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先崎彰容 国家の尊厳(2021新潮社) [日記 (2024)]

国家の尊厳(新潮新書)
 始まりはコロナ禍による「緊急事態宣言」です。コロナ禍は2つの事実を明らかにしたと著者言います。1つは、戦後日本のアイデンティーである自由主義と民主主義(加えて成長主義、個人主義)が最早通用しなくなったことです。2つ目は、ロックダウンを実施した国、強権主義の国、例えば中国がコロナの抑え込みに成功したことです。日本は「緊急事態宣言」の移動制限や飲食業などの営業の自粛は違憲に当たると言う「意見」があり、緊急事態宣言は4月にずれ込み「要請」に留まりました。また東日本大震災で避難指示が出せず津波によって多くの犠牲者を出した小学校の例から、非常事態では意見の多様性を尊重するよりも権力による決断が重要だと言うのです。自由主義とは、意見の多様性の尊重にみえるが、実際は何ら決定することが出来ない状態に過ぎず、事態は待ってはくれないのです。
 
民主主義は、多様な意見を集約し、多数決によって一つの政治的決断に持っていく行動のことを指すのです。決断と民主主義が結びつく理由がここにあります。そして非常時において最終決断をくだせる者は一人である以上ここに「委任独裁」が肯定的に出てくるわけで(P69)

もっとも、その「委任独裁」の相手がヒトラーだったら、という問題はあります。ヒトラーの独裁を認めたカール・シュミットを持ち出し

 問題は、コロナ禍という「例外状態」において、シュミットの「決断」の方が正しいのか、日本政府の自由主義的対応の方が正しいのか、判断が極めて難しいという事実です。 時間の遅速に着目すれば、欧米諸国がとったロックダウンは「速さ」を求め、日本政府は「遅さ」を選択したことになる。
 そして「速さ」すなわち即効性の優等生が中国であり、西欧諸国は自らが築きあげてきた自由と多様性尊重の価値観を、今回、放棄したともいえるのです。近年の中国の政治的台頭は、従来の欧米型の価値観に、中国型の国家体制が挑戦してくることを意味します。(p70)

 そして三島由紀夫の天皇論が登場します。戦後の民主主義に批判的な三島は、戦前の立憲君主制も戦後の民衆主義下の象徴天皇も、天皇が政治に従属していると否定的立場を取ります。三島は「文化概念としての天皇」を主張し、戦後日本に対する処方箋「文化防衛論」を主張します。制度疲労を起こした戦後日本のアイデンティー=自由と民主主義の処方箋になるのかどうかは?ですが、三島由紀夫が出てくる辺りに著者の「令和日本のデザイン」が伝統的な日本に向かっていることが窺われます。

 一転、「美しい国」という理念と憲法改正、安全保障を前面に打ち出した安倍内閣、「自助・共助・公助」を掲げデジタル庁や地方創生を推める菅内閣の検証に入ります。ここまで来ると著者の保守主義は明らかで、安倍・菅内閣の評価は好意的です。安倍首相は、岸(安保)、池田(所得倍増)、田中(列島改造)首相同様、時代を俯瞰できる首相あるといいます、これは慧眼です。菅内閣の「自助・共助・公助」も東日本大震災を例に引き、

私たちは「まずはここ三日間を自らの力で生き抜かねばならない」状況を突きつけられている。経済だけでなく、災害や国際情勢全体で、非常時が常時になりつつある。
こうした社会状況は、私たちに発想の転換を促す。他者があたえてくれる秩序や、安定した社会構造を期待する時代が終わり、自らが公的秩序の作り手にならねばならない。受動的ではなく、主体的な行動を求められる時代になったのです。

ちょっと無理があるが…。

 で、著者の処方箋は、令和の日本は尊厳とコモン・センスをキーワードにした国づくりを目指すべきだというものです。尊厳はアイデンティー=自らの拠って立つ基盤です。「コモンセンス」とは「常識」と訳されますが
社会に一定のメッセージを発信し、自らがその構成員の一翼を担っている感触、「世界に素手で触れている」感覚(p202)

つまり社会に参加しているとという感覚です。

私たちには、地域やその国の歴史を湛えた生活スタイル、 死者の葬送の仕方があり、日常生活のリズムとなっています。大事なのは、コモン・センスには時間の響きが感じられることであり、さまざまな試練を乗り越えた経験、祖先の叡智を血肉としたリズムがふくまれていることなのです。(p208)

時間の響きが感じられる」とする辺りには、三島由紀夫の天皇制の匂いがあります。ナチズムの理論家カール・シュミットからその対極にあるハンナ・アーレントまで動員して、「令和日本のデザイン」の中核に祖先の叡智を血肉としたリズム=日本の伝統を据えるわけです。「ネズミ一匹」という結論です。

 著者は「プライムニュース」の常連で、独特の切口で時事問題を解説しています、面白いです。

タグ:読書
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