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ローラン・ビネ HHhHプラハ、1942年 (1)(2013東京創元社) [日記 (2021)]

HHhH (プラハ、1942年)  チェコスロバキアのレジスタンスがナチス親衛隊のハイドリヒを暗殺したエンスラポイド作戦(類人猿作戦)を描いた小説です。ノンフィクションだと思ったのですが本書はフィクションで、ハイドリヒと暗殺者が一人称や三人称で登場するのではなく(もちろん登場しますが)、主人公は作者ビネがハイドリヒが襲われた曲がり角に立ち、暗殺者が追い詰められて立て籠った教会にガールフレンドと訪れ壁の銃痕を見て事件の感慨にふけるという一風変わった「小説」です。

ベーメン・メーレン保護領
 1942年5月27日、プラハでナチスの高官がチェコのレジスタンスによって暗殺されます。殺されたのはナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒ。当時のチェコスロバキアは、ナチスに占領され「ベーメン・メーレン保護領」となりチェコはロンドンに亡命政府を置きます。この亡命政府が抵抗運動の一環としてハイドリヒ暗殺のためガブチーククビシュの2名の刺客を送り込みます。エンスラポイド作戦(類人猿作戦)です。
 ドイツの登場する戦争映画では、国防軍と髑髏マークの徽章を付けた親衛隊が登場します。正規軍は国防軍で、親衛隊はナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の謂わば「私兵」。親衛隊は第三帝国の治安(ゲシュタポ)、情報(諜報)を握り、ユダヤ人問題(絶滅収容所)を扱う部署です。保護領の反ナチス勢力を一掃するため、親衛隊のNo.2ハイドリヒが副総督として送り込まれ、ハイドリヒは特別行動隊(アインザッツグルッペン)を使ってレジスタンスの弾圧に乗り出します。
 本書は、このハイドリヒと暗殺を企てるレジスタンスの2部構成です。

金髪の野獣ハイドリヒ
 ハイドリヒは、金髪碧眼長身の理想的「アーリア」人の容姿に加え、フェンシング、バイオリンに長じ飛行機の操縦もできるという一種のスーパーマン。元海軍中尉でカナリス提督の元側近ですが、女性問題でしくじって不名誉除隊となります。ハイドリヒを救うのが婚約者で後の妻のリナ。他の女性に手を出したわけですから婚約解消となる筈が、リナは伝を頼ってハイドリヒを親衛隊のヒムラーの元に送り込み、後に”Himmlers Hirn heißt Heydrich”(「ヒムラーの頭脳、本書のタイトル)と呼ばれる親衛隊no.2になります。映画『ナチス第三の男』では、ヒムラーがリナに「ハイドリヒはアンタが造った作品だ」と言わせています。リナは、女で海軍をしくじったハイドリヒを許し、ヒムラー渡りをつけて親衛隊に潜り込ませ、結果親衛隊大将にまで仕立てあげたのですから、ハイドリヒはリナの作品かも知れません。

 ハイドリヒが如何に「優秀」だったのか、恐れられたのかは、彼の行った謀略によく表れています。ハイドリヒはヒトラーの政敵、第三帝国の政策に反対するブロンベルク(国防大臣)フリッチュ(陸軍総司令官)を謀略によって葬ります。

 ハイドリヒは、ブロンベルクの若い妻が元娼婦だったことに目をつけ、彼女の裸の写真を閣内で回覧し、ブロンベルクを辞職に追い込みます。フリッチュの場合はさらに屈辱的。

ブロンベルクとは違って、フリッチュは表向きは固い独身者で通っていた。ハイドリヒはそこから手を付けることにした。この種のプロフィールの持ち主の弱点は明白だった。この一件書類を作成するうえで、彼はまずゲシュタポ內にあるお誂え向きの部署、すなわち「同性愛撲滅課」に向かった。
 「同性愛撲滅課」でフリッチュと男娼との関係を掴み、ヒトラーとゲーリングの前でフリッチュと証人を対決させます。ハイドリヒに睨まれれば、国防大臣も陸軍総司令官もひとたまりもありません。

 ハイドリヒの謀略は国外に及びます。赤軍の司令官トゥハチェフスキーの追い落としです。ナチス・ドイツに先制攻撃を仕掛けるべきだと主張したトゥハチェフスキーを葬るために、情報撹乱作戦を仕掛けます。レーニンとの反目に目をつけ、トゥハチェフスキーのワイマール共和国の文書保管室からトゥハチェフスキーのサインを手に入れクーデタ計画の文書をデッチ上げます。文書は元白軍将軍で内務人民委員部(NKVD)エージェントのスコブリンに売られてスターリンに届けられ、トゥハチェフスキーは国家反乱罪で失脚。
 政敵を次々に取り除いてくれるのですから、ヒトラーにとっては得がたい人材、ハイドリヒは権力の階段を掛け上ります。

サロン・キティ
 女性と問題を起こして海軍を不名誉除隊となったくらいですから、ハイドリヒ結構な女好き。リナとの結婚後も売春宿通い止められなかったようで、ハイドリヒは趣味と実益を兼ねて自前の娼館を開きます。ベルリン郊外の瀟洒な地区に一戸建ての家で、国家保安本部の「娼館サロン・キティ」が店開きします。

各部屋の様々な場所に隠しマイクとカメラを設置した。絵の裏、ランプのなか、椅子の下、箪笥の上。盗聴センターは地下室に設えた。単純な名案だった。わざわざ相手の家に出かけていってスパイするのではなく、向こうからこっちに来させる。だから、高い地位にある特権的な客層を確保するには、設備の行き届いた高級娼館にしなければならない。・・・《サロン・キティ》が店開きをすると、口コミでたちまちこの施設の評判は外交関係者のあいだに広まっていく。盗聴装置は一日二十四時間稼働している。カメラは客をゆするのに使われた。
 《サロン・キティ》を作ればハニー・トラップは不要です(笑。本書では、ハイドリヒがサロン・キティで遊んで、盗聴され慌てるエピソードまでありますが、『愛の嵐』の世界...。続きます

タグ:読書
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