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芥川龍之介 上海游記(1921) [日記 (2022)]

上海游記  『南京の基督』繋がりです。芥川龍之介は1915年に『羅生門』、次いで『鼻』『芋粥』などを発表し短編集を刊行、流行作家となります。朝日新聞が漱石を社員とした様に、1919年大阪毎日新聞のお抱え小説家となります。芥川は特派員として1921年(大正10)3月~7月、上海、南京などを訪れ、紀行文を新聞に連載します。

 辛亥革命によって清朝は倒れ中華民国が誕生しますが、袁世凱と対立する孫文は、袁世凱打倒のため1914年に中華革命党を東京で結成、1919年には拠点を上海に移します。また1921年には上海で中国共産党が結成されます。芥川は、そうした混乱の中国のルポルタージュを期待されたのでしょう。芥川は、孫文とともに辛亥革命を指導した章炳麟、清朝の遺臣・鄭孝胥(後の満洲国国務院総理、共産党の設立メンバーである李人傑などに取材しますが、中国政治の話より『上海游記』で異彩を放つのは「南国の美人」の章。「小有天」と云う酒楼で出会う愛春、時鴻、洛娥の妓生たちです。

花宝玉、―この美人がこの名を発音するのは宛然たる鳩の啼き声である。私は巻煙草をとってやりながら、「 布穀催春種」と云う 杜少陵の詩を思い出した。

洛娥と云うのは、貴州の省長王文華と結婚するばかりになっていた所、 王が暗殺された為に、今でも芸者 をしていると云う、甚だ薄命な美人だった。

と芥川先生至ってご満足。描いてませんが、相手は妓生ですから、先生は彼女たちの一人と一夜を共にしたと想像されますw。金印宝石で着飾った酒楼の女将・林黛玉の描写は芥川先生ならでは、

これはこんな大通りの料理屋に見るべき姿じゃない。 罪悪と豪奢とが入り交った、 たとえば「 天鵞絨 の 夢」 のような、谷崎潤一郎氏の小説中 、髣髴さるべき姿である。

谷崎の小説の登場人物が上海の酒楼に現れます。彼女たちに比べると章炳麟、鄭孝胥も李人傑も形なし。

「どうです、支那の女は? 好きですか?」 
「何処の女も好きですが、支那の女も綺麗ですね。」
 「何処が好いと思いますか?」 
「そうですね。一番美しいのは耳かと思います。」 実際私は支那人の耳に、少からず敬意を払っていた。
日本人の耳は昔から、油を塗った 鬢 の後に、ずっと姿を隠して来た。が、支那の女の耳は、何時も春風に吹かれて来たばかりか、御丁寧にも宝石を嵌めた耳環なぞさえぶら下げている。その為に日本の女の耳は、今日のように堕落したが、支那のは自然と手入れの届いた、美しい耳になった。

 芥川は、章炳麟と現代中国の政治的堕落と学問芸術の衰退を嘆き、それでも中庸を愛する国民は共産主義を選ばないと聞かされます。鄭孝胥とは英雄待望論を、李人傑とは社会変革のためのプロパガンダを論じています。そうした政治談義が(これはこれで記者として責任を果たしたわけですが)虚しく聞こえるほど「南国の美人」と芥川の耳への偏愛は生き生きと描かれていますw。

タグ:読書
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