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アンドレイ・フェシュン編 ゾルゲ・ファイル(1) [日記 (2023)]

ゾルゲ・ファイル 1941-1945――赤軍情報本部機密文書 (新資料が語るゾルゲ事件 1)
 みすず書房『「新資料が語るゾルゲ事件」シリーズ』の第1巻です(第2巻は先日読んだ『ゾルゲ伝』)。ロシアの「ゾルゲ事件」アーカイブからゾルゲと赤軍情報部が交した電文、伝書使によって運ばれた文書、及び内部資料の218点を集めたものです(未公開もあるらしい)。日本のゾルゲの調書『ゾルゲ事件 現代史資料1~4』とともに、事件を語る一次資料です。
 ゾルゲは1933/9に来日し、8年間の諜報活動の後1941/9に逮捕されます。本書掲載の資料は1941~1945のもので、ゾルゲの二大スクープ「独ソ開戦」と「御前会議での南進決定」は含まれますが、二・二六事件、張鼓峰事件ノモンハン事件、日独伊三国同盟などは含まれていません。代わりに逮捕後のソ連大使館情報部と赤軍情報部とのやりとりが含まれています。

1941年
 本書の殆どが1941年(昭和16年)の文書です。日米開戦を控えたこの1941年は、
3月:日米交渉開始
4月:日ソ中立条約調印
6月:独ソ開戦
7月:御前会議での南進決定、関東軍特種演習、第三次近衛内閣発足
8月:米国の対日石油禁輸
9月:対米開戦国策遂行要綱、ゾルゲ逮捕
10月:近衛内閣総辞職、東条内閣発足
と、ソ連の安全保障に関わる出来事がめじろ押し。ゾルゲの生なましい電文と赤軍情報部の反応を読むことになります。例えば、独ソ開戦の第一報です。

東京、1941/12/28 
ドイツから日本に来る新しい人の誰もが、ドイツがソ連の政策に影響を及ぼすため、ルーマニアを含む東部国境地帯におよそ80個師を展開していると話している。・・・
    No.138,139 ラムゼイ
暗号解読マリンニコフ、翻訳ソニン少佐

コードネーム”ラムゼイ”=ゾルゲの発信したこの電文に記載された赤軍情報部の注釈は、
 
[決裁]  情報部へ。再確認の要あり。疑わしい電報。 G.
1.読了
2.スターリン同志とモロトフ同志に参考のため送付すること。
 1940年12月31日 (P15-16)
 これがバルバロッサ作戦に関するゾルゲの第一報です。「疑わしい電報」と断じた”G.”とは、スターリンのイエスマンだった情報部グリコフ本部長です。「祖国」のために神経を磨り減らして集めた情報も「信用できない」の一言で片付けられます。

 ゾルゲの報告は、政治情報から日本軍の情報、会計報告、諜報員のリクルートまで多岐にわたります。

会計報告
1940年12月会計報告
支出
1. 850円
出費150円、贈答品200円、納入65円、任務90円
2. 700円
出費80円、贈答品100円
3. 450円
特別支出259円、妻と子へ200円、隠れ家NO.1 225円、隠れ家NO.2 130円、隠れ家NO.3  115円、オットー(尾崎)130円、物資100円、ミキ(小代好信)175円、ローニン(川合貞吉)
)100円、ジョー(宮城)450円、贈答品85円
現時点での12月の支出は4645円。
ジゴロ (ヴーケリッチ)の仕事用カメラとフィルム735円
  1940年11月、12月の収支報告
10月から11月への繰り越し 6687円
フリッツ(マックス・クラウゼン)の現在の預金 4210円
 送金
フリッツの現在の預金 5113円
ラムゼイ(ゾルゲ)への支払い 400円
 入金16410円
12月の支出 4180円
現時点における12月の支出 4645円
特別支出---写真機、フィルム 735円
11月と12月の支出 9660円
1941年1月への繰り越し6750円
40年12月末にフリッツ(クラウゼン)は1000米ドル分として4245円を受け取った。(P23-24)

 毎月報告していた様です。酔っぱらいで女好きで、連夜「ライオン」「ラインゴールド」「こうもり」などの酒場に出没するゾルゲに「会計報告」は出来ません。諜報団の財務担当は無線担当のクラウゼンで、「クラウゼン商会」の経営者ですから「会計報告」はお手のものでしょう。

 1940年12月には、尾崎に130円、宮城に450円、ゾルゲに400円が支払われています。尾崎は朝日新聞→内閣参与→満鉄調査部嘱託として月1000円程度の給与を得ています(現代史資料)。クラウゼンは「クラウゼン商会」の経営者、ヴーケリッチもアバス通信社の特派員とそれぞれ収入があります。宮城は画家という自由業業ですから、諜報団から生活費が出ていたんでしょうか。ゾルゲも「フランクフルター・ツァイトゥング」の特派員(非正規)で、ドイツ大使オットの私設秘書ですから収入はあります。400円は酒場に繰り出す交際費でしょうw。妻と子へ200円は、ヴーケリッチの離婚した妻子のことで、ヴーケリッチの諜報活動を知っていますから口止め料、及び彼女の家でマイクロフィルの作成、無線の発信しますから協力費。宮城の協力者・小代好信に175円、尾崎の同・川合貞吉100円が支払われています。当時の大卒初任給は70~80円ですから、結構な額です。ゾルゲによると、諜報団の最低必要経費は月3,200円だそうです。

 情報部が出し渋るので、もっと活動費を出せという電文が東京モスクワ間で何度も飛び交います。情報部は、ゾルゲの情報は質が低く宿題>もやっていなとして経費を月2,000円に減額します、足りない分はクラウゼン商会の利益で補えと。(バルバロッサ作戦で信用を取り戻し3,600円に復活)。

リクルート
東京、1941年1/18
ミキ (情報源)は、研究所で兵器を扱う技師として働く学生時代の古い友人を見つけ、その友人がわれわれに軍事情報を教えてくれるという。最初の面会で、 この人物は現在までミキと親しいこと分かり、研究所での自分の仕事に関する情報を提供することに同意してくれた。われわれの仕事にき入れたいと願うが、その前にしばらく彼を調べることにする。
No.149 ラムゼイ (p38)

宮城の協力者・小代好信が情報提供者を見付け、ゾルゲが提供者諜報団に加えるという報告です。その返信は

1941年1/24
東京、ラムゼイ同志へ
ミキの友人、以後「イカル」と呼ぶ、からは、新型戦闘機、軽機関銃、自動小銃に関する試供品を手に入れるよう努めてもらいたい。私の部下を通じて評価させるので、三月までにそれらの資料を送ってほしい。金は資料に対してのみ支払うこと
 組織者 (p42)

試供品を入手しろ、出来高払いにしろ、と勝手なことを言ってます。この辺りの諜報以外のやりとりが面白いです。続いて1941年の政治情勢の中でゾルゲが発信した情報を見てゆきます。

タグ:ゾルゲ 読書
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