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kindleで読書 遠藤周作 白い人 [日記(2014)]

白い人・黄色い人 (新潮文庫)
 1942年仏リヨン、ゲシュタポに雇われた「私」が語る背徳と信仰の物語です。

 放蕩な父親と禁欲主義の母親というプロテスタントの家庭で育ち、斜視というハンディを背負った「私」は、12歳の時に老犬を組みしいた女中の腿の白さを見て快楽に目覚めます。と同時に、「私」の肉慾の目覚めは虐待の快楽を伴って開花します。アデンでアラビア人の少年を買い、虐待の快楽に酔いしれます。

 「私」は、肉体的欠陥と虐待嗜好という精神的欠陥を護るためにゲシュタポの拷問係(対ナチ協力者)となり、神学生のジャックは、キリスト者として人類の罪を背負いレジスタンスとなります。このふたりを繋ぐのが、「私」の斜視でありジャックの容貌の醜さです。欠陥をバネに、ひとりは拷問する側に、ひとりは拷問される側に立つことになります。
 
 「私」は、この肉体的欠陥を超克するために女性の下着を破り、虐待嗜好という性癖によって、キリシスト教が磔という拷問(悪)によって成り立っているという「真理」を発見します。一方のジャックは、容貌の醜さから逃れるために神学生となり、その醜さを人間全体に敷衍して人類の醜さを背負おうというキリスト者になります。
 基督(教)成立の過程に拷問=悪が存在することを知った「私」は、ジャックの偽善が許せず、ジャックが愛しているマリー・テレーズを誘惑して犯すことで、ジャックの基督教世界を壊そうとします。

(「私」は)待つていた。なにかが訪れてくるのを待つていた。 処刑、拷問、虐殺の日が近づいている。人間世界が、文明や進歩の仮面を剥いで、真実の面貌を曝けだす日がやつてくる。・・・私は知つていた。

 フランスはドイツ軍によって占領され、「私」はゲシュタポの通訳となってリヨンのゲシュタポ取調室でジャックと再会します。
 ゲシュタポの拷問要員は、ジャックにリヨン第四区の連絡員の名、住所を吐かせようとしますが、十字架を握ったジャックは拷問に耐えます。「私」はマリー・テレーズを逮捕し、ジャックのいる隣の部屋で彼女をいたぶり、ジャックの自供を引き出そうとします。かつての「私」、ジャック、マリー・テレーズの三角関係の再来です。

今夜、二人は互に裏切るか、裏切られるかの位置におかれている。・・・だが、このように、私たち三人をピンセットで実験臺におき人形のように賭を強いたのは私ではない。決して私ではない。私でないとすれば、それは??
・・・突然、私は、その窓硝子に、さきほどのジャックの銀色の十字架を、その幻をみたような気がした。(ジャック、マリー・テレーズ、「私」という)人間が互に相結ぶ三角形に、なぜか、計量し足らぬ一点があるような気がした。思わず、私は不安にかられ、マリー・テレーズをふりかえつた。

私たち三人をピンセットで実験臺にお」いたのは誰か、「計量し足らぬ一点」とは何か?です。この時「私」には答えが分かったはずです。
 「私」は、「目にしみるほど眞白い太腿」を眼にし、「老犬をくみしいたイボンヌの腿」の幻影に突き動かされるように下着を引き裂きマリー・テレーズを犯します。そして隣の部屋でジャックは舌を噛み切って自殺し、マリー・テレーズは狂います。

 遠藤周作は1950年~53年フランスに留学しリヨン大学に入学しています。フランスは、1940~44年ナチの傀儡であるヴィシー政権の統治下にあり、レジスタンスとともに多くのナチ協力者がいたはずです。戦後、彼らは祖国の裏切り者としてリンチを受け裁きを受けたものとおもわれます。作者は、この裏切り者の中に神と信仰の問題を見ようとしたのだと思われます。
 
 ある黄昏、私は、中尉が松の実町の邸に棄てられてあるピアノを奏いているのを見たことがある。先ほどの拷問の時に、腐魚のように濁つてみえた彼の眼は、その時イキイキと赫いていた。夕陽がその額と銀髪とを薔薇色にさえ、そめていた。 
「音樂をお好きですか。」と私はたずねた。「俺か。」と突然、彼は顔をゆがめて答えた。「モツァルトが好きだなあ。俺は召集されぬ時、毎夜、妻と子供と合奏したものだ、モツァルトは素晴らしい。」
 
 作者が、この粗削りで分かりづらい小説で描いたのは、悪(虐殺、拷問)と宗教という問題だけではなさそうです。十字架に拷問の痕を見出し、基督(教)成立の過程に拷問=悪が存在することを描く作者にとっては、悪魔も基督も、ナチもアウシュビッツのユダヤ人も、相対化された存在だと思われます。

余談
 「私」が下着を引き裂く描写です。どう考えても、若い女性が教室で着替えて、下着(しかも、パンティということになっています)を残して立ち去るなど、あり得ませんね。
 なんと、ここ(日本ペンクラブ)に『白い人』の全文が落ちています!。 

タグ:読書
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