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船戸与一 満州国演義8 南冥の雫 [日記(2014)]

南冥の雫 満州国演義8 (満州国演義 8)
 『満州国演義』第7巻を読んだのが2012年7月ですから、1年半振りに第8巻が出ました。

【敷島四兄弟】
 『満州国演義』は、満州国の高級外務官僚である長男・太郎、元馬賊の二男・次郎、関東軍憲兵隊の三男・三郎、満映(満洲映画協会)の四男・四郎の敷島4兄弟を主人公とする、昭和初期から太平洋戦に至る「昭和クロニクル」です。官僚である太郎が政治を、憲兵である三郎が軍事を、民間人である次郎と四郎が「五族協和」の諸相を担当するという構成で、「昭和」を俯瞰しようというのが作家の意図です。

 元馬賊という自由人の次郎は満洲から上海に流れ、陸軍が「南方作戦」のために作った諜報機関に属し、ビルマ独立運動に関わり、第8巻では「インパール作戦」に参加します。三男は憲兵隊を離れ、いずれ起こる対ソ戦のために後方撹乱の特殊部隊に転属となります。この次男三男が動とすれば、長男は満州国政庁の奥の院で紅茶を啜り煙草をふかして破滅に向かう日本帝国をシニカルに眺める静です。四郎は満映にいるのですから、満洲の夜の帝王・甘粕正彦からみで活躍するのか思ったのですが、諜報戦の軍属となります。
 視点として欠けているのが「満鉄」だと思います。四郎あたりを「満鉄調査部」に潜り込ませれば面白かったと思うのですが。

 もうひとり、関東軍特務・間垣徳蔵が、影のように4兄弟に付き纏います。嫉妬で狂った太郎の妻が、満人の妾を刺殺する事件が起きます。死体を始末するのは三郎ですが、間垣は、頼まれもしないのにこの醜聞が漏れないように運転手を殺害します。徴兵を避けるために四郎を軍属にしたのも間垣で、何故そのように敷島兄弟につきまとうのかと問う太郎に、間垣はそのうち分かると答えるだけです。8巻まで読んできて、(うかつにも)この間垣徳蔵こそ第5の主人公だということに気が付きました。敷島兄弟の祖父は「奇兵隊」出身で、第1巻で会津戦争に参加するシーンが描かれています。間垣徳蔵は、敷島兄弟との血のつながりが想像されます。最終巻では敷島家の謎が明らかにされるでしょう。

【戦況】
 第8巻は、山下奉文がシンガポールを占領した1942年(昭和17)から始まります。教科書風に云うと、南方作戦の快進撃も、マッカーサーをフィリピンから撤退させた5月がピークで、6月のミッドウェー海戦で空母4隻と多くの航空機を失い南太平洋の制空権と制海権を失います。ミッドウェー以降ガナルカナル、アッツ、キスカと敗退を続け、翌年には「絶対国防圏」を設けて背水の陣を敷きます。国内はというと生活物資にも困窮するようになり、陸軍内部からも東條英機批判の声があがりはじめ、東條は憲兵隊を使ってこれを弾圧するという恐怖政治を敷くわけです。一方、チャンドラ・ボースをはじめ満洲国、タイ、フィリピン、ビルマなどの元首を集めて「大東亜会議」を開催します。
 という戦況が敷島兄弟に降りかかり、次郎はインパールへ、三郎は対ソ戦を想定した特殊部隊へ、四郎は関東軍の諜報軍属へと運命が変転します。太郎はというと、傀儡国の外務官僚ですからヒマ、もっぱら戦況、政情の解説役に徹します。
 主人公4人がミッドウェイやガダルカナルへ出かけてゆくわけには行きませんから、この戦況、政情というのは4兄弟が例えば間垣と合って会話する中に散りばめられるわけです。従って、小説を読んでいると云うより「大東亜戦争史」の講義を聞かされているという雰囲気です。時代を俯瞰的に表現するというのは難しいもので、船戸与一サンが格闘している様子がうかがえます。

【インパール】
 満洲からスタートした物語は、日本の南方膨張策とともにシンガポール、ビルマ、インパールへと舞台を広げます。この役目を担うのが「風に舞う《柳絮》のように自由気ままに生きたい」という次郎です。次郎を、大東亜戦争のなかで最も杜撰といわれる「インパール作戦」に参加させ、帝国陸軍のと云うより人間の愚劣さを炙り出そうという意図でしょう。

 インパール作戦は、連合国による中国・国民党政府への援助(援蒋ルート)を遮断する目的で、ビルマ国境に近いインドのインパール攻略を目指した作戦です。ビルマ側からインパールを目指すには、その間に横たわる大河と2000mの山脈を超えなければなりません。補給(兵站)が不可能な作戦を、20日分の食料だけを持たせて強行するのが15軍司令官牟田口です。雨季に入り、敵は飢餓とマラリアとなり、85000名投入された将兵のうち帰還できたのは12000名という大敗です。死屍累々の日本軍の退路は「白骨街道」と呼ばれたそうです。
 補給を無視したこの作戦では、全滅を危惧した師団長(佐藤中将)が命令を無視して退却するという陸軍史上初の「抗命事件」が起きています。食料弾薬の補給もせずに精神論を振り回す司令官に、愛想をつかしたわけです。退却後、幹部を集めた牟田口司令官の訓示がふるっています、

諸君、佐藤烈兵団長は、軍命に背きコヒマ方面の戦線を放棄した。食う物がないから戦争は出来んと言って勝手に退りよった。これが皇軍か。皇軍は食う物がなくても戦いをしなければならないのだ。兵器がない、やれ弾丸がない、食う物がないなどは戦いを放棄する理由にならぬ。弾丸がなかったら銃剣があるじゃないか。銃剣がなくなれば、腕でいくんじゃ。腕もなくなったら足で蹴れ。足もやられたら口で噛みついて行け。日本男子には大和魂があるということを忘れちゃいかん。日本は神州である。神々が守って下さる…(wikipediaインパール作戦)

 「ジンギスカン作戦」というのもあります。何かというと、40日の作戦に20日の食料しか持たせなかった言い訳として、物資を運ぶ3万頭の牛を役目が終わったら食料にするという計画です。牛は3000頭しか集まらず、大半は逃げられたりチンドウィン川渡河で溺死し、これも空文に帰します。「ジンギスカン作戦」を考えたのは令官牟田口だそうです。

 というインパール作戦に次郎が参戦し、抗命事件を起こした佐藤中将の第31師団と行動を共にし、退却途上で斃れます。次郎は死ぬのか?とうところで第8巻は幕。

 ラストで、「東條暗殺計画」が噂として登場します。ミッドウェー以降の敗戦の責任を取らせ、首相、陸相、参謀総長を兼任して独裁を敷く東條を退任させないと、日本は崩壊するという危機感です。海軍だけではなく陸軍内部でも暗殺計画があったようです。ヒトラーも、有名な「ヴァルキューレ作戦」であわや暗殺という目にあっていますから、当然でしょう。

 やっと1944年(昭和19)7月まで来ました。満州国崩壊まで後1年。こちらによると、

第九巻のタイトルは「残夢の骸」。東条英機暗殺計画が実現に向けて進んでいた。そこから始める。極限状態にこそ人間の本質が現れる、というのが、この「満州国演義」の命題のひとつ。そういう意味では、次巻では最も厳しい状況に敷島四兄弟は置かれることになる。これまで死神のように敷島家に付きまとってきた奉天特務機関・間垣の素性も明らかにする予定だ。(船戸与一談)
8南冥の雫・・・このページ
9残夢の骸・・・完結

タグ:読書
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