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映画 ライ麦畑の反逆児 ひとりぼっちのサリンジャー(2017米) [日記 (2021)]

ライ麦畑の反逆児/ひとりぼっちのサリンジャー[DVD] ライ麦畑でつかまえて (白水Uブックス) キャッチャー・イン・ザ・ライ (ペーパーバック・エディション)ライ麦畑でつかまえて
 主人公は、いわずと知れたサリンジャー。サリンジャーという作家はかなり変わっています。『ライ麦畑(1950)』の成功の後、ニューハンプシャーの田舎に隠遁して世間との交流を絶って伝説の小説家となります。『ライ麦畑』の爆発的なヒットと隠遁が伝説を作り上げたのでしょう。『ライ麦』は現在まで世界で6500万部!売れたそうです。

 『ライ麦畑』は、ペンシルバニアの(名門)私立高校生、16歳のホールデン・コールフィールドのクリスマスも近い土日の2日間の物語です。
 落ちこぼれのホールデンは、転校を繰り返し、4校目で単位が足りず退学になります。退学の手紙が実家に届く前に学校の寮を出て実家のあるNYに向かいます。親の苦情を聞きたくないので家に帰ることもできず、ほとぼりが冷めるまでホテルで過ごすことになります。三人連れの女性とダンスをし、クラブでピアノを聴いて酒をのみ、ホテルのボーイに娼婦を紹介されて童貞を捨て損ない、ガールフレンドを誘い出して演劇を見て、スケートをして結局は喧嘩別れ。と、この小説にはおよそ物語となるような事件は起きません。ホールデンは自分の感性と現実とのギャップを、インチキ野郎、イカレたトンマ野郎とけなし →とりとめもなく饒舌に語るだけです。このホールデンに1950年代の若者が激しく反応します。

 学生時代に読んで、「そんなもの」かで終わりました。サリンジャー生誕100年で読み返してみましたが、世界的文学もやはり「そんなもの」w。感受性が乏しいのでしょうね。

ウィット・バーネット
 1939年、サリンジャー(ニコラス・ホルト)はコロンビア大学に入り作家を志します。これを聞いた父親は、「落ちこぼれのおまえが作家になどなれるはずがない、家業を継げ」と諭します。サリンジャーは、肉とチーズの輸入で財を築き「ベーコン王」と呼ばれる裕福なユダヤ人家庭に生まれ、何不自由なく育ち、落ちこぼれても将来に対する不安はないわけです。
 サリンジャーは、コロンビア大学でウィット・バーネット教授(ケヴィン・スペイシー)の創作講座を受講し、認められてバーネットの発行する文芸誌「ストーリー」でデビューします。このバーネットが映画第一の鍵。
 バーネットは、小説とは作者の「声」を物語にすることだと定義したうえで、サリンジャーの作品は声が物語を邪魔していると批評します。作家の声が物語を圧倒してしまうと、読者の感情は置き去りにされ、作品は作家のエゴの表現になると。
 後に『ライ麦畑』がベストセラーとなって、読者がサリンジャーを訪ねて来るシーンがあります。「何故こんなに僕のことを知っているの?」、僕こどがホールデン・コールフィールドだと言うのです。『ライ麦畑』は全編ホールデンの一人称単数の「声」です。物語として成功したのは、バーネットが言うように、声が物語を邪魔せず読者を置き去りにしなかったからなのでしょう。これが映画の鍵(1)です。

隠 遁
 では鍵(2)、サリンジャーは何故「隠遁」したのか?。1941年、第二次世界大戦にアメリカが参戦し、出征するサリンジャーにバーネットは言います、

なぜ書きたい?
僕はいろいろなものに腹がたつけど、書けば思っていることがハッキリする
君に必要なのはそれだ、怒りを感じるものを探り物語にするんだ。だがそれをしても、出版できないかもしれない、一生不採用で終わるかもしれない。生涯を賭して物語を語る意志はあるか?何も見返りが得られなくても

 サリンジャーはヨーロッパ戦線で戦い、ノルマンディー上陸作戦で生き残り、ナチス強制収容所の惨状を目の当たりにします。そんな戦場で、サリンジャーはホールデンの物語を書き続けます。書くことがレゾンデートルだったのでしょう。
 帰国したサリンジャーは戦争のトラウマに悩まされ、スピリチュアルに近づきます。不思議なことは、サリンジャーは戦争体験でトラウマを抱え込みますが、作家サリンジャーは何の影響も受けなかったこと。ヴィクトール・フランクルは『夜と霧』を書き、スペイン内線で義勇軍に入ったヘミングウェイは『誰がために鐘は鳴る』を書きます。サリンジャーの小説に戦争は影響を及ぼさず、ひたすら、16歳の少年がNYでウロウロしてぼやく『ライ麦畑』を書いたわけです。作家はすべからく「戦争と平和」を書くべきだというわけではありませんが、トラウマとなる程の戦争体験があったにもかかわらず、何故ホールデンにこだわったのか?。映画は、戦争体験はサリンジャーにスピリチュアルへの傾斜をもたらしたことを描くだけです。

 サリンジャーは、メディテーションでトラウマを克服し、ホールデンの物語を書き継ぎ『ライ麦畑』を完成させ大成功をおさめます。次作を促す編集者に、サリンジャーは「書くことは祈りになった、出版は祈り(メディテーション)を妨げ、瞑想を汚す」と言って自作の出版を拒否します。

夫や父親や友になるすべを僕は知らない、なれるのは「作家」だけ
ただ書くことに身を捧げ、見返りを求めなければ、幸せになれる気がする

 サリンジャーは家族をホッポリだして創作に打ち込んだようです。これが隠遁の謎の「解」だと言われても、納得しかねます。

 1965年に最後の作品を発表したのち世間との接触を絶って、(バーネットが言ったように)「何の見返りが得られなくても、生涯を賭して物語を語る意志」を貫き2010年91歳で人生を閉じます。つい先日までサリンジャーは生きていたんですね。サリンジャーが「生涯を賭して物語を語る意志」を持っていたとすれば、膨大な小説が残されていたはずです。出版する気が無いから燃やしてしまった?。
 『ライ麦畑でつかまえて』を読んでいないと(読んでいても)サッパリ分からない、サリンジャーを捕まえそこねた?映画です。

遺族がサリンジャーの未発表原稿を所有しており、2019年現在、出版に向けた準備が進められているとされる(wikipedia)

面白いじゃないですか!。

監督:ダニー・ストロング
出演:ニコラス・ホルト、ケヴィン・スペイシー

タグ:映画
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Lee

憶測ですが自閉症(今で言う発達障害)であればひたすら自分と向き合うことが人生のすべてだったのかもしれませんね。戦争でさえも外側世界で起きていることには関心が向かなかった感じがします。
by Lee (2021-05-18 10:19) 

べっちゃん

たぶん当たってます。
by べっちゃん (2021-05-18 10:33) 

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