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安生 正 生存者ゼロ [日記(2014)]

生存者ゼロ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)
 第11回『このミステリーがすごい! 』大賞受賞作です。北海道で未知の病原菌が猛威をふるい、日本が滅亡する瀬戸際に立たされるという終末SFです(パンデミックと云うらしい)。いやぁ面白い、モッタイナイことに1日で読了です。
 この手の小説は、インフルエンザで世界が滅びるという小松左京『復活の日』という名作があります。先日読んだカミュの『ペスト』も、無理すればこのジャンルに入るかも知れません。サスペンスですからネタバレ無しで、感想を斜めから書いてみます(逆にいうと、ネタをバラすとこの小説の面白さ80%が失われます)。

 ストーリーの中心は、病原菌の正体解明と如何にして病原菌を撃退するかということです(プロット、アイデア)。そのなかで展開される人間ドラマが作者の腕の見せどころでしょう(本当の面白さはこれ)。

 序章で、アフリカ奥地の感染症研究施設で、妻を未知のウィルスで死なせる富樫のエピソードが紹介されます。これはウィルスの話しですよと言っているようですが、実は...。
 北海道根室沖の石油リグが一夜にして音信不通となり、テロ、侵略と考えた自衛隊は調査の一隊を送り込みます。そこには血まみれとなったおぞましい死体の山が発見され、自衛隊、政府は未知の病原体感染による全滅と考えます。この調査隊の指揮をとった三等陸佐・廻田が主人公で、これに日本に戻った富樫がこれにからみます。

 作家が書きたかったひとつに、国家存亡の危機に、総理大臣はじめ政府はどう対応するのかというシミュレーションがあります。国家存亡の危機といえば、先年の東日本大震災と原発事故が思い浮かびますが、作家は、この事故を下敷きに時の総理大臣・菅直人をカリカチュアライズさせて登場させます。ラストで政権交代の話が出てきますから、これはもう菅直人以外の誰でもありません。
 小説では、総理大臣、国務大臣が保身に走って右往左往する醜態がこれでもかという程描かれ、廻田たちによって徹底的に批判されます。原発事故に限って言えば、菅直人は地震の翌3/12に現地を訪れています。パフォーマンスとは言え、放射能漏れの危険のあるある現地に、一国の指導者が行くという行為は、政府が事故を如何に深刻に受け止めていたかという証拠です。官邸の危機管理室かどこかでスクリーンを見るだけで動こうとしない総理大臣を描くこの小説は、現実を超えられなかったと考えます。政府の戯画化というのは、あまりにありふれた手ではないでしょうか。

 もうひとつ、富樫と感染症研究所長の鹿瀬の存在です。富樫は鹿瀬の奸計によって研究所を追われ、アフリカで妻子を亡くします。富樫を際だたせるために、この鹿瀬という存在が考えだされたのでしょうが、これもアカデミズムの戯画化でしょうか。研究所長になるために富樫を追い出し研究成果を盗むというこの人物の造形は、あまりにも薄っぺらです。おまけに、富樫の妻を巡る確執を匂わされるともうダメです。
 富樫の妻は、アフリカで「パウロの黙示録」を予言して死に、富樫は北海道のパンデミックにこの黙示録を重ねます。コカイン中毒になった富樫は、幻覚症状で神と対話するようになり、総理大臣の人間的弱さを利用して札幌を火の海にしようと企てます。この着想は面白いです。『ペスト』にも厄災を神の裁きと考え、悔改めよ説く神父が登場しますが、終末SFに神と黙示録が副主人公に取り憑いて登場するというのは、なかなかのものです。ラストで、富樫は正気に戻り我が身を犠牲にして赤ん坊を救うという如何にもありそうな役目を終えて死にます。

 とまぁ文句ばかり並べましたが、「ノンストップ サスペンス」としては面白いです、お薦めですね。政府が国家的危機にどう対応するのかという話が出てきたので、菅直人サンの本でも読んでみます。

タグ:読書
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