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笹本稜平 未踏峰 [日記(2015)]

未踏峰 (祥伝社文庫)
 笹本稜平は、映画にもなった「春を背負って」、「時の渚」「還るべき場所」に続いて4冊目です。この作家は本当に真面目、「希望は、待っていれば向こうからやってくるものではない。自ら闘って勝ち取るべきものなのだ。」などと読んでいる方が恥ずかしくなるような文章が随所に登場します。まぁそれがこの作家の魅力でもあるわけですが。
 『未踏峯』は、「訳ありの人生を背負った」三人が、ヒマラヤの未踏峰に挑む、という山岳小説を借りたビルトゥングスロマン、『春を背負って』のヒマラヤ版です。

 北八ヶ岳の縦走ルートから外れた、池の畔に建つ山小屋「ビンティ・ヒュッテ」の主人と3人のアルバイトの物語です。

パウロさん:「ビンティ・ヒュッテ」の主人。パウロは洗礼名。8000m級を3座登った著名な元登山家。登山用品店の主人を経て、山小屋を経営。
裕也:人生に躓いた元派遣労働者。ヒマラヤ遠征のリーダーとなって自己再生を図る。
サヤカ:アスペルガー症候群の元調理師。自殺を考えて北八ヶ岳をさ迷ううちにパウロさんと出会い、料理の腕を見込まれて山小屋の賄いとなる。
慎二:小学校高学年程度の知的障害者。 常人を凌ぐ体力と人間気圧計、湿度計の異能を持ち、ヒマラヤ遠征を成功に導く。

 世間から落ちこぼれた3人が、世間から隔絶された山小屋とヒマラヤで、常人以上の能力を発揮し落ちこぼれ意識を克服してゆきます。この3人を率いるパウロさんもまた、山で仲間を見捨て、妻を自殺で失うという過去があり、「登ること登らせることによって、新しい方向に人生の舵を切る」ヒマラヤ遠征を計画します。 落ちこぼれ4人の再生物語というわけです。

 アスペルガー症候群の女性サヤカが、鮮やかに描かれます。サヤカは、アスペルガー症候群のため周りと上手くコミュニケーションが取れないという障害を抱えています。「仲良くやってゆこう」と言う裕也に、「初対面で仲良くやってゆけるかどうかは分からない」とサヤカは答えます。サヤカは、論理的に納得できないことは拒否するために周りとコミュニケーションが出来ないわけです。
 一方、論理的に納得できれば、それを最後まで貫く強い意思を持ち、常人に無い能力を発揮します。サヤカは、まぁまぁ、なぁなぁの世間の対立軸として描かれます。
 この論理的思考と行動が、ヒマラヤで遺憾なく発揮されます。高山病は血液粘度が高まることによって起こるそうで、高山病の予防緩和は水分摂取であると納得したサヤカは、裕也と慎二に大量の紅茶を飲ませ、ヒマラヤ遠征を成功に導きます。
 またサヤカは料理に特異な能力を発揮します(これもアスペルガー症候群 )。インスタント食品を拒否し、現地ヒマラヤの限られた食材を使って行動食、非常食を作り、単調な登山の食事を豊かなものにし、これがパーティーの活力の源となります。

 『未踏峰』に面白さはほとんどサヤカに帰着し、 笹本稜平は新しいキャラクターを作り出したことになります。本書だけでは勿体無いので、サヤカを主人公にもう一冊書いて頂けませんか、笹本さん。
タグ:読書
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