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柳 美里 JR上野駅公園口(2014河出書房) [日記 (2022)]

JR上野駅公園口 (河出文庫)  東北の玄関口であるJR上野駅の公園口近く、ブルーシートの「コヤ」に住むホームレスの物語です。主人公は、昭和8年福島県相馬郡で生まれた8人兄弟の長男。主人公は、上皇陛下(小説では天皇)と同じ昭和8年生まれ、長男の誕生日は今上天皇(小説では皇太子)と同じ昭和35年2月23日。上野公園正式名称は「上野恩賜公園」。「恩賜」と付きますから宮内庁から下賜された施設です。その恩賜公園を天皇と同じ歳のホームレスの男が住居としていることになります。
 ホームレスは、サラ金の借金が嵩み行き場を失った男、離婚の末家族に捨てられた男など事情は様々。

 ホームレス
昔は、家族が在った。家も在った。初めから段ボールやブルーシートの掘っ建て小屋で暮らしていた者なんていないし、成りたくてホームレスに成った者なんていない。こう成るにはこう成るだけの事情がある。

 成りたくてホームレスに成った者なんていない。こう成るにはこう成るだけの事情がある、と男はその事情を語り出します。農業だけでは暮らしてゆけず、北海道の昆布漁、東京オリンピックの土木工事へと出稼ぎに行きます。昭和30年代の話です。

動物園に限らず、遊園地にも海水浴にも山登りにも行かなかったし、入学式にも卒業式にも授業参観にも運動会にも行ったことはなかった、ただの一度も・・・親や弟妹や妻や子どもらが待つ福島の八沢村に帰るのは、盆暮れの二回だけだった。

 昭和8年生まれの男が、昭和29年~昭和48年の高度成長期を生き、老年を上野公園でホームレスとして迎えます。高度成長は国民に富と生活の安定をもたらしたはずです。男に何があったのか?。
 48年間出稼ぎを続け、その間に21歳の長男を亡くし、男の帰郷を待っていたかのように、父親と母親は90歳を越えて天寿を全うし、妻は男が酔って寝ている間に隣の布団で亡くなります。

結婚して三十七年、ずっと出稼ぎで、妻の節子と一緒に暮らした日は全部合わせても一年もなかったと思う。節子は、二人の子を生み育て、歳の離れた弟たちを大学にやって、娘の洋子を嫁に出して、老いた両親の面倒をみながら野良に出て、その間にこつこつと貯金をしてくれていた。

 妻の貯金と年金で老後を故郷で暮らしてゆける。独りとなった男を案じ、孫娘が同居してくれることになります。男は21歳になったばかりの娘を自分の世話で家に縛るわけにはいかない、孫には孫に人生があると家を出ます。

〈突然いなくなって、すみません。おじいさんは東京へ行きます。この家にはもう戻りません。探さないでください。いつも、おいしい朝飯を作ってくれて、ありがとう〉

と書き置きを残し東京を向かいます。行く当ての無い男を東京で待っていたのは、上野公園でのホームレスの生活。そして「あの日」が訪れます。

 天皇
あの日は、ホームレスの間で「山狩り」と呼ばれる「特別清掃」が行われる日だった。天皇家の方々が博物館や美術館を観覧する前にコヤを畳み、公園の外に出なければならなかった。

男はロープ一本を隔てて天皇陛下と出会います。出会うではなく73歳の男が73歳の天皇を見たに過ぎませんが、昭和8年に生まれた73年間の男と天皇の人生が重なります。

自分と天皇皇后両陛下の間を隔てるものは、一本のロープしかない。飛び出して走り寄れば、大勢の警察官たちに取り押さえられるだろう、それでも、この姿を見てもらえるし、何か言えば聞いてもらえる。
なにか
なにを
声は、空っぽだった。
自分は、一直線に遠ざかる御料車に手を振っていた。

「あの日」とは2011年3月11日、東日本大震災の日です。男は、上野駅・山手線の2番ホームで、故郷を襲う津波を幻視します。
 大震災の災禍や復興が描かれるわけでもなく、男の転落の物語でもありません。まして天皇制云々などの話ではありませんが、昭和8年に生まれた男が刻んだ《生》が天皇という存在に収斂される様は、日本人と民族の根源的な何かを描いているのかも知れません。全米図書賞(翻訳部門)受賞作品だそうです。

タグ:読書
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