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村上春樹 街とその不確かな壁 第一部 (2023新潮社) [日記 (2023)]

街とその不確かな壁 ひとりの少女が、あなたの人生から跡形もなく姿を消す。 あなたはそのとき十七歳、健康な男子だ。 そして彼女はあなたが口づけした最初の相手だ。 あなたが誰よりも心惹かれた、美しい素敵な女の子だ。彼女もあなたのことがとても好きだと言った。そのときがくれば、あなたのものになりたいと言ってくれた。そんな相手が予告もなく、 別れの言葉もなく、説明らしい説明もなく、あなたのもとから立ち去ってしまう。 あなたの立っている地表から消え失せる。文字通り煙のように。(p152)

高い壁に囲まれた街
 少女は、「あなたと出会った私は本当の私ではなく私の〈影〉です。本当の私は高い壁に囲まれた街にいる」という手紙を残して失踪します。
 「ぼく」は、28年後、少女の住む「高い壁に囲まれた街」にワープし(何時もの様に穴に落ち)、「古い夢」が並んでいる図書館で〈夢読み〉となります。村上春樹お得意の”boy meets girl”、「夢を読む」という設定は『ハードボイルド・ワンダーランド』の世界でお馴染みのハルキ・ワールドです。一角獣もいる!。

 「ぼく」と「きみ」が出会うのは現実の世界、高い壁に囲まれた街は架空の世界です。私は少女が司書をする図書館で古い夢を読み、読み終わると少女を家に送り届けるという生活を続けます。17歳で現実世界で出会い、少女失踪によって途切れたふたりは、28年後に架空世界で再会します。但し、少女には「私」の記憶はありません。

 実は、この高い壁に囲まれた街に入るには〈影〉を捨てなければなりません。影を捨て街に入れば、二度と出ることは出来ません。私は影を捨て、捨てられた影は「私」の分身として細々と生き続けやがて死んでしまいます。この〈影〉がキーワードであり、「私」と〈影〉の対話が第一部のハイライトで、この物語りを解く鍵?。

 〈影〉は、アンタはこの街にいる彼女が本体であると信じているが、実は逆で、影ではないか?と疑問を呈し、もしそうだとしたら、この矛盾と作り話に満ちた世界に留まっていることに、どれほどの意味があるのかと問います。この街は影の国だと言います。

 〈夢読み〉という不可思議な仕事は、

「古い夢とは、この街をこの街として成立させるために壁の外に追放された本体が残していった、心の残響みたいなものじゃないでしょうか。本体を追放するといっても、根こそぎ完璧に放り出せるわけではなくて、どうしてもあとにいくらかのものが残ります。 それらの残滓を集めて古い夢という特別な容器に堅く閉じ込めたのです」

その「残滓」があふれ出ると街は壊れる、〈夢読み〉とは夢を読むことで夢を慰め、鎮め、卵の中に安住させる祭祀だと思われます。「私」に比べ、〈影〉は明晰です。〈影〉は、もう一度「私」と合体して壁の外の元の世界に戻ろうと提案します。

「あんたはおれともう一度一緒になって、壁の外の世界に戻るべきだと思います。・・・いいですか、おれの目からすれば、あっちこそが本当の世界 なんです。そこでは人々はそれぞれ苦しんで歳を取り、弱って衰えて死んでいきます。 そりゃ、あまり面白いことじゃないでしょう。 でも、世界ってもともとそういうものじゃないですか。 そういうのを引き受けていくのが本来の姿です。 そしておれも及ばずながらそれにおつきあいしています。時間を止めることはできないし、死んだものは永遠に死んだままです。消えちまった ものは、永遠に消えたままです。そういうありようを受け入れていくしかありません。」(p127)

「私」と影はあ壁の外の世界へ戻るため、その通路「溜まり」へ向かいます。ところが土壇場で「私」は街に残ることを選択し、影はひとりで外の世界へ戻ります。第一部、完。

 村上春樹好みの幻想と怪奇の世界です。
 〈夢読み〉が読む夢とは、「新明解国語辞典」で云うなら

(二) 実際には有りそうにも思われないが、万一 実現すれば いいなあと思っている(いた)事柄。
(三) 活社会や厳しい現実から遊離して暫時享楽する、甘くて楽しい環境。

のことでw。夢ですから成就せず、その喪失感、挫折感、恨みの残響(残滓)が集められ、容器に閉じ込められ「図書館」に並べられます。残滓が殻を破って漂い出し、集まって「革命」wを起こさないように、慰め鎮める祭祀が〈夢読み〉です。
 物語では、「きみ」を失った「ぼく」は、喪失感を回復するために私は街へ行き〈夢読み〉となります。喪失を鎮める「司祭」となるわけです。街は「私」が作ったものだと〈影〉は言います。街が『街とその不確かな壁』とするなら、作者は司祭ということになります。 →第二部へ。

タグ:読書
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