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吉田修一 怒り(2014中公文庫) [日記 (2021)]

怒り(上) (中公文庫) 怒り(下) (中公文庫)  冒頭、八王子で夫婦が殺害され、現場の壁には「怒」の血文字。僅かの現金とアクセサリー類を奪って逃走、犯人は山神一也27歳と判明するも、行方は杳として知れません。怨恨関係も無く、犯行そのものに目的がないとろから、警察は行きずりの突発的なものと考えます。

 1年後、千葉房総の漁港、東京新宿、沖縄波留間島に山神と似た3人の男が現れます。3人のうち誰が山神なのか?。犯人を探し「怒」の血文字の謎を解く、これも一種の倒叙ミステリーです。『悪人』同様、3人の山神は、山神と関わる人間によって描かれますそれは同時に、関わる人間が山神という光源によって照らさ、それぞれが抱える問題とその立ち位置が描かれることです。

 千葉 房総の漁協に職を求めて田代哲也が現れます。職員の槇洋平は、田代がそれまで働いていた職場の推薦状を信用して雇い入れます。洋平のひとり娘愛子には家出をして新宿の風俗店で働いた過去があります。心配の種・愛子と田代が付き合い始め、洋平は喜ぶ反面、この平安が何時まで続くのか不安に駆られます。
 田代は、真面目に働き、休日には少年サッカーチームのコーチをする好青年ですが、過去を一切明かしません。洋平は、TVの公開捜査番組の手配画像を観たことで田代を疑い始め、過去を調べ、田代が偽名を使っていることを突き止めます。父親から事の顛末を聞かされた愛子もまた田代を疑い、真実を明かさないなら警察に通報すると迫ります。果たして田代は山神なのか?。

 東京 新宿に大西直人が現れます。藤田優馬は、ゲイの集う店で直人と出会い、直人を自分のマンションに連れ帰りゲイ同士の同棲生活が始まります。直人もまた過去を一切明かさない謎の存在。優馬のゲイという性癖を容認し直人を受け入れる姉夫婦、ホスピスで余命幾ばくもない母親が登場し、優馬と直人の関係に陰影をつけます。
 優馬もまたTVの公開捜査で直人が山神である疑念を抱きます。山神は、鋭い一重瞼鋭い目で左利き(犯行後二重に整形)、右頬に縦に三つのホクロ、そのうちの一つを削り取ってるという特徴があります。直人がこの特徴を持つところから、優馬の疑念は益々深まります。優馬の疑念を察した直人はある日突然に姿を消します。

 沖縄 波留間島、高校生の小宮山泉は、友人辰哉と共に訪れた無人島でバックパッカーの田中信吾と出会います。田中は、辰哉のペンションで働き始め、泉は無人島の廃屋の壁に「怒」の文字を発見します。母一人子一人の泉は、母親の不倫で名古屋、福岡、沖縄と点々と住まいが変わります。母親のだらしなさ、人の良さを冷静に見つめる泉のキャラクターはなかなか魅力的。 
 泉と辰哉は那覇に遊びに行き、泉は米兵に暴行されます。辰哉は泉の秘密を護るため、暴行を目撃した田中を刺殺します。

 TVの公開捜査番組に関わり、山神を追うのが八王子署の北見。北見は捨て猫を拾ったことで美佳と知り合い、いつしか男女の仲となりますが、美佳もまた過去を語りません。北見が結婚の意思を示した途端、美佳は姿を消します。
『怒り』は、殺人犯・山神を始め、過去を隠す隠したい人間によって成立していることになります。

 田代、直人、田中の3人のうち誰が山神なのかという謎、3人を取り巻く洋平と愛子、優馬、泉と辰哉など、「山神」と関わることでそれぞれが抱える秘密が明らかとなり、一気に読めます。
 最大の謎、山神が八王子で夫婦を殺した動機も、壁に書かれた「怒」の血文字の意味が曖昧。普通に読めば、炎天下に工事現場を探して八王子の住宅街をさ迷い、それが雇い主の指示ミスだったという「怒り」、その怒りが冷えた麦茶をくれた主婦に向かい、夫婦を殺すという犯罪となります。動機とも言えませんが、いや殺人の動機などそんなものかも知れませんが...。『悪人』方が完成度は高いです。
 『怒り』は、市橋達也の起こした英国人女性殺害事件に想を得て、読売新聞2012年10月から1年間連載されたものだそうです。

タグ:読書
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