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グレアム・グリーン ヒューマン・ファクター(2) (ハヤカワ文庫) [日記 (2024)]

ヒューマン・ファクター〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
亡命
 6課の同僚デイビスが二重スパイを疑われて情報部によって殺され、南ア秘密警察のミューラーが登場したことでストーリーは動き出します。身の危険を感じるカースルはソ連側の連絡員KGBのボリスと会い亡命を要請します。

わたしがやつら(ミューラー)を、いかに憎んでいることか! いいですか、ボリス。 あなたの仕事に、憎悪に燃える男を使うべきではありません。憎悪は過ちをおかしがちです。恋愛と同様に危険です。わたしは二重の意味で資格を欠いています。彼らを憎み、サラを愛しているからで、愛情は双方の陣営にとって、もっとも大きなマイナスなんです。(p208)

これは、本書のタイトル「ヒューマン・ファクター」であり、また巻頭に掲げられたコンラッドのエピグラムと同じです、

絆を求める者は敗れる。それは転落の病菌に蝕まれた証し

「転落」とは情報漏洩の露見ではなく、カースルの二重スパイそのもの、祖国への裏切りを指します。

 カースルは亡命を決意し、サラに真実を告げます。

「おれは世間から反逆者と呼ばれる行為をした」
「世間から何をいわれたって、あたしは平気よ」と彼女はいいながら、彼の手の上に手を重ねた。それはキス以上に親愛を示す動作だった――キスは初めて会った相手にもできる。彼女はいった。
あたしたちにはあたしたちの国があるわ。あなたとあたしと(息子の)サムの国が。あなたはこれまで、一度だって、あたしたちの国を裏切ったことがないのよ、モーリス」(p331)
 二重スパイのカーソルはイギリスを裏切ったかも知れないが、もう一つの国=カーソルとサラ、息子の「国」を裏切ったわけではないとは言うのです。キム・フィルビーがケンブリッジの学生時代からコミュニストであったのに比べ、カースルはコミュニズムを信じているわけではなく、サラのために二重スパイとなったのです。グレアム・グリーンは、人は理念や思想で祖国を裏切ることが出来るのか?という疑問を突き付けているのかも知れません。

 カースルはKGBの手引でソ連に亡命し、その諜報活動(二重スパイ)を評価され厚遇されますが、ボリスによってその二重スパイの真実が明かされます。

きみには真相がつかめておらぬようだな。きみが知らせてきた経済情報はみな、それ自体としては何の価値もないものだった。・・・きみの役所の連中は、このモスクワにスパイを潜入させるのに成功したと思いこんでおる。・・・きみの情報を彼がロンドンへ送り返す。・・・しかし、送り返されるもののうちには、こちら側の作成したにせ情報が混じっておる。敵をあざむく巧妙な作戦さ。きみの情報の真の価値はそこにあった。
カースルは情報戦の駒でしか無かったのです。さらに、「アンクル・リーマス作戦」の出現で事態は急変します。
われわれはその対抗作戦を検討して、もっとも効果的な方法は、この新しい西欧側の悪辣な陰謀を、全世界に宣伝することだとの結論に達した。それには、情報を洩らした本人のきみを、モスクワへ引き取る必要があった。きみがミュラーの覚え書メモを携帯して、無事にソ連領内に到着するのが重要事だったのだ。・・・ところで、きみの記者会見は明日と決まったよ。

 情報部長官ハーグリーヴス卿が最も恐れ、そのために殺人まで犯した、スキャンダルが現実のものとなります。

 サラとサムをモスクワに呼び寄せることが亡命の条件です。ところが、サムがサラのパスポートに併記されていないため、二人は出国出来ないことになります。パスポートの申請をイギリス政府が認める筈はありません。
 モスクワのカースルからサラに電話が入ります、

「サラ、きみの顔を見たい」
「あたしもよ。会いたいわ・・・・・・でも、サムを残しては行けないの」
「それはそうだ。判っている」
次の瞬間、彼女は衝動的に、「あの子がもっと大きくなるまでは…」と叫んでいた。が、叫
びおわらないうちに、後悔していた。それはあまりにも遠い将来の約束ごと、そのときの彼ら二人は年老いて···· 「我慢して、待ってて!」彼女は、もう一度、叫んだ。

 カースルがサラとサムに会えるのは「遠い将来」と匂わせて物語は終わります。『情事の終り』の作家グレアム・グリーンのエスピオナージュは一味違います。

タグ:読書
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