)が出家しようとします


中宮のこういう願いの底には、母故六条御息所への思いが潜んでいた。
 〈……母御息所は、きっと死後の苦患を受けて彷徨っておいでになる……そのありさまは、さて……いったいどんなふうに地獄の猛火の煙のなかにくれ惑っておいでであろう、こうして亡き人になって、その後々まで源氏の君に疎まれずにはおられないような、物の怪の名乗りなどもあったやに聞くし……〉

秋好中宮は、母である六条御息所が物の怪となって紫上、三の宮にとり憑いたことをどこからか聞いたようです。その霊を弔うために出家したいというのです。

 三の宮は六条院を出て三条の邸に移りたいと言い出し、今また秋好中宮が出家したいと言い出します。源氏のもとから女君がひとりづづ去ってゆき、源氏の孤独は深まるばかりです。

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