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再読 浅田次郎 マンチュリアン・リポート(2) (2010講談社文庫) [日記 (2022)]

マンチュリアン・リポート (講談社文庫)1.jpg

皇姑屯
 続きです。大元帥府書記・岡圭之介、日本公使館の駐在武官・吉永中佐が登場します。岡は萬朝報の記者として『蒼穹の昴』に登場したキャラクターで、吉永は張作霖の軍事顧問として列車に乗り合わせ、片足を吹き飛ばされる重傷を負った人物。志津はこの2人の情報提供によって張作霖爆殺事件の真相を探り、「満州報告書」によって事の次第を天皇に報告します。

 志津が調べた張作霖爆殺事件は奇々怪々、

1)張作霖が北京を立つ際、関東軍の情報少佐が私服でプラットホームに佇んでいた。
2)怪電報が傍受された、〈三日〇一一五 特別列車北京ヲ発ス コバルト色十九輛編成ノ列車ナリ カノ人物ハ第八輛『展望車』ニ乗レリ 但シ同色ノ囮列車十輛編成ニテ先行ス 本夕刻 現着予定>。
3)軍事顧問の町野大佐と安国軍副総司令の張宗昌は天津で下車し、張作霖・北京政府の常蔭槐は囮列車に乗りかえ、列車に同乗した張作霖派の要人3人は惨事を免れた。
4)張作霖の命令で、列車は通常の半分の速度、時速27kmで走っていた。その為、奉天到着は予定の6/3ではなく6/4となった。
5)現場から2名の麻薬中毒者の刺殺死体が発見され、関東軍は犯人は蔣介石軍のゲリラだと発表。

1)はともかくとして2)は暗殺実行には必須の情報であり、3)に至っては張作霖側の人間も暗殺計画を事前に知っていたとしか考えられません。4)は張作霖も暗殺計画を知り、用心して列車をゆっくり走らせ到着を1日遅らせたと考えられます。5)に至っては偽装工作であることが明白です。

 謎を解くために、志津は張作霖の乗った北京→奉天間の京奉線に乗車します。爆殺の現場・皇姑屯は瀋陽(奉天)の市街地で、京奉線と満鉄線の立体交差地点。張作霖の乗った客車を爆薬で吹き飛ばしたではなく、爆薬は満鉄線の橋脚に仕掛けられ、橋脚が落下して張作霖の乗っていた客車を直撃したのです。どの様に張作霖の乗った客車が橋脚直下に来るタイミングを正確に狙ったのか?。列車は瀋陽に近づくと時速10kmに減速し、張作霖は奉天駅で出迎えを受けるために必ず展望車に移動します。減速した展望車が橋脚の下に来るタイミングを狙うのはそさほど難しいことでは無いわけです。

 さらに決定的な証言を得ます。志津の士官学校の同期、鉄道守備隊の古賀中尉の証言です。古賀は張作霖が奉天に到着する6/3の前夜、大量の爆薬と起爆電線を積んだ関東軍の工兵を目撃したと言います。
あいつらは、二度も予行演習をしたんだ。それで、満を持して張作霖を殺した。そんな大がかりなことは、何人かの将校でできるはずはない。関東軍司令部の謀略だ。
張作霖爆殺は関東軍の総意。河本大佐は高級参謀の職責上、罪を被ったにすぎん。
 満鉄線は関東軍の管理下ですから、客車に爆薬を仕掛けるより満鉄の橋脚を爆破する方がはるかに容易です。

奉勅命令
 当時の中国は、奉天軍、国民党、共産党の三つ巴の混乱の中で反日暴動が多発しています。関東軍は居留民保護の名目で軍を派遣し奉天軍、国民党を武装解除して、一気に満州での覇権を確立しようと目論みます。中国領への軍の派遣は天皇の命令が必要ですが、天皇は奉勅命令を出しません。

 あなたが奉勅命令をお出しにならなかったのは、軍と政府の目論見を読み切ったからなのでしょう。・・・勅命さえ下れば、この際に満蒙問題を一挙解決しようと企んでいたのだと思うのです。しかし関東軍は、あなたの明晰さを知っていました。すなわち、奉勅命令が下りなかった場合の行動を用意していたのです。
張作霖を爆殺する。犯人はどう考えても日本軍ですから、これは戦争になる。 実は国軍の便衣隊の仕業であったとすれば、誤解によって生じた戦争に勝利し、善意を以って新しい満洲の支配者となったという論理が成立するのです。非道きわまる話ですが、すでに弦から矢を放ってしまった関東軍は、この方法を強行するしかなかったのでしょう。そして、奉勅命令が下りなかった場合に備えて、かねてより予行演習までしていた。

 志津は、これが張作霖爆殺事件の真相だと天皇に書き送ります。予行演習までしていたかどうか別にしてほぼ史実です。
 半藤一利によると、張作霖事件は昭和史の分岐点だっといいます。天皇側近の西園寺は事件が関東軍による謀略だと見抜き、内大臣の牧野伸顕、侍従長・鈴木貫太郎と共に総理大臣・田中義一に圧力をかけ、田中の辞職で事件は決着します。事実上天皇が総理大臣の首を切ったわけです。これは憲法違反だとの指摘があり、以後、天皇は内閣や軍部が一致して決めたことに異を唱えない、余計な発言をしないという立場を守り抜くことになります。「沈黙する天皇」の誕生です。もう一つがロンドン海軍軍縮会議に係わる「統帥権干犯問題」。統帥権を持ち出せば軍部は政治に何でも言えるという「魔法の杖」(司馬遼太郎)を得たことになり、統帥権と天皇の沈黙によって軍部の独走が始まったといいます。余談です。

 蒼穹の昴シリーズは、戊戌の変法、戊戌の政変(蒼穹の昴)→義和団事件(珍妃の井戸)→清朝の崩壊と軍閥霖の勃興(中原の虹)を経て、『マンチュリアン・レポート』で張作霖爆殺まで来たわけです。続いて満州事変、満州国建国(天子蒙塵)と長城を越えた征服王朝・清朝の没落とそれに関わった日本(それは同時に日本帝国の崩壊でもあるわけですが)が描かれます。

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