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吉田修一 永遠と横道世之介(2023毎日新聞出版) [日記 (2023)]

永遠と横道世之介 上 永遠と横道世之介 下
 『横道世之介』→『続・横道世之介』→『永遠と横道世之介』とシリーズ完結編です。

横道世之介(2009)
 長崎から上京した横道世之介、大学1年の春から1年間を描いた青春小説です。昭和、平成版の漱石『三四郎』と言えます。三四郎が広田先生、野々宮など様々な人と知り合い年上の女性美穪子に憧れるように、世之介もバブル期の東京で人と出会い恋をして成長します。2001年、ホームから転落した男性を助けようとして亡くなったカメラマン横道世之介の青春の物語です(新大久保駅乗客転落事故)。

続・横道世之介(おかえり横道世之介、2019)
 世之介24歳の物語です。世之介は、シングルマザーの桜子と知り合い、桜子の実家の自動車整備工場でアルバイトを始めることになります。世之介はライカを手に入れ、ライカで撮した写真が小さな公募展で佳作に入選します。これが縁で世之介は写真家の助手となり、カメラマンの道を歩みだ出します。

永遠と横道世之介(2023)・・・このページ
 世之介38歳の物語です。

この物語、筆者自ら言うのもあれだが、 シリーズを通して、ほとんどストーリーらしきストーリーがなく、もっと言えば、起承転結はもちろん、伏線があって最後に回収などという手の込んだ仕掛けもないのである。・・・人の人生になどそうそう派手な物語はないのではないだろうかと思うのである。もう少し言わせてもらえば、人生というものは、人の一生から、その派手な物語部分を引いたところに残るものではないかと思うのである。(p50)

与之助は未だ独身。二番目に好きな(一番は亡くなった恋人二千花)”あけみちゃん” が経営する吉祥寺の下宿屋で同棲しています。与之助とあけみちゃん、この下宿の住人とカメラマンの仕事仲間が織りなすストーリーらしきストーリーのない物語です。あらためて、与之助とはどんな人物なのか?、世之介の仕事仲間によると、

「スーパー銭湯とかに不感の湯ってあるじゃないですか。体温と同じくらいの温度で、浸かってんのか浸かってないのか、よく分かんないぬるいお湯
「あるねえ」
「あのお湯に浸かってるみたいで気持ちいいんですって。横道さんと一緒にいると」(p109)

「ぬるま湯」は否定的な意味で使われることが多いです。『横道世之介』シリーズの魅力もこの「ぬるま湯」で、あのお湯に浸かってるみたいで気持ちいいんですってという小説です。

 2作目から3作目の14年間で、世之介は、余命2年の女性に恋をして女性は亡くなります。この女性・二千花(ニチカ)は思い出として頻繁に登場します。世之介は二千花の両親の元を訪れ、

・・・「なんかここに座って、そうやって素振りしてるお父さん見てると、二階に二千花がいそうですよ」と世之介。
「そんなこと言うなら、まだ赤ん坊の二千花がその縁側の座布団で昼寝してるみたいだよ」と正太郎。
時間って本当に一つなんですかね。今の時間も、六年前の時間も、三十年前の時間も全部一緒にここで流れてるみたいですよね。」(p104 )

 と世之介が言うように、この小説では、過去と現在が「全部一緒に」流れます(映画『メッセージ』を連想します)。
 世之介に関わるのは、恋人あけみ、下宿の住人、仕事仲間のカメラマンの他、亡くなった二千花、あけみの祖母、はては世之介が生まれる前の父母までが登場します。シリーズ1の『横道世之介』で明かされているように、世之介は2001年40歳で線路に落ちた酔っぱらいを助けようとして命を落とします。物語はその一点に支えられています世之介を妊った母親は、流産で自分が助かるか、赤ん坊が助かるかの瀬戸際に、「この子を待っている人がいる」と赤ん坊を助けてくれるよう医師に頼みます。待っている人の一人は、未来で新大久保駅で世之介に命を救われます。

 最後まで読むと分かるのですが、『永遠と横道世之介』の「永遠」とは世之介が友人の障害を持った子供につけた名前です、永遠と書いて「とわ」。

若い頃からプライベートで撮ってきた写真には、実は一つテーマがあるんです。 言葉にする・・・自分なりに永遠を感じた瞬間をずっと撮ってきました。最初は「永遠」ってなんだろうと思いながら撮ってました。もちろん今でもその答えは分かりません。でも最近ふと思うんです。永遠を感じてシャッターを切るとき、俺すごくリラックスしてるなって。 永遠ってリラックスしてるときに見えるものなのかもしれないって。(p381)

リラックスは「ぬるま湯」に通じます。「ぬるま湯」のような横道世之介という人間の物語でけっこう「気持ちいいい」です。

【当blogの吉田修一】
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国宝(2019)・・・予定
続・横道世之介(おかえり横道世之介、2019)
怒り(2014中公文庫)
路 ルウ (2012文藝春秋)
横道世之介(2009)
悪人 (2007朝日文庫)
女たちは二度遊ぶ(2006角川文庫)

タグ:読書
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