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大江健三郎 燃え上がる緑の木 第一部 「救い主」が殴られるまで [日記 (2021)]

燃えあがる緑の木〈第1部〉「救い主」が殴られるまで (新潮文庫)  四国の谷間の村を舞台に、新興宗教の興亡を描いた、大江健三郎の長編小説です。

お祖母 ちゃんが、あの人をギー兄さんという 懐かしい名前で呼び始められた。森に囲まれたこの土地で、新しい伝説となっている人物が再来したように。

 冒頭の文章です。「オーバー」と呼ばれるお祖母ちゃんは、孤児を引き取り、村に来た青年に住む場所を与え農場まで準備して、自活することができるようにします。お祖母ちゃんがこの青年・隆を「(新しい)ギー兄さん」と呼んだことで物語の幕が開きます。

オーバー、ギー兄さん、サッチャン
 オーバーは、百年近く生きた村の古老。村の神話の伝承者であり「手かざし」で病気を直す治癒能力の持ち主として尊敬を集めています。癌を患い死期が迫っています。
 「ギー兄さん」とは、村の若者とともに家畜を育て家具を作る「根拠地」を組織したリーダー(宮沢賢治の「羅須地人協会」や「新しき村」に似ています)。10年前に不慮の事故で亡くなっています、どうやら殺されたらしい。「(新しい)ギー兄さん」と呼ばれることになった隆は、村出身の外交官の息子で、学生運動に加わり内ゲバを避けて東京からこの村に避難し、ギー兄さんの「根拠地」をを引き継ぎ「森の会」として再建します。
 オーバーと「先のギー兄さん」の二人が、この谷間の村の精神的な柱だったようです。オーバーが隆を「ギー兄さん」と呼び村人がこれを受け入れたことで、村にオーバーと「ギー兄さん」のコンビが復活します。
 オーバーの世話をするサッチャンというのも何やら謎めいた存在。物語の語り手でもある若い女性サッチャンは、「両性具有」。村で男性として認められたいたサッチャンは、女装して男から女へ変身したのです。男と女という対立概念がひとつの肉体に宿り、サッチャンという人格で統合されるという象徴的存在です。

童子の螢
 オーバーが亡くなります。村では、人が亡くなると魂は大きな木の根元に根付くという言い伝えがあり、長老オーバーの死によってこの伝説がよみがえり「童子の螢」が催されます。深夜に提灯を持った人々が森に入り大木を訪うという野辺の送り。ギー兄さん達はこの「童子の螢」を利用してオーバーの遺体を実際に木の根元に秘密裏に埋葬します。深夜、山の斜面を幾つもの灯りが移動し、そのひとつは遺体を運んでいる灯りという幻想的な描写です。

 オーバーの死はもう一つの伝説を生み出します。空の棺が火葬され、立ち上る煙の中から一羽の鷹が現れギー兄さんに襲いかかります。これを見た村人は、鷹がオーバーの魂をギー兄さんの元に運んだと理解します。ギー兄さんに霊力が宿ったと考えられ、子供の心臓疾患を「手かざし」で癒やす奇跡を起こし「教祖」が誕生します。

教祖誕生
 ギー兄さんは、オーバーから「ギー兄さん」の称号?を貰い、鷹のエピソードと病を癒す奇跡によって「教祖」となります。病を癒す奇跡は教祖の定番。教祖としてどんな説教をしたかと言うと、自分が死んだ後も世界が永遠に存在し続けることが「怖い」と言う癌患者に、

永遠と対抗しうるのは、じつは瞬間じゃないか? ほとんど永遠にちかいほど永い時に対してさ、限られた生命の私らが対抗しようとすれば、自分が深く経験した、「一瞬よりはいくらか長く続く間」の光景を頼りにするほかないのじゃないか?

この説法を聞いて癌患者は涙を流し、説法を傍らで聞いていた者が「福音書」として書き留めるわけです。サッチャンは福音記者か?。この物語が福音書なのか?。

 大本教の教祖「出口なお」の登場する高橋和己の『邪宗門』があります。この世の辛酸を舐め尽くした「なお」が、女性特有のヒステリー症状の果てに生み出した「お筆先」や「立直し(世直し)」に比べると、ギー兄さんの教祖はやや迫力に欠けます。高橋和己は、教義と信仰を持つ共同体(教団)が外の共同体(国家)と接触した時に起きる軋轢を、敗戦の混乱の中で起きる新興宗教の「世直し」の夢と挫折描きました。ギー兄さんとその教団が外世界に踏み込んだ時にいかなる軋轢が生まれるのか?。

 ギー兄さんは、指先からレーザー光線を出して緑内障を治しw、癌患者の病巣を縮小させて「救い主」と呼ばれるようになります。「救世主」の誕生です。
 癌の転移を防げず癌患者は亡くなり、マスコミの報道と古くからある谷間の村と町の対立が顕在化して、ギー兄さんは吊し上げられ「救い主」は殴られます。救い主を癒やすために、両性具有のサッチャンはギー兄さんに身を捧げ、物語の傍観者であり語り手であったサッチャンが、初めて舞台に登場します。

第一部の発表時に読売新聞に掲載されたインタビューで、大江は執筆の意図についてこう述べていた。
「信仰対象となる人物のいない時代、そもそも既成宗教の基盤がない国で魂の問題を解決するには、自分たちで宗教のようなものをつくるしかない、と考える人たちの話です。」「理知の力で考えを突き詰め、神の理知に近づく。そんな魂の救済、信仰を具体化する人物を描いていきたい。」(ウィキペディア)

本人が語るのでそうなんでしょうが...。

タグ:読書
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