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澤田瞳子 火定(2017PHP) [日記 (2023)]

火定 (PHP文芸文庫)  歴史小説と云うと戦国、江戸、幕末が主流ですが、奈良時代を舞台にした小説は珍しいので読んでみました。8世紀の天然痘のパンデミックを描いた時代小説です。2017年のリリースですから、今回のコロナ禍の前に書かれていたことになります。

「ちょっと、施薬院ってのはここかい」という女の澄んだ声が、背後から聞こえた。
振り返れば、黒髪を高々と結い上げた女が、門の脇ではあはあと息を切らせてい
る。 少々濃すぎる化粧や、大きくくつろげられた襟元が、 およそ彼女が堅気の女でないことを物語っていた。

 上代倭言葉を期待したわけではありませんが、平城京の「施薬院」に江戸の町娘が登場した感がありますw。

 施薬院とは、教科書で習ったアレで、聖武天皇の后、藤原不比等の娘、光明皇后によって悲田院と共に設けられた庶民救済の施設です。

 天然痘が流行すると、施薬院には多くの病人が運び込まれ、医師、看護師が奮闘する様が描かれます。735~737年の「天平の疫病大流行」では、当時の人口の25~35%、100万~150万人が死亡したそうです。
 『火定』の背景となる「天平の疫病大流行」は、736年に遣新羅使が朝鮮半島からのもたらしたもので、国家間の人的交流がウィルスを運び感染症が蔓延することは、奈良時代も変わりありません。人々は疫病の流行を「新羅の疫神」のせいと考え、新羅人の居る寺院や施薬院が暴徒の襲撃を受け、打ち壊し、放火、略奪に拡大します。中世ヨーロッパのペスト大流行ではユダヤ人が虐殺され、今回のコロナ禍でもアジア系への差別がありました。社会不安が増大すると人は易々と扇動に乗ります。
 施薬院に隣接する悲田院で孤児の間に天然痘が発生し、僧侶が子供達と共に蔵に閉じ籠る挿話があります。コロナ禍を経験した今では当たり前の挿話ですが、クラスターの発生と隔離です。

 ストーリーは、施薬院の下級職員と冤罪で官を追われた元医師がパンデミックに挑む話です。最後は天然痘の治療法を見付けて奈良の都を救うご都合主義ですが、ミステリー要素もあってそこそこ読ませます。

 タイトルの「火定(かじょう)」とは「仏道の修行者が火中に自ら身を投じて入定すること。(広辞苑)」で、

世の僧侶たちは時に御仏の世に少しでも近付かんとして、ある者は水中に我が身を投じ、ある者は燃え盛る焰に自ら身を投じるという。 もしかしたら京を荒れ野に変えるが如き病に焼かれ、人としての心を失った者に翻弄される自分たちもまた、この世の業火によって生きながら火定入滅を遂げようとしているのではないか。(p285)

タグ:読書
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