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浅田次郎 降霊会の夜 [日記(2015)]

降霊会の夜 (朝日文庫)
 『地下鉄に乗って』では、地下鉄というタイムマシに乗って満州から戦後の焼け跡、昭和39年の新宿を旅しました。今度は、死んだ人の霊を呼び寄せる「降霊会」で、昭和35年と45年にタイムスリップします。霊が、霊媒の口を借りて昭和35年と45年の真実を語り出します。

 降霊、口寄せは、呼び寄せたい人の霊が霊媒に憑きます。本書の面白いところは、依頼人が呼び寄せたい霊を念じても、誰の霊が降りるか分からないところです。おまけに生き霊もあり、霊媒だけではなく参会者にも憑くという恐ろしさ。霊たちによって事件が、多面的に語られ、次第に真相が明らかになると云う、作家得意の手法でます。

 主人公は、昭和35年に9歳で亡くなったクラスメート清の降霊 を依頼し、降りてきたのは警察官、父親、母親、そして清。清の死の真相が4人によって語られます。

 昭和35年は、敗戦から15年、日本は高度成長の道を歩み始め、東京オリンピックの開催が決まった東京は建設ラッシュに湧き、TVが家庭に入るなど人々が生活を謳歌し始めた時期です。そんな東京の片隅で、9歳の少年は何故死ななればならなかったのか?、浅田巷談が冴え渡ります。

 もうひとつが昭和45年の物語です。昭和45年(1970)は、学生による大学封鎖とロックアウト、機動隊導入と大学紛争がピークに達した年です。主人公は、19歳の私立大学生。付属高校からエスカレートで入学したため、都会的洗練を身に付けた大学生で、当然学生運動とは無縁。類は友を呼ぶ如く彼を取り巻く男女は、ニューヨークでの生活体験のある真澄、別荘を所有する裕福な卓也、レスリングで大学に入った体育会系の梶など。ロックアウトで大学に通う必要の無い彼・彼女達は、ダンスパーティーを開いて同類を集め退屈を紛らわす毎日。

 余談ですが、私にもこの怠惰な学生生活やロックアウトの解けたキャンパスの無気力が痛いほど分かります。もっとも地方出身の私達は、小説の彼・彼女達ほど裕福でもなく洗練されてもいなかったのですが。主人公と真澄が映画を観にゆくエピソードがあります。真澄はロードショーを希望し、ジャンケンを5回した末、ふたりは主人公の選択した『緋牡丹博徒』を観にゆきます。私も『緋牡丹博徒』に一票(笑。真澄の観たかったのは『ある愛の詩』だったと思います。

 そんな彼・彼女達のグループに百合子が紛れ込みます。彼女は集団就職で上京し、働きながら定時制高校に通い、来年は主人公達の通う大学の二部を目指すという女性。ショートカットで、髪からは彼女が勤めるお菓子工場のチョコレートの香りが漂う美人(ちなみに真澄はポニーテール)。主人公は、チークダンスを踊った縁で百合子に近づき恋に陥ります。
 キャンパスに平安が戻り、真澄はNYに去り怠惰な大学生のグループは崩壊し、主人公は百合子を捨てます。

10年も時計を巻き戻しでもしたかのような彼女の環境と容姿と性格・・・私たちが置き去ってきた美徳のすべてを、百合子は持っていた

ために百合子を捨てます。別物に見えた昭和35年と昭和45年の二つの物語が、ここで見事に繋がります。そして「私死ぬわ」とつぶやいて百合子は去ります。

 2度目の「降霊会」で、降りてきたのは果たして百合子か?。40年後の現代に死霊が現れ、恋と悔悟のロンドを語りだします。1970年のキャンパスや『緋牡丹博徒』を抜いても、上手い!と唸らざるを得ません。 

タグ:読書
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