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司馬遼太郎 ロシアについて-北方の原形- (1) タタールのくびき (1986文藝春秋) [日記 (2020)]

北方の原形 ロシアについて (文春文庫)  『坂の上の雲』を読んでロシア(帝国)が気になったので読んでみました。作者は10年にわたってロシアに関わる『坂の上の雲』『菜の花の沖』を書いてきた、その余話です。「北方の原形」とあるように、内容はロシア史と日露関係史です。著者は、ロシアも革命後のソ連も、体制がどうあれ、「その国が固有の国土と民族と歴史的連続性を持っているかぎり、原形というものは変わりようがない」と考えます。


 『坂の上の雲』に、ロシアの南下は「タタールのくびき」と「毛皮」だという話がありました。ロシアというと、西はバルト海から東はベーリング海に及ぶ、シベリアを含む広

大な領土を思い浮かべます。ロシア人がシベリアに入ったのはせいぜい16世紀。従ってロシアの歴史は、ウクライナ、モスクワなどヨーロッパに近い西部(欧露)が中心で、ロシア人が侵入する以前のシベリアは、イヌイットの祖先、ツングース系民族、モンゴル系民族(ブリヤート人)が点として存在していた、ということになります。

 9世紀、「海賊を稼業とする」ノルマン人が先住のスラブ農民を支配してキエフ国家などのルーシ諸国を建てます。ノルマン人はビザンティン文化を導入し、ギリシア正教によってスラブ人を統制します。このロシア=ギリシア正教の体制は、西欧社会と不可分であったローマ・カトリックとは無縁な体制として、ロシア帝国終焉まで続くことになります。著者はこの体制を、西欧の文明についての「不導体」と表現します。モンゴルは宗教に関しては寛容であったらしくギリシア正教はこの地に根付き、カトリック世界でおこっている緒現象、たとえばルネッサンスの流入などが阻まれます。この辺りもロシアというものの「原風景」と考えていいといいます。

外敵を異様に恐れるだけでなく、病的な外国への猜疑心、そして潜在的な征服欲、また火器への異常信仰、それらがキプチャク汗国の支配と被支配の文化的遺伝だと思えなくはないのです。

 13世紀にわずか1万人のモンゴル人(バトゥ)がこの地に侵入しキプチャク汗国を建て、スラブ人は以後250年モンゴルの支配を受けることになります。後に、わずか数百万のモンゴル人(女真族)が億の人口を持つ中国を支配して異民族国家を建てますから、騎馬を駆使した彼らの機動性と武力は凄いものです。ロシア人の「外敵を恐れる」「外国への猜疑心」は支配された建てたのスラブ民族から、「潜在的な征服欲」はタタール人から受け継ぎ、「火器への異常信仰」は弓矢に固執する支配民族を銃で排斥した記憶を指しています。

武力のみが国家を保つという物騒な思想を、ロシア帝国は、かつて自分たちを支配したキプチャク汗国から学び、引き継ぎました。また武力を失えば、クリム汗国のような最後をとげるという教訓を得た・・・

これが「タタールのくびき」です。

 キプチャク汗国はシビル汗国など4国に分裂し、イヴァン四世のモスクワ公国がタタール人の国を飲み込み勢力を持ち始めます。15世紀になるとヨーロッパで鉄砲(火縄銃)が発明されます。この鉄砲がスラブ人を「タタール人のくびき」から解き放ったといえます。農民や放牧民を支配した源である弓は、タタール人の謂わばアイデンティであり、シビル汗国は弓を捨てて銃に替えることはできなかったでしょう。結果、銃で武装したイヴァン四世はシビル汗国を滅ぼします。イヴァン四世と結んだストロガノフ家とその傭兵であるコサックがシビル汗国滅亡に大いに働きます。コサックは、ロシアの農奴制から逃亡した農民や貴族で構成されたいわば盗賊、ならずもの集団。コサックは、騎馬のタタールに対して城塞(クレムリ)を築き銃で応戦する戦方を取ったといいます。1583年、コサックの首長イェルマークがはイスケルを陥しシビル汗国は滅亡します。滅亡したというより、騎馬の機動性で征服した土地から、今度はその機動性で「潮が引くように」モンゴルの地に帰っていった、という風景でしょう。

 日露戦争で日本軍を苦しめたベトンで塗り固めた堡塁、銃砲への信仰というのは、タタール人に勝ったこの成功体験に根ざしていると著者は言います。

 それまでのロシア人の居住世界は存外狭いものだったであろう。ウラル山脈を壁として、その山麓から西がロシアであるにすぎなかった。シビル汗国という長大な壁が倒れてはじめてロシア人の現実の地理的世界としてシベリアが湧出したといっていい。

 ここからロシアのシベリア開発が始まり、「日本」と出会うことになります。 続きます

タグ:読書
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