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吉村 昭 破獄 新潮文庫 [日記(2005)]

 あとがきに、「獄房に閉じこめられたかれと、かれを閉じこめた男たち。その一種の闘いは昭和二十年前後を時代背景としていて、それらの人間関係をえがくことは戦時と敗戦というものを特殊な視点からみることになり、創作意欲をいだいて筆をとった。」とある。確かに描かれているのは4回の脱獄を繰り返した「佐久間清太郎」より、戦時下の刑務所の実態であり刑務官の姿である。
「看守たちは町のものと同じように日に二合三勺の米の配給をうけていたが、それは名目だけで米のかわりに雑穀、豆、薯、澱粉などが与えられていた。米、麦などを眼にすることはまれになっていた。刑務所の農場で収穫された作物は原則的に囚人用とさだめられ、それによって囚人たちは米、麦混合の主食を毎日口にしていた。看守たちも、時折農場でとれすぎた作物があると刑務所から買うことができたが、わずかな量の代用食しか食べられぬことが多く、家から持ってくる弁当も薯や豆などであった。」戦争も末期となると、食料の確保が刑務官の主な仕事となり、(成人男子が兵士に取られるため)人手不足で一日十数時間の勤務、休みも月一度取れるかどうかと過酷なものとなってゆく。非常時にも(囚人の監視という地味だが何時の時代にもある)日常があり、それを誇りを持って守った刑務官が、全編を通じて主人公というべきであろう。最後の府中刑務所で刑期を終え出所するが、これも刑務官(性格には刑務所長)の物語である。
 閉じこめられた彼と閉じこめた彼らを描いたものが本書であり、破獄後の逃亡を描いたものが「長英逃亡」、囚人の監視、移監、脱獄犯の捜索を通して戦争を描いたものが本書であり、零戦の開発を通して戦争を描いたものが「零式戦闘機」である。
★★★☆☆

破獄

破獄

  • 作者: 吉村 昭
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1986/12
  • メディア: 文庫