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プレディみかこ 他者の靴を履く(2021文藝春秋) [日記 (2021)]

他者の靴を履く アナーキック・エンパシーのすすめ (文春e-book)  ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』の続編です。同書には、中学生の息子さん(日本人を母に英国人を父に持つ「イエローでホワイト」)が、「テロやEU離脱や広がる格差で人々の分断が進んでいるいま、エンパシーがとても大切です。世界に必要なのはエンパシーなのです」と学校で教わり、彼はエンパシーを「他者の靴を履く」と表現します。同書がベストセラーとなりこのエンパシーが話題となったそうで、著者はこのエンパシーを主題に続編を書いたのが本書です。ほんのサワリだけ。

 エンパシー(empathy)はシンパシー(sympathy)と対で説明されます。シンパシーが他者に対するエモーショナルな情動であるに比べ、エンバシー=「他者の靴を履く」は 、他者の立場に立って「想像」してみる能力と捉えられます。

自分の靴を脱ぐ
 著者は、エンパシーの「達人」として、アナーキスト金子文子(関東大震災の際に大逆罪で検挙され獄中死)を挙げます。金子の自伝に、拷問を加え転向を迫る看守がメザシを焼いている姿(匂い)を見て、看守もまた貧しい獄吏だと書いているそうです。著者はここにエンパシーを発見します。親に捨てられ戸籍も無い金子は、世間一般の「帰属性」から離れたところで成長した人間です。したがって、金子は「敵(看守、国家?)と味方」という構図にとらわれない人間ではなかったかと想像します。家族や学校、職場の構成員であるなどの、他者との社会的な関係性から自由であった金子は、「他者の靴を履く」ために容易に自分の靴(属性)を脱ぐことの出来る存在だったと考えるわけです。

 また著者は、「わたしはわたし自身を生きる」という金子の言葉は、生い立ちから生まれた覚悟であり、アナーキズムの「自助」の精神に通じ、看守に向けたエンパシーは「相互扶助」だとと考えます。

「わたしはわたし自身を生きる」と宣言し、「self-governed(自助)」のアナーキストとして生きた人が、他者の靴を履くためのエンパシー・スウィッチを自然に入れることができる人でもあったというのは逆説的である。彼女のことを考えると、思いきり利己的であることと、思いきり利他的であることは、実のところ繋がっているのではないかとすら思えてくる。

ドラマツルギー 他者の靴を履く 
 金子文子の「わたしはわたし自身を生きる」という言葉から、話は「靴を履く」主体「自分=I」の話に移ります。刑務所の社会復帰プログラムを描いたドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』(坂上香監督)を取り上げます。受刑者は、社会復帰プログラムのロール・プレイングに参加することでアイデンティティを獲得し、更生の道を歩みだすといいます。

つまり、被害者役の参加者たちは、まさに「他者の靴を履く」ことによって・・・被害者の心情を想像しながら、同時に自分自身の被害者たちの靴も履いているのだ。そして彼らから被害者としての怒りや恐れをぶつけられている健太郎は、最初はまるで自分自身の役を演じるように冷静に反応しているが、徐々にその「鉄仮面」が溶け出し「I」(自分)が表出してくる。

 『プリズン・サークル』で起こっている事は、社会学者アーヴィング・ゴフマンの「ドラマツルギー」だといいます。

ゴフマンによれば、人間は「日常」と呼ばれるステージに赤ん坊として生まれてくる。人間の「社会化」とは、他の人々から自分に割り当てられた役柄を演じることだ。わたしたちは他者とともに生活する中で自分の役を確立する。言い方を変えれば、他者との関わりの中で自分の役割を作り、他者にも役割を与えるのだ。

 人は人生という舞台で役者として演技し、演技することで自分のキャラクターを作り、また同時に舞台の配役である他者にも影響を及ぼし、その過程で自分を獲得するという「ドラマツルギー論」です。人は、この演技とセリフを通じて他者を確認し、同時に自分のアイデンティティーを確認してゆく、といいます。舞台があるなら観客もいるわけで、観客のウケを狙い「かくあるべき自分」を演じているということです。舞台は、家族、会社や学校、地域のコミュニティーと複数ですから、いくつかの異なった役を演じ、演じることで「他人の靴を履く」ことになると理解されます。

 「他人の靴を履く」とは、結局「想像力」の問題ではないかと思います(コロナウィルスに感染するような)。他人の靴を見て履くことが出来る能力とは、靴を受けいれる受容体の数と質の問題だと考えれば、その数を増やし質を磨くことなのか?。「ドラマツルギー論」でいうなら、如何に多くの異なった舞台に立つかということなります。今回のパンデミックも新たに加わった「舞台」です。

タグ:読書
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