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橋爪大三郎、大澤真幸 おどろきのウクライナ (3)(2022集英社新書) [日記 (2023)]

おどろきのウクライナ (集英社新書)スクリーンショット 2023-05-19 7.38.09.png
続きです


地政学 (
ロシアという場所)
ロシアはなぜこんな遅れた、ナショナリズムも育たない、ダメダメ状態にずっとおかれてきたのか。それには、地政学的な理由もある。ヨーロッパは、農村のほかに都市もあるのが特徴です。だいたいどこにも、都市がある。都市は自治権を持っていて、軍事施設でもある。 城壁があって、兵隊を持っていて、参事会などの自治組織がある。住民は自由を持っている。 商工業が発達している。そういう時期が、ナショナリズムなんかよりずっと長かった。都市と農村をひっくるめて支配する、絶対王権ができたのは、だいぶあとになってからです。というのが、ヨーロッパなのです、東ヨーロッパも含めて。(p220)

一方ロシアには都市が少ない。サンクトペテルブルグ、モスクワなどの少数の都市はありますが、広い国土に農村でが点在する国です。海が無く河川が少ないため交易が発達せず商業が低調で農業をやるしかなかったのです。交易が発達しないということは、

商業とか工業とか、ビジネスというものは、資源を契約によって動かすシステムなのです。 契約とは、合意ですね。 商人や職人が主役である。分権的なんです。交易を通じて、自分たちの利益や社会の福利を追求できる。 社会を底上げしていく作用がある。市民階級がそうして力をつけていくと、それが、絶対王政やナショナリズムの土台になる。(p220)

 ロシア正教とともに、この公益が発達しなかったことが、ヨーロッパに対して遅れを取る原因となります。ロシアの地政学的位置は、ヨーロッパに対するルサンチマンと合わさってプーチンの「ネオ・ユーラシア主義」を生むことになります。
 もう一つ資源配分の話が論じられます。

ロシアの場合、資源を配分するのは、政治権力がほとんどやっていた。農民は農奴のような状態で、政治的自由はおろか、社会的自由さえあんまりなかった。そういう状態にとめおかれていたから、ヨーロッパから見ると、西側的でないと見える。これを、社会の成熟によって克服しきれなかった。マルクス・レーニン主義は克服できたか。マルクス・レーニン主義とは、資源の配分を市場に委ねず政治権力が独裁によって決めてしまうという考え方なので、ロシア帝国のやり方と基本的に同じ。・・・プーチンがやったことは、資源輸出に活路を見出すことだった。(p222)

帝政ロシア、共産国家ソ連もプーチンも、資源の配分は政治権力がやっていたわけです。権力が配分すれば、オリガリヒは生まれても商人や職人の経済活動やそこから生まれる市民社会は望むべくもありません。

 ロシア正教、地政学がウクライナ戦争の根幹であるという話です。

冷戦終結のルサンチマン
一九九〇年ごろ冷戦が実質的に終わって、ソ連も解体して、いまの状況になりました。その冷戦が終わったことの意味づけが、われわれとロシアでは非常に違っていると思うんですね。
 われわれから見ると、冷戦は、ソ連を含む東側諸国の負けに終わって、問題が解決した。そういう枠組みで考えている。でもロシアの立場からすると、それは違う。だって、ソ連は外からの侵略によってなくなったわけではなく、自分たちの力で解体したのだから。つまり、ロシアとしては、自分たちも冷戦に勝ち抜いた勝者のひとりだと思っている。あるいは、そういうふうに意味づけたいと思っている。(p259)

ロシアは、冷戦に負けたのではなく、自ら冷戦を終結させた勝者だと思っている。ペレストロイカ →バルト三国の独立 →ソ連邦崩壊となし崩し的に冷戦は終わります。冷戦と呼ばれるように、代理戦争はあったにしても、ロシアが直接戦った戦争はありませんから、ロシアは「負けた」わけではありません。自ら冷戦を集結させ「冷戦に勝ち抜いた」とも言えなくないです。
 大澤センセイは、8/15の「終戦記念日」を例に引き、日本は大平洋戦争に負けたのではない戦争を終わらせたのだと云う発想と同じじゃないかと指摘します(白井聡『永続敗戦論』)。

 その勝者のロシアが

ロシアは大国として扱われていない。 特に冷戦以降、非常に冷遇されている感じがする。・・・ソ連の崩壊後、ロシアは、すぐにはG7に入れてもらえなかった。アメリカと並ぶ先進国で大国だと自分のことを思ってきたわけだから、ロシアの自己認識としては、すぐにG7に入ってしかるべきなのに、そのようには遇されなかった。最初は、G7プラス1というオブザーバー的な参加でした。 確か一九九八年からロシアもメンバーになって、G8になったわけですが、そうなってからも、ロシアは、本来だったらGの仲間の要件を満たしていないけれども つまり経済的にも政治的にもほんとうの先進国ではないけれど仕方なく入れてもらっている、といった扱いでした。結局、クリミア半島を併合した二〇一四年に、ロシアはメンバーから外されてしまうわけですが、ロシアの観点からはこれは不当なことなのです。(p263)

これがルサンチマンを生みます。

われわれのアイデンティティはヨーロッパじゃないことにある。これは大澤さんの分析のとおりだと思う。じゃあ、もしわれわれが、民主主義、人権、自由主義、西側の価値観が正しかったです、とそれを受け入れると、どうなるか。 ソ連は間違いです、になって、間違いなので失敗して負けました、になる。
・・・それは耐えがたいです、ということになって、耐えがたいのでそう考えないようにしましょう、ということになる。そうすると、西側の民主主義、人権、自由主義ではない、オルタナティヴなやり方が、存在しなければならない。そのやり方は、マルクス主義ではないが、でもロシア的で、ロシアの人びとのアイデンティティで、しかもロシアのやり方は西側よりも優れていなければならない。

 じゃあ、どう言えばいいかというと、理念はない。理念はないので、強い国、これしかない、でも実は強くない。強くないのに、強い国だと思いたい。それじゃ、スポーツでがんばるドーピングでもなんでもやる。それから、科学技術でがんばる。でも、もうがんばれない。経済でがんばる。がんばれない。核兵器があった。あと、プーチンがいる。強い政府と強い軍事力ぐらいしか、強国の印がない。そんなのは張り子の虎だろう、経済合理性から考えて戦争なんかできっこないだろう、とみんなに言われる。いや、「できるもん」ということじゃないのかな。(p268)

 ドーピング問題もルサンチマンに根があるのです。「できるもん」で攻めこまれてはたまったものではありませんが。

 このルサンチマンが、プーチンとその取り巻きだけのものなのか、ロシア国民の広汎な意識なのか、本書を読むだけでは分かりません。トルストイやドストエフスキーを生んだ国が、民族としてルサンチマンに凝り固まっているとはとても思えません。
 なかなか刺激的な本でした子の後、この項お終い。

タグ:読書
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