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吉田修一 路 ルウ (2012文藝春秋) [日記 (2021)]

路 (文春文庫)  台北→高雄間350kmを結ぶ台湾高速鉄道(新幹線)建設の日台プロジェクトを背景ーに、日本と台湾の交流を4組の男女に託した物語です。

春香劉人豪
 1994年、大学生の春香は、金城武のファンだという理由で台北を訪れます。道に迷って劉人豪に助けられ、人豪はバイクで台北を案内します。再会を約した春香は、人豪の連絡先を紛失し、結局会えず終い。1995年に阪神・淡路大震災が起き、人豪は無事を祈るように春香の住む神戸にボランティアとして赴きます。1999年に台湾大地震が起きると、春香もまた人豪を想って彼の郷里・台中を訪れます。
 2000年、商社に就職した春香は新幹線建設プロジェクトで台北に赴任し、伝を頼って人豪を探すことになります。一方の人豪は春香と出会ったことで日本に留学して建設会社に就職、東京で暮らすことになります。運命の糸で結ばれたふたりは、日本人の春香が台北、台湾人の人豪は東京、とすれ違いとなります。『路』は、想いばかりが先行する春香と劉人豪の「すれ違い」の物語、『君の名は』の眞知子と春樹の台湾版です。

 台湾大地震で日本は各国に先んじて救援隊を派遣し救援物資を提供し、東日本大震災では台湾から200億円の義援金が届きました。2021年のオリンピック入場式で、NHKアナウンサーが「台湾です!」と紹介しました。このことを、台湾メディアは「台湾に誇りの瞬間をもたらした」と報道し、twitterで拡散したそうです。IOCは、国名を中華民国(台湾)ではなく「チャイニーズ・タイペイ」としているからです。中国が台湾を併呑しようと圧力を強めています。台湾の独立が危機に瀕している時に、日本の国営メディアが声高々と「台湾」の呼称を使い日本は味方だと叫んだのですから嬉しかったわけです。
 中国がパイナップル輸入を止めた時には、台湾産パイナップルを買おうという運動が庶民レベルで起きました。政府は、新型コロナウィルスのワクチンを無償で提供し、台湾のファウンドリー企業を日本に誘致するため4000億円の投資を決めています。
 こうした日台の交流が春香と人豪に託されます。台湾の新幹線は無事完成して時速300kmで運行を始め、春香の仕事は終わります。春香は、上司の勧める新しいプロジェクトを断って台湾に残ることを決心します。

勝一郎呂燿宗
 日台交流で外せないのは、台湾が日本の植民地であった歴史です。1895年、日清戦争の勝利で台湾は日本に割譲され、敗戦の1945年まで日本の植民地でした。
 葉山勝一郎は、台湾で生まれ育ち敗戦で日本に引き上げた、20万人とも言われる湾生の一人です。75歳になった勝一郎は、旧制台北高校の同窓会名簿で幼馴染みの呂燿宗(中野赳夫)が健在であることを知り、60年ぶりに呂燿宗を台北に訪ねます。この台湾旅行をアテンドしたのが、劉人豪。
 勝一郎と呂のふたりは、日本女性・曜子を愛した(争った)という過去があります。学徒出陣する呂は曜子への恋を告白し、勝一郎は、オマエは日本人ではない、二等国民(台湾人)だと呂を詰った経緯があります。その後、勝一郎は曜子と結婚します。この出来事が勝一郎を台湾から遠ざけていたのです。曜子が亡くなり、60年経ってわだかまりも癒え、勝一郎は呂を尋ねる決心をします。二人の再会と、昔遊び回った路地を訪ねる下りはなかなか感動的です。
 勝一郎は癌で余命幾ばくもない身、医師の呂は「台湾で死ね(故郷に来いおれが看取ってやる)」と告げます。

ユキ
 安西誠は、高速鉄道プロジェクトのため台湾に派遣された春香の上司。新幹線プロジェクトは進展せず、日台の間で悩む日々が続き、日本に残した妻との関係が拗れて離婚。クラブ・ホステスのユキ(台湾人)と同棲し安らぎを取り戻します。

陳威志張美青
 陳威志は、新幹線の車輌整備工場の整備員。高雄の整備工場を訪れた春香と親しくなります。威志の幼馴染み張美青は、カナダに留学して日本人の子供を身籠って捨てられ、故郷に戻ったシングルマザー。威志は美青と結婚し、その息子を育てます。吉田修一の読者であれば、これが『続・横道世之介』のヴァリエーションだと分かります。

 タイトルの『路(ルウ)』とは、台湾高速鉄道の「道」であり、葉山勝一郎と呂燿宗が再訪した「路(ルウ)」であり、春香と人豪が歩いた台北の「路(ルウ)」です。

台湾愛
(春香は窓からの景色を眺め)南国の日を浴びた樹々は強烈な緑色で、自分は生きてるんだと大声で宣言しているように見える。南国の太陽が降り注ぐ日には、目一杯浴び、南国の雨に濡れる時には、目一杯飲み干す。ここ燕巣の樹々を眺めていると、生きるということがとてもシンプルなものに思えてくる。シンプルだからこそ、とても力強いものに。
 台湾は台北、台中、くらいしか知りませんが、仕事で何度か行きました。この緑色は記憶にあります。後は台湾料理が美味しかったこと。本書でも、魯肉飯、拝骨飯、紅豆湯圓、牛肉麺、小籠包、魯白菜と台湾料理が沢山登場します。
 『路(ルウ)』は、作者の湾愛に溢れた小説です。一度でも台湾を訪れた読者なら、また台湾に行ってみたくなる小説です。

【当blogの吉田修一】
国宝(2019)
続・横道世之介(おかえり横道世之介、2019)
怒り(2014中公文庫)
路 ルウ (2012文藝春秋)
横道世之介(2009)
悪人 (2007朝日文庫)
女たちは二度遊ぶ(2006角川文庫)

タグ:読書
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