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村上春樹 騎士団長殺し 第一部 顕れるイデア編(2017年新潮社) [日記(2018)]

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編  先日(8/5)、FM東京で村上春樹氏がDJやってましたね、こっちもミーハーですから聴きましたがどうということはなかった。それで思い出して『騎士団長殺し』を読んでみました。『1Q84』『女のいない男たち』も個人的にはイマイチだったので、今度はどんなもんだろう、相変わらず音楽と車とワインと料理を小道具に男と女の話か? →そうです(笑。

 画家の《私》は6年間連れ添った妻に離婚を宣告され、家を出て北海道、東北を放浪したあげく友人の別荘の管理人として住み込みます。地元のカルチャースクールで絵の講師を勤め、生徒の人妻をふたりもたぶらかして愛人にしています。ハルキさん何時ものパターンですか?。

騎士団長殺し
 別荘の持ち主は友人の父親で高名な日本画家・雨田具彦。雨田は西洋の抽象画を描いていたのですが、戦前オーストリアに留学しWW2の始まる直前に帰国、後日本画に転向して画壇の重鎮となった画家。私は別荘の天井裏で雨田具彦の描いた「騎士団長殺し」と題名の付いた絵を発見します。飛鳥時代の装束を纏う男が騎士団長と思われる男を刺殺し、それを見ている若い娘とマンホールの様な穴から這い出してきた異形のもの《顔なが(長)》を描いた不思議な絵。絵の意味するものは何か、また何故雨田はこの絵を屋根裏に隠したのか?。私は、モーッアルトの歌劇『ドン・ジョバンニ』の「騎士団長殺し」のシーンを描いたものだと気が付きます。

 雨田具彦は、ウィーンでナチスの高官暗殺事件に巻き込まれ、恋人が拷問で殺された体験を、寓意を込めて「騎士団長殺し」として描いたことが後に明らかにされます。描くことで、暗い過去を封印したわけです。歌劇『ドン・ジョバンニ』に仮託したのですから、第二部の主題《メタファー》につながることになります。

免色 渉
 私に、法外な報酬で肖像画の制作依頼が舞い込みます。依頼主は、私の住む別荘と谷ひとつ隔てた瀟洒な白い邸宅に住む免色(メンシキ)という謎の人物。人里離れた別荘に隠棲する私をどうやって探り当てたのか?。免色は何かの意図をもって、肖像画を依頼するという手段で私に近づいて来たようです。
 免色は、娘がいるかもしれないと告白します。独身主義の免色と結婚できないと分かった恋人は、受胎がもっとも可能な日を選んで免色の元を訪れ「私の精子を意図的に収集し」、免色の前から消えます。恋人は結婚し、「収集」から9か月後に女児を出産します。免色は、この娘かも知れない少女の住む家と谷を挟んだ邸宅を購入し、双眼鏡で少女の姿を観察していたわようです。それほど気になるならDNA検査をすれば親子関係がはっきりする筈ですが、免色は「真実がどれほど深い孤独を人にもたらす」と考え、この曖昧な関係を曖昧なままに受け入れています。
 免色は、少女の肖像画制作を私に依頼します。これこそが、免色が私に近づいた本当の理由だったわけです。

 免色と実の娘「かも知れない」父娘関係は、第二部の離婚した妻が生んだ血のつながらない娘との父娘関係の相似形となっています。

騎士団長 = イデア
 別荘に住む私に、深夜、決まった時間になると虫の音が途絶え何処からともなく鈴の音ちが聞こえるようになります。鈴の音は別荘の近くにあるある祠の裏の塚の中から聞こえてきます。免色によると、即巳仏となった僧がミイラとなって塚の中で鈴を振っている話が上田秋成の『春雨物語』にある...。怪異譚?。怪異は、村上春樹の小説には沢山出てきますから驚きませんが。私と免色がこの塚を暴くと、井戸の様な石室が現れ石室の中には即巳仏のミイラはなく、鈴(仏具)を発見します。誰かがこの鈴を鳴らしていた...。
 塚を暴いたために封印されていた何者かが蘇ります。私の前に、「騎士団長殺し」の絵から抜け出した身長60cm程の《騎士団長》が現れます。騎士団長は自らを騎士団長の姿で現れた《イデア》だと名乗ります。『海辺のカフカ』ではジョニー・ウォーカーが現れましたから騎士団長が出てきても不思議ではありませんが...。
 イデアは哲学のideaで、理想,理念,観念と訳されます。騎士団長は私以外には見えません。騎士団長自ら「人の心を映し出す鏡」だと言っていますから、騎士団長=《私》ということでしょう。「イデアは他者の認識そのものをエネルギー源として存在している」ようですから、私の「認識」が生み出した幻、《私》という存在の別表現、「私という観念」だと理解してよさそうです。

白いスバル・フォレスターの男
 妻に離婚を宣言され、失意のうちに放浪する私は宮城県の海岸沿いの小さな町のレストランで若い女性と出会います。女性はどうやら《白いスバル・フォレスターの男》に追われている様子で、私をラブホテルに強引に連れ込み一夜を共にします。翌朝女性は姿を消し、私は件の男と出会い、男は「おまえがどこで何をしていたかおれにはちゃんとわかっているぞ」という非難めいた視線で私を見ます。私と女性は、(女性の頼みで)行為の最中に打擲し首を絞めるSMまがいの行為を行い、男はそれを非難しているわけです。男女の関係も不明、男が女を追っていた証拠もなく男は私を見ただけで会話もしていませんから、私の「妄想」です。

 「おまえがどこで何をしていたかおれにはちゃんとわかっているぞ」というフレーズは、小説の副旋律のようにこの後何度も繰り返されます。この男女と出会ったのが岩手県との県境に近い「宮城県の海岸沿いの小さな町」であり、小説の最後(の方)で私は東日本大震災の津波を映したTV映像の中にこの男らしき人物を発見しますから、この男女は明らかに大震災の表象だと思われます。行きずりの女性と、死と隣り合った(首を締めた)性を共有したことも象徴的です。私は《白いスバル・フォレスターの男》の肖像画を描き、第二部ではこの肖像画を「騎士団長殺し」の絵とともに屋根裏に隠します。雨田具彦はウィーンで関わった暗殺事件を絵画に顕在化し封印しますから、私もまた《白いスバル・フォレスターの男》(すなわち「どこで何をしていた」か)を肖像画に定着させ封印したことになります。只どう読んでも、この一連のエピソードは私と重大な関りをもっていないように思われるのですが...。
 私はこの肖像画の製作を途中で放棄します。木炭で描いた男の姿の上に油絵具を塗り重ね男のイメージを消しますが、男は絵の中から何かを語りかけるように浮かび上がってきます。私はこの肖像画を製作途中でも常に裏向けてイーゼルに立てかけていますから、記憶から締め出したいが描かずにはおれない記憶、雨田具彦のウィーンでの記憶と同質のものだと言うことができます。

赤いミニに乗った人妻
 私と性的関係を持ち、性的関係以外描かれることのない名前も与えられていない41歳の人妻。小説に登場する女性は、私の妻・ユズ、私の死んだ妹・コミチ、免色の娘かもしれない秋川まりえ、その叔母の秋川笙子、宮城県の海岸沿いの小さな町で出会った女、そしてこの人妻。不思議なことに、小説に登場する女性の中では一番饒舌で(会話の殆どはベッドの上か電話)、文字数が一番多く割かれています(たぶん)。村上春樹の趣味、読者サービスだと言ってしまえばそれまでですが、描写が生き生きしていて存在感があり、さらに「こんなことを永遠に続けているわけにはいかない」と私から去ってゆきます。この人妻の視点で小説を見れば、「イデア」も「メタファー」もガラガラと音をたてて崩れていきます。趣味や読者サービスで登場した人物とも思えません。

 主要人物がもれなく登場し、第二部「遷ろうメタファー編」に引き継がれます。

タグ:読書
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