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三宅正樹 スターリンの対日情報工作 [日記(2015)]

スターリンの対日情報工作 クリヴィツキー・ゾルゲ・「エコノミスト」 (平凡社新書)
 スターリンは、ゾルゲの諜報活動に基づいて極東ソ連軍をヨーロッパ戦線に移送し、独ソ戦に勝利した、と云うのが通説です。本書は、ゾルゲ以外にもこの軍の西送決定に関わったスパイがいたことを明らかにした、政治史、諜報史です。

クリヴィツキー(ソ連秘密警察諜報部)
 クリヴィツキーは1937年に亡命し1941年に謎の死をとげていますから、『スターリンの対日情報工作』の範囲では関係ありですが、軍の西送とは直接関係ありません。クリヴィツキーは、ベルリン駐在武官・大島とナチのリッペンドロップによる「日独防共協定」の交渉内容をスパイし、ソ連の外交に寄与します。大島と東京の暗号電報を傍受解読した独軍から入手したというのですから、当時から日本の暗号は破られていたことになります。

セルゲイ・トルストイ(ソ連内務人民委員部)
 スパイではありません、暗号解読機関の長です(イギリスのブレッチリー・パークのようなもの)。決定的な暗号電報を解読したと云うのではなく、この機関のもたらす日本の外交電報が、日本が南方侵攻に向かいソ連と事を構えることは無いということを示唆していたということです。ゾルゲが送った1941年9月の御前会議「帝国国策遂行要領」の内容を傍証し、スターリンは、安心して極東軍を移動したわけです。(ゴルジェフスキー『KGBの内幕』)

 関東軍が二ヶ月で40万の兵員を移動し、その累計は70万になる。日本軍のソ連侵攻は無い。と打電したゾルゲに対して、モスクワから感謝の返電が届きます。これも、トルストイの電報解読の裏付けがあったからこそと著者は理解します。 

コードネーム・エコノミスト(不明 、日本人)
 この「エコノミスト」が本書の中核で、著者はこのために本書を執筆したと言っていいと思います。2005年、共同通信のモスクワ特派員のスクープとして「エコノミスト」は登場します。

 内務人民委員ベリヤからスターリン、モロトフに宛てた1941.9/9の報告書に「エコノミスト」はスパイとして登場します。エコノミストは、時の商工大臣・左近司政三の発言として、日米交渉決裂なら開戦となるためソ連とは和平を維持し、外交はこの線で進める、という情報をもたらします。さらに、「帝国国策遂行要領」の決定と対米交渉の期限を10月上旬として開戦準備を完了したことなど、主要閣僚の発言内容まで詳細に報告してきます(共同通信の記事)。

 著者はエコノミストの正体を追跡し、政治史がミステリとなります。エコノミストは、元外務次官で後の情報局総裁・天羽英二、外務省欧亜局長・坂本瑞男が候補にあがり、1954年のラストヴォロフ事件で逮捕されたエコノミストのコードネームを持つ外務省の事務官・高毛礼茂にたどり着きます。高毛礼がソ連のスパイであることには間違いないのですが、もうひとつ説得力に欠けます。

ゾルゲ(赤軍第四部)
 ゾルゲについては言い尽くされた感があり、目新しい発見はありませんが、なるほどと思った話をふたつ。

 ゾルゲは、コミンテルンの諜報員としてスタートし、赤軍第四本部(赤軍参謀本部第4局?)に移籍し上海、東京で諜報活動をします。コミンテルンは、共産主義政党を横につなげた国際組織であり、赤軍はソ連の軍事組織です。ゾルゲは、世界の共産化を目指すコミンテルンから、ソ連一国の国益に尽くすスパイとなったわけです。ゾルゲ・グループの中でこれを承知していたのはクラウゼンだけであり、尾崎秀実、宮城与徳、ヴーケリッチは知らなかったということです。コミンテルンのために活動していると考えていた尾崎以下がこれを知っていれば(宮城は米国共産党員)、ゾルゲに協力したかどうか。
 身の危険をかえりみず祖国を裏切るという行為は、あくまで平等で平和な世界を建設するという理想のためです。それが、ソ連一国の国益のためとなれば、スパイとならなかったのではないでしょうか。

 ゾルゲは、尋問調書で、諜報活動の報告は「モスコウ中央部」に送ったと述べ、1942年6月に「モスコウ中央部」は赤軍第四本部であることを初めて供述しています。
 ゾルゲの『獄中手記』では赤軍第四部所属であることが述べられており、検事側は、ゾルゲがコミンテルンではなくソ連のスパイであることを知っていたはずだというのです。検事側は、その事実を隠していたというのが著者の見解です。何故か。ゾルゲ(及びグループ)を赤軍第四本部の所属として裁けば、当然ソ連との軋轢は目に見えています。彼等をコミンテルンのスパイとすれば、ソ連とは無関係になります。南進論をとる当時の日本の政治状況では、ソ連と事を構えたくなかったということです。これが「ソ連スパイ団」ではなく「国際諜報団」の真相ではないかというのです。

ひとりのスパイの活躍で歴史が動いた、と云うことではなさそうです。

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