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再読 浅田次郎 マンチュリアン・リポート(1) (2010講談社文庫) [日記 (2022)]

マンチュリアン・リポート (講談社文庫)
 『蒼穹の昴』第四部、1928年の《張作霖爆殺事件》です。現在では、事件は関東軍司令官・村岡長太郎が発案し参謀・河本大作が決行した謀略、と明らかになっています。
 昭和4年、「治安維持法改悪に関する意見書」をばらまき軍規紊乱の廉で陸軍刑務所に収監されていた志津中尉は、突然刑務所から連れ出され昭和天皇と対面させられます。怪文書を読んだ天皇が志津との面会を望んだのです。話しは昭和3年6月の「張作霖爆殺事件」(当blog)に及びます。時の総理・田中義一は、最初は関東軍の関わりを認めたものの、後に前言を翻したため天皇の不興を買い内閣は総辞職となります。小説の昭和4年夏の時点で真相は不明。天皇は、

命令を達する。張作霖将軍が何者かの手によって爆殺されたる、満洲の重大事件につき、陸軍中尉志津邦陽に事 実調査を命ずる。

 天皇が一陸軍中尉に勅命を下すわけです。天皇は、堂々と国家を批判する私心の無い志津中尉を選んだわけです。報告は書簡で内閣書記官長・鳩山一郎経由で「私」にせよ、上下の儀礼は一切無用。従って、「満州報告書」の「あなた」とは天皇を指します。もう国際スパイ小説でスパイマスターは天皇。「満州報告書(マンチュリアン・レポート)」と交互に「鉄鋼の独白」が配されます。鉄鋼とは、西太后の御料車を引く英国製機関車のことで、張作霖は北京からこの機関車で奉天に向かう途中爆殺されます。人格を与えられた蒸気機関車は、事件の目撃者というわけです。

 清朝が倒れた後の中国は、中華民国(国民政府)と地方軍閥の内戦状態にあり、一頭地を抜く満州の軍閥・張作霖が北京に侵攻し中華民国の主権を握ります。日本にとっては、日清戦争で得た満州の利権を護り伸張するためには、張作霖の北京進出はマズイわけです。

満洲を支那と分離し、朝鮮と地続きの勢力圏に組みこんで、いずれは併合する、というのが大陸進出主義者たちの描いた絵図でした。

張作霖暗殺は、大日本帝国=関東郡の満蒙領有計画の障害を取り除く謀略だったのです。

 「満州報告書 2」で、事件の責任者処分について天皇に苦言を述べます。関東軍司令官の村岡中将の処分は「依願予備役被仰付」であり、「関東軍司令官として満洲独立守備隊の統督および満鉄ならびに付属地警備の行届の理由によるものとして自発的に辞表を提出せしめた」ことがその理由です。関東軍高級参謀の河本大佐は、満洲独立守備隊が警備すべき京奉線と満鉄線との交叉点に支那兵の配置を独断専行をもって許可したため「停職被仰付」。いずれも依頼予備役、停職という軽いものです。

「被仰付」という文言はいかに成句であるにせよ、奏上を裁可したあなたがそのように命じた、ということになります。

 田中義一総理大臣に至っては、「満洲事件の解決に関し、聖慮を煩わし奉るに至り何とも恐懼に堪えないからここに全責任を負い」内閣総辞職すると云うもの。事件の責任をとったのではなく、天皇を煩わした、畏れ多いから辞めるというわけです。

この方法が採用されれば、あらゆる法律も議決も超越した国家行為が可能となり、かつその結果について、誰も責任を負う必要がなくなります。日本は立憲君主国家でも法治国家でもない、非科学的な神憑りの国になってしまうのです。

 作者は、これが昭和3~4年(1928~29年)の日本の姿だと言います。

タグ:読書
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