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鮫島浩 朝日新聞政治部(2022講談社) [日記 (2024)]

朝日新聞政治部  「吉田調書報道」によって政治部デスクを追われた元朝日新聞記者の「内部告発」+自省の書です。著者は1994年に朝日新聞社に入社し1999年に政治部に移り、菅直人、竹中平蔵、町村信孝らの番記者として与野党政治家を担当します。2013年に福島原発事故よる汚染土壌の除去が「手抜き除染」とスクープして新聞協会賞を受賞し、2014年に「吉田調書報道」によって政治部を追われます。

 「吉田調書」が登場するのは中盤の第4章からで、それまでは著者の経験した番記者、ぶら下がり、夜討ち朝駆けなど政治部記者の舞台裏が描かれます。記者の仕事は、政治家の懐に飛び込み(取り入り)信頼関係を築いてオフレコの情報を引き出す事。本書にある政治部の組織表を見ると一目瞭然。政治部の組織は政府の組織そのままです。
 取材は、スキャンダルや政権の交代と国会の解散などいわゆる政局が中心で、政策の取材や報道はありません。描かれるのは、政界の裏話と新聞社内のヘゲモニー争いです。

 「吉田調書」とは、事故調査委員会が福島第一原発事故で指揮を執った東電の原発所長・吉田昌郎を聴取した文書です。この文書を朝日がスクープし、2014年5月20日の朝刊で、東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の「吉田調書」を入手したと発表、「震災4日後には所長命令を無視し、福島第一原発の所員650人第二原発にが逃げ出した」と報じます。朝刊の見出しは

政府事故調の『吉田調書』 入手/所長命令に違反原発撤退/福島第一所員の9割/震災4日後、福島第二へ

 政府と東電が公表しなかった文書を入手し公表したこと自体が特ダネですが、400頁に及ぶ調書の中から何故650人の撤退がスクープされたのか。そこには東電の隠蔽体質への告発の意味があったと著者は言います。この東電社員650名を貶める記事に批判が出、朝日新聞は9月11日の社長の記者会見でこ「東電社員らがその場から逃げ出したかのような印象を与え、間違った記事だと判断した」として報道を誤報として取り消し、記者と担当デスクの著者を処分します。

 本書によると、この誤報謝罪には裏があると言います。

木村社長の足をすくったのは8月5日の特集記事 「慰安婦問題を考える」である。朝日新聞はその特集で、植民地だった朝鮮で戦時に慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏の証言(吉田証言)を虚偽と判断し、吉田氏を取り上げた過去の記事1本を取り消した。これを機に「朝日バッシング」が吹き荒れたのである。訂正まで20~30年かかったことや謝罪の言葉がないことへ批判が殺到したのだ。(p237)

 この経緯を時系列にまとめると

5/20:「吉田調書」を入手、所長命令に違反し原発撤退と報道
 ↓
8/5  :「慰安婦問題を考える」掲載
8/27:慰安婦に関する「池上コラム」不掲載を決定
8/17:産経新聞「吉田調書」入手、朝日の記事を否定、報道各社同調
8/25:菅義偉官房長官、「吉田調書」公開を約束
9/2  :週刊文春「池上コラム問題」を報じる
9/4  :「池上コラム」掲載
9/6   :「池上コラム問題」釈明記事掲載
9/11:木村社長、慰安婦と吉田調書を誤報と謝罪、「吉田調書」公開

 「慰安婦問題を考える」→産経新聞入手、朝日の記事を否定 →池上コラム問題 →謝罪会見と、朝日新聞が追い詰められて行く過程が分かります。さらに朝日パッシングの背景には、朝日新聞のテレビ朝日支配を喜ばない総理官邸のメディアコントロールがあったと言うのです。いずれにしろ、朝日の「所長命令に違反し原発撤退」という報道には無理があったと言うことです。

 「慰安婦問題」にしろ「吉田調書報道」にしろ、問題の本質は何処にあるのか?に関わる挿話が本書にあります。ひとつは、2007年の福田康夫内閣官房長官を務めた町村信孝と著者の会話です。通産官僚出身で、文部大臣など要職を歩んで来た町村をエリートだと言う著者に、町村は激昂したと言います。

「日本の政治はずっと、 経世会が牛耳ってきたんです。 経世会は最初に宏池会に相談する。その次に社会党に根回しする。 社会党がNHKと朝日新聞にリークする。 我々清和会はNHKと朝日新聞の報道をみてはじめて、何が起きているかを知ったのです。これが日本の戦後政治なんですよ! わかりますか!!」(p51)

清和会の町村の目に映る 「戦後日本の権力者」は「経世会、宏池会、社会党、NHK、朝日新聞」だったと言うのです。「新聞は社会の公器」とリベラルなオピニオンリーダーを自認する朝日新聞は、実は権力構造の一端を担っていたわけです。本書の国家権力の「不都合な事実」を自力で追及していく調査報道(p233)という記述にもその一端が伺われます。

もうひとつが、「吉田調書報道」で処分された際の著者と奥さんの会話です。

あなたはこれから自分が何の罪に問われるか、わかってる? 私は吉田調書報道が正しいのか間違っているのか、そんなことはわからない。 でも、それはおそらく本質的なことじゃないのよ。あなたはね、会社という閉ざされた世界で 『王国』を築いていたの。誰もあなたに文句を言わなかったけど、内心は面白くなかったの。あなたはそれに気づかずに威張っていた。あなたがこれから問われる罪、それは『傲慢罪』よ!。(序章p16)

「あなた」を朝日新聞に変えると本質が見えて来そうです。

タグ:読書
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