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高木徹 ドキュメント 戦争広告代理店 (2005講談社文庫) [日記 (2020)]

ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫) ユーゴスラビア紛争.jpg
 国家をクライアントに、国際世論を動かす「ロビー活動」のドキュメントです。「広告代理店」が国際世論を左右することができるのか?。広告が人の消費行動を一定の方向に導くものなら、広告によって世論を一定の方向に導くことができるはずです。
 「広告代理店」は、ボスニア・ヘルツェゴビナをクライアントに、広告代理店がセルビアを悪者に仕立て上げ、ユーゴスラビアを国連から追放するという離れ業をやってのけます。ロビー活動を描いた『 女神の見えざる手』という映画がありますが(この映画も面白いですが)、映画より数倍面白い、事実は映画よりもドラマチックです(講談社ノンフィクション賞、新潮ドキュメン賞W受賞)。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争
 「ユーゴスラビア連邦」は、もともとチトーに率いられた社会主義国です。マケドニア、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、クロアチア、スロベニア、モンテネグロの6つの民族からなる連邦国家は、チトーの死とそれに続く冷戦構造の崩壊によって民族独立へと向かいます。まず1991年にスロベニアが独立、次にクロアチアが独立します。

これに対し連邦政府と連邦軍は、軍事力で独立を阻止しようとし、連邦軍と各共和国軍との間で戦闘が始まった。そのころの連邦政府は、実態としては各民族共同の政府ではなく、連邦首都ベオグラードがあるセルビア共和国の大統領こロシェビッチらセルビア人によって牛耳られていた。したがって、この紛争は、セルビア人中心で運営される「ユーゴスラビア」の版図を維持したいセルビア人と、そこからの脱却をはかる各民族との戦い、という構図になっていた。

 スロベニア共和国はその人口のほとんどがスロベニア人で占められ、クロアチア共和国もクロアチア人が人口の90%を占めています。ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(以下ボスニア)は、

 全人口の4割強を占めるモスレム人(イスラム教徒)、3割強セルビア人、2割のクロアチア人

という多民族国家です。4割を占めるモスレム人が国民投票でボスニア・ヘルツェゴビナの独立を決め、これにセルビア人とクロアチア人が反発し、セルビア人は同じ民族の隣国セルビア共和国の軍隊の支援を受け、モスレム人に対抗します。モスレム人vs.セルビア人というのが「ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争」の構図です。ボスニアの内乱にセルビアが加担し、20万人の市民が犠牲になったという民族紛争です。

マーケティング
 ボスニアは、セルビアの非を訴えるために外相ハリス・シライジッチを先進国に派遣し、シライジッチが広告代理店(PR会社)ルーダー・フィン社のジョン・ハーフと出会ったことで、『ドキュメント 戦争広告代理店』が始まります。
 ルーダー・フィン社は、スイス政府、ヨルダン政府、ハンブルグ市、ブラジルの飛行機メーカーなどのPRを引き受ける企業で、普通の「広告代理店」とは少し異なります。 ハーフは、言います、

私たちの仕事は、一言で言えばメッセージのマーケティング"です。マクドナルドはハンバーガーを世界にマーケティングしています、それと同じように私たちはメッセージをマーケティングしているんです。ボスニア・ヘルツェゴビナ政府との仕事では、セルビアのミロシェビッチ大統領がいかに残虐な行為に及んでいるのか、それがマーケティングすべきメッセージでした。

ルーダー・フィン社は、ボスニアをクライアントとしてセルビアを侵略国に仕立て上げ、国際世論をボスニアへと誘導します。これは、ボスニアという国を国際マーケット売り出すという”マーケティング”にほかならないと言うのです。
 ハーフは、メディア集めてシライジッチの記者会見をセットし、有力議員、国務省の官僚に働きかけ、「ボスニアFAX通信」を発刊します。圧巻は、

マーケティングには、効果的なキャッチコピーがつきものだ。それが「民族浄化」だ。

今では誰でも知っているこの「民族浄化」という言葉は、ボスニア紛争の象徴としてハーフとシライジッチによってを世界に発信されたのです。セルビア人のボスニア人虐殺は、ナチスの「ホロコースト」とも言えますが、ハーフは、ユダヤ人に配慮してホロコーストという言葉を避けバルカン半島で使われる民族浄化という言葉を選択します。民族浄化は容易にホロコーストを連想させ、ハーフとボスニア政府は、あらゆるメディアで民族浄化のキャンペーンを行い拡散させます。

民族浄化、というこの一つの言葉で、人々はボスニア・ヘルツェゴビナで何が起きていたかを理解することができるのです。『セルビア人がどこどこの村にやってきて、銃を突きつけ、三十分以内に家を出て行けとモスレム人に命令し、彼らをトラックに乗せて……』と延々説明するかわりに、一言“ethnic cleansing(民族浄化)”と言えば全部伝わるんですよ。

まさにマーケティング。このキャッチコピーはメディアに露出し遂には国務省までも使うようになります。これによってセルビアはホロコーストを行うナチスの如き悪者となり、ボスニアに同情が集まります。
 追い打ちをかけたのが、アメリカのメデアによる「強制収容所」報道です。強制収容所はアウシュビッツなどの「ユダヤ人絶滅収容所」をストレートに連想させます。ハーフは、すかさずこの記事を「ボスニアFAX通信」に載せ、メディアは「強制収容所」を再生産し世界に拡散します。

 セルビア排除のためには国連軍(実質アメリカ軍)の駐留が必要です。石油という資源のある湾岸戦争に米軍が介入することはアメリカの国益沿ったものですが、バルカン半島の紛争に米軍が介入するためには大義名分が必要です。このためにハーフが採ったマーケティング戦略が、ボスニア紛争は「民主主義のための戦い」であるという脚色が施されます。民主主義という言葉は、アメリカ国民を納得させる大義名分としてこれ以上のもはありません。民族浄化、強制収容所、民主主義が揃いますから、国連、アメリカが介入しボスニアはPR作戦に勝利します。セルビア大統領のミロシェヴィッチは、2000年に失脚し戦争犯罪の嫌疑で、ハーグの「旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷」に引き渡されます。

国務省の官僚が言うように、

ボスニア紛争の本質は(セルビア人勢力が一方的にボスニア・ヘルツェゴビナを侵略したのではなく)一つの国の中でおきた内戦だったのです。

セルビアによるモスレム人の強制収容所の存在は実証されず、ボスニアにもセルビア人の捕虜収容所があり、モスレム人によるセルビア人殺戮はあったのですから、内戦と言えます。内戦が「セルビアによるボスニア・ヘルツェゴビナ侵略」となったのは、広告代理店のマーケティングです。セルビアにはルーダー・フィン社のハーフのような人物がいなかっただけです。セルビアはボスニアのPR作戦で負けたことになります。

 久々にノンフィクションを読みました。映画や小説より面白いです。 →オススメ。

タグ:読書
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