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村上春樹 『色彩を持たない 多崎つくると、彼の巡礼の年』 [日記(2013)]

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年  京大での公開インタビューによると「『ノルウェイの森』以来のリアリズム小説」らしいですが、「ジョーカー」も「一角獣」も登場しませんから「リアリズム」なんでしょうね。個人的には『ワンダーランド』や『ネジマキ鳥』のような幻想的な小説の方が好きです。

 団塊の世代を父親に持つ36歳のエンジニア、多崎つくるの物語です
 男女4人の同級生と理想的な高校生活を送った“つくる”は、大学2年の初夏、理由も分からずこの4人に絶交を言い渡されます。小説は、つくる本人にも分からない絶交の“謎”を解明するために、16年ぶりに4人を訪ねる「巡礼」の旅を描いています。
 今回も村上春樹の小説でお馴染みの、音楽あり、ファッションあり、グルメ?あり、そして美女ありです。そういうものを全部取り去って小説を眺めてみると、この人の小説もまた(『ノルウェイの森』以降)何処まで行っても“Boy Meets Girl”です。孤独な少年、青年が恋人によって癒される、みたいなものです。

 作家ご本人は「リアリズム」とおっしゃっていますが、つくるという主人公の造形は、どこがリアリズムなんですかねぇ。不動産業を営む裕福な家庭に生まれ、少なからぬ遺産を相続し、頭脳明晰、容姿端麗、一流工科大学を出て、東京の鉄道会社で駅舎の設計に携わる36歳のエンジニア。まぁそういう人もいるにはいるでしょうが、現実とはかけ離れた存在感の希薄な人物です。ワイシャツのアイロンがけをして、カティーサーク飲んで、バスローブですから笑います。こういう造形は、『19Q4』の月が2つある世界と同じ「書き割り」なんでしょう。
 4人の友人か絶縁されたことで、つくるは思い悩み、死と隣り合った数ヶ月を過ごした後立ち直ります。20歳の人間が、友だちから仲間はずれにされただけで「死と隣り合」うのかどうか?ですが、この後つくるは容貌まで変わるほどに「成長」しますから、サナギが成虫になる脱皮と理解すればいいのでしょう。

 そして36歳の「健全」な(健全と言う他はありません)青年が、2歳年上の恋人沙羅の薦めで、自分を仲間外れにした(共同体から追い出した)謎の解明のため、4人の元友人を訪ねます。この恋人は“Boy Meets Girl”のGirlにあたります。謎の解明がつくるにとって必要だったわけではなく、謎を解明しないと付き合ってやらないとか沙羅に言われて、つくるはノコノコ名古屋に行くわけです。自発的に詣でるのが「巡礼」で、行ってくれといわれて詣でるのは「代参」?。
 公開インタヴューで作家は、「名古屋の(高校時代の親友)4人を書かないで、(絶縁された)理由も書かないつもりだった。でも書いているうちに4人のことがどうしても書きたくなった。・・・書きなさいと、沙羅に言われたんです」と言ってますが、アンタもつくると一緒か?

 で、16年後の4人の消息が知れ、「謎」が明らかになります。4人の親友から絶縁された理由とは、親友のひとりシロがつくるに暴力によって犯されたと訴えたことです。共同体の禁を犯す奴は破門だ追放だというわけで、これが事の真相です。面白いのは、他の3人はつくるがシロを強姦することなどあり得ないと思いながら、シロの訴えに同調したことです。普通、つくるを呼んでシロの前で申し開きをさせ真偽を確認しますね。ところが3人はシロの言い分を一方的に信じ、つくるを追放したわけです。何故こうなったのか、それは、3人の男と2人の女の結びつきにあると思われます。普通、男女の高校生が集まれば恋愛感情が生まれペアを作りますが、5人がペアを作るとひとり余ってしまい、共同体としての結束が崩れます。もっともペアを作ること自体が結束を乱すことで禁忌です。後にフィンランドに行ったクロも言うように、シロと共同体を救うために、共同体から一時離れている(よそ者の)つくるをスケープゴードとしたというわけです。他の男性2人アカとアオも(おそらく)シロに好意を寄せ、その対象が汚されたわけですから、犯人とされるつくるを、たとえ信じられないとしても追放することで心のバランスをとったのでしょう。クロはというと、事件後に拒食症に陥ったシロを救うためもあったのでしょうが、クロ自身がつくるに密かに好意を寄せていて、裏切ったつくるに復讐する意味でも追放を強硬に主張したわけです。
 つくるが「死と隣り合った」原因とは、つくるが禁忌を犯した(現実には犯していない)ことであり、つくるは通過儀礼(イニシエーション)を経て立ち直ります。つくるは、何度もシロと交わる性夢を見ますが、この性夢はタブーを犯す、犯したいというつくるの心理的な側面でしょう。とすれば、灰田との性夢は罪の意識の反映かもしれません。

 村上春樹好みの虚飾を取り去った『色彩を持たない 多崎つくると、彼の巡礼の年』とは、共同体と禁忌と通過儀礼の物語だとも読めます。

 わたしとしては、ビルトゥングスロマンを書いている暇があったら、1Q84で広げて見せた命題?
リトル・ピープルとはいったい何者なのか? 女性に理不尽な暴力をふるった男は、殺されてもいいのか? 人はなぜカルトに走るのか? 親に抑圧された子供に救いはあるのか? そもそも「1Q84」という世界は何なのか?
 という命題?に取り組んでほしいものです。それとも、取り組む前の肩慣らしでしょうか。

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