川村裕子 現代語訳 和泉式部日記 ④ (2007角川文庫)

続きです。

妻妾同居、親王の死

　和泉式部は、召人として1003年12月に敦道親王の邸に入ります。知り合って9ヶ月で《召人》ではあるものの、親王の妻の一人となったわけです。式部が同居したため、元々親王とシックリいっていなかった北の方(正妻)は邸を去ります。他の女の下に通うならともかく、妻妾同居ですから、誇り高い北の方は我慢出来なかったのでしょう。北の方は、藤原済時の娘で、姉は後の三条天皇の皇后という貴族中の貴族です。

　片や、バツイチで年上、且つ「浮かれ女」と噂される受領（地方官、中流貴族）の娘が皇族の妻となり、藤原一族の正妻を追い出したのですから、式部と親王は相当のパッシングを受けたことでしょう。

　式部は4年ほど邸で暮らし、1007年に親王は亡くなります。おそらく式部は邸を出て自宅に戻ったはずです。

和泉式部日記の誕生

　式部は、喪に服している1008年に『和泉式部日記』を書きます。『日記』は、馴れ初め(4月)から邸に入るまでが記され、北の方が邸を出るところ(12月)で終わっています。長保5年の9ヶ月の出来事です。邸での4年間がどんな生活だったかは知るよしもありませんが、『日記』の流れからすると、式部は(そこそこ)幸せな日々を送ったと思われます（親王との間に男子も誕生しています）。ところが不思議なことに、『日記』にはこの4年間が一言も記されていません。式部が、敦道親王との思い出と鎮魂のために『日記』を書いたのであれば、この4年間が書かれているはずです。

　著者によると、和泉式部は鎮魂と思い出のために『日記』を書いたのではない、といいます。

世の中のすべての人から白い目で見られる関係。なんといっても北の方が出て行ってしまったのですから、二人は人々の好奇の視線や噂に取り巻かれています。･･･スキャンダルの波は和泉だけではなく宮にも当然降りかかってきます。

自分の恋人であった人が、亡くなった後に非難と中傷の渦に巻き込まれてしまう、自分と関係したことでゴシップの的にされてしまう、そして自分を守ってくれたばっかりに世間の人の冷笑と軽蔑の視線を浴びてしまう。

・・・彼女は決心をしたのです。宮と自分の、かりそめの関係などではない二人の恋の真実、世の中の誰にも祝福されない二人の恋の真実を書き綴っていこうと…。(週刊誌で散々叩かれた後、本人が手記を発表したようなものw)

　和泉式部は『日記』で、私たちの関係は浮わついたものではなく本物の恋なんだだ！、と主張したのだというのです。『日記』には、親王が式部の浮気を疑う話や、式部が多情な女だという噂が記され、乳母の口を通じ「式部の下にはたくさんの男が通っている」とまで書いています。式部の愛人とされる源少将や治部卿という個人名まで登場します。自分にとって不利な話を何故書くのか不思議だったのですが、悪い噂があればあるほど親王の恋は本物となり、同時に「浮かれ女」式部は「許されぬ恋」のヒロインとなります。式部は『日記』を書くことで親王と自分を同時に救ったのです、「日記文学」呼ばれる所以です。

　1007年に敦道親王の死別した後、1008年に『日記』を執筆し、1009年頃に道長の娘で中宮彰子の女房となり、1013年に36歳で藤原保昌と再婚します。1025年に娘の小式部内侍を亡くしたことが分かっていますが、和泉式部の没年は不明。敦道親王との4年間と『日記』執筆の後どんな生活を送ったのか？。中宮彰子の女房として同僚・紫式部との歌の競演、夫の任地丹後での生活があり、保昌（1036年没）を看取ったとすれば、『日記』を執筆した後40年近く生きたことになります。wikipediaによると日本各地に遺跡・逸話があるようです。

　原文対訳の『和泉式部日記』を読んだのですが、面白いです。当たり前といえば当たり前ですが、平安時代も今日も人が思い煩う姿には変わりがありません。27歳になった式部が、世間の噂を気にしながらも、親王の誘いに乗って《召人》になる下りは、思わず本音が出ています。平安時代の「日記」が文学といわれる所以で、1000年にわたって読み継がれてきたのもうなづけます。『和泉式部日記』は、「浮かれ女」と噂する世間に対する反論だという説も得力がります。日本のジェンダー論の走りでしょうか。

　『和泉式部日記』これでお終い。

和泉式部日記③　和泉式部外泊する、牛車での逢瀬、一緒に住もう

和泉式部日記②　後朝(きぬぎぬ)の別れ、浮かれ女

和泉式部日記①　花橘、暮にはいかが

王朝日記の魅力　和泉式部日記

王朝日記の魅力　蜻蛉日記②　新しいライバル、嫉妬

王朝日記の魅力　蜻蛉日記①　安和の変、一夫多妻、色好み

タグ：読書