SSブログ

村上春樹 街とその不確かな壁 第二部、第三部 (2023新潮社) [日記 (2023)]

街とその不確かな壁続きです。

私の身にいったい何が起こったのだろう? 私は今、なぜここにいるのだろう? 私にはそのことが今こうして私を含んでいる「現実」のありようがどうしても呑み込めなかった。・・・私ははっきり心を決め、影に別れを告げ、あの壁に囲まれた街に単身残ったはずなのだ。それなのにどうして私は今、この世界に戻っているのだろう? 私はずっとここにいて、どこにも行かず、ただただ長い夢を見ていただけなのだろうか?(p188)

 第二部は、「街」から現実の世界に戻った「私」の物語となります。街を脱出したのは〈影〉であり、私は街に残った筈ですが何故戻ったのか?。

私は何らかの力によって、ある時点で二つに分かたれてしまったのかもしれない。・・・今ここにいる私は、こちらの選択肢を選んだ私なのだ。・・・そしてもう一方で、あちらの選択肢を選んだ私がどこかにいる。どこか――おそらくは高い煉瓦の壁に囲まれた街に。(p188)

私は「二つに分かたれ」、「ここにいる私はこちらの選択肢を選んだ私」と「あちらの選択肢を選んだ私」がいると云うのです。

子易さん
 40代半ばとなった私は、「この現実は私のための現実ではない」と会社を辞め、地方の小さな町の図書館に職を得ます。図書館は、高い壁に囲まれた「街」の図書館のアナロジーです。前図書館長の子易(こやす)さんの目がねにかない、図書館長となります。70代半ばの子易さんは、ベレー帽にスカートと云う変わった格好の爺さん。私は東京から住まいを移し、町の図書館長の静かな生活が始まる第二部は、村上春樹とは思えない程の普通の小説。
 図書館の半地下の部屋で、「街」の図書館にあったストーブとソックリな薪ストーブを見つけ、子易さんの腕時計に針がないことを(街の時計台同様に)発見する辺りから「村上春樹」となります。ナント、子易さんは幽霊だったのです。幽霊の彼には〈影〉はありません。
 図書館の司書である添田さんによって子易さんの過去と幽霊となった経緯が語られます。子易さんの姿を見、声を聞くことが出来るのは、司書の添田さんと「私」だけです。子易さんは、幽霊が見えるのは私が〈影〉を一度無くしたからだと言います。私は壁に囲まれた街での〈夢読み〉の不可思議を告白し、子易さんは言います、

愛が何らかの理由によって、途中できっぱり断ち切られてしまったような場合にはそのような愛は当人にとって無上の至福であると同時に、ある意味厄介な呪いでもあります。(p380)

子易さんには最愛の妻を自殺で喪った過去があります。私もまた、17歳のときに恋人が突然消え、その後の28年間「厄介な呪い」に囚われてきたのです。

 私は現実と幻想の世界を行き来する存在であり、子易さんもまた生と死、この世とあの世の「両属」の存在です。この両属性はイエロー・サブマリンの少年に引き継がれます。

イエロー・サブマリンの少年
 イエロー・サブマリンをプリントしたヨットパーカの少年が登場します。添田さんによると、「サヴァン症候群」のため中学卒業後高校へ進学せず、学校代わりに図書館に通い本を読む少年で、

毎日のようにこの図書館に来て、すごいスピードで本を読みあさっています。この分でいけば、今年中にはこの図書館の蔵書をほとんど読み切ってしまうかもしれません。

「サヴァン症候群」は発達障害のひとつで、社会適応力を欠く代わりに異才を発揮するといいます。少年は生年月日から曜日を言い当て、手当たり次第に本を読み、一字一句を記憶する異才を持っています。少年もまた、膨大な知識で構築した仮想世界と現実世界の両方に住まう存在なのです。
 サヴァン症候群でこの現実世界に居場所を見つけられない少年は、後に「街」の図書館で夢を読む〈夢読み〉となります。
 
 もうひとり、私が散歩の途中に立ち寄るコーヒーショップの女主人が登場します。女性には、第一部の「きみ」のイメージ重ねられ、私は好意を抱くようになります。女性は30代半ばのバツイチ、私は40半ばの独身ですから、”boy meets girl”の中年版ですw。女性は幻想の世界と無縁のごく普通の女性で、一見小説世界から外れる存在です。彼女は、書かれていない小説の未来で、私を現実世界に繋ぎ止める役割を担うものと思われます。

影と本体
 第三部は、「街」に行ったイエロー・サブマリンの少年と街に在る私の物語です。第一部のラストで私は影に別れを告げ街に残りますが、第二部の冒頭では何故か現実世界に舞い戻り私の物語が始まったわけです。あちらの世界とこちら世界の両方に「私」が存在するのです。少年は、

あなたの影は外の世界で無事に、しっかり生きています。 そして立派にあなたの代わりを務めています」
私は言葉をしばらくのあいだ失い、少年の顔を黙ってじっと見ていた。それからやっと言った。
「きみは外の世界で、ぼくの影に会ったことがあるの?」
「何度も」と少年は短く肯いて言った。(p645)

 街から脱出した影は、現実世界で私となり、子易さんや添田さんと出会って図書館長となり、イエロー・サブマリンの少年と会い、コーヒーショップの女主人とキスをしたわけです。少年は続けます、

本体であろうが、影であろうが、どちらにしてもあなたはあなたです。 それに間違いはありません。どちらが本体で、どちらがその影というより、むしろそれぞれがそれぞれの大事な分身であると考えた方が正しいかもしれません」(p645)

 少年によって、私が壁に囲まれた街と小さな町の両方に存在することが明かされます。少年は私から〈夢読み〉を引き継ぎ、私は現実世界に戻る決心して、”boy meets girl”の怪異譚は終わります。

 600ページを越える大長編ですが、”boy meets girl”に始まり、幽霊、サヴァン症候群の少年が登場し、面白いので一気に詠めます。もう少し考えてみたいと思います。

タグ:読書
nice!(4)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 4

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。