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映画 殺人の追憶(2003韓) [日記 (2021)]

殺人の追憶 [Blu-ray]
 1986年、韓国の農村で若い女性の強姦殺人事件が起き、事件は連続殺人事件の様相を帯びます。捜査するのは、地方警察のパク刑事(ソン・ガンホ)。殺人事件などとは無縁のノンビリした田舎警察署に、これも殺人など捜査をしたこともない刑事に事件が舞い込んだわけです。

 曖昧な噂で知的障害者を逮捕し、拷問で自供を引き出し証拠を捏造。署内に「拷問禁止」標語が貼ってあるのには笑わせます、当時警察は普通に拷問をしていたようです。捜査に行き詰まると占い師の元に駆け付けるという、すべてがチグハグのコメディです。
 その田舎警察に、 ソウルからソ刑事(キム・サンギョン)が異動し捜査に加わり、ソの冷静な捜査でコメディがサスペンスに転じます。ソン・ガンホ(アンチヒーロー)とキム・サンギョン(ヒーロー)の対比は、地方と中央(ソウル)、拷問がまかり通る前近代と近代という時代の対比でもあります。

 1986年に起きた連続殺人事件を境に、朝鮮戦争、軍事政権を引きずった古い韓国と、1人当たりGNPが3000ドルを越えた新しい韓国に変わる姿が捉えられているともいえます。1986年は全斗煥政権時代(1980年 - 1988年)です。全斗煥の大統領就任時の経済成長率は-4.8%、物価上昇率42.3%、貿易赤字44億ドルという経済は、連続殺人事件翌年1987年には、同12.8%、0.5%、貿易収支は114億ドルの黒字となり、1人当たりGNPは3098ドル、国民総生産は1284億ドルとなります。1988年にはソウルオリンピック開かれ、韓国は先進国の道を歩み出します。
 結論めいたことを言えば、「殺人の追憶」とは、韓国が経済的成長を遂げる軍事政権時代の追憶、パク刑事に代表される古い社会の追憶ともいえます。トラクターがノンビリと農道を走り(映画の冒頭)、警察は証拠を捏造し容疑者を拷問し、占い師に頼る時代の追憶です。北の脅威に対応する夜間空襲警報訓練が日常であった時代の追憶です。それが批判的に描かれず「追憶」となるのがこの映画の優れたところです。2003年の500万人の観客もまた、パクとソの生きた1986年を追憶したのでしょう。豊かになった国民は「そんな時代もあった」と懐かしむようにです。犯人が不明のまま映画は終わります。従って、映画の主題は「殺人の追憶」ではなく、1986年という「時代の追憶」です。

 2003年、パクは殺人のあった現場を訪れ、死体の発見された農道の側溝を覗き込みます(パクは警察を辞めパソコンの販売をしているという辺りが象徴的です)。それを見た少女は、何をしているのかとパクに問い、先日も同じように覗き込む男を見たと言います。何をしているのかと問う少女に、男は、昔ここで自分がしたことを思い出して来てみたと答えます。殺人犯と刑事がオーバーラップするシークェンスです。どんな男だった問うパクに、少女は「よくある顔、普通の男」だったと答えます。殺人者の顔も1986年の時代の顔も、そして2003年の顔も「よくある顔、普通の顔」だったわけです。 原題はMemories of Murder。

 余談ですが、この映画の背景となっている時代の大統領・全斗煥が先日亡くなりました。朴正煕とともに今日の韓国の繁栄を築いた人物ともいえますが、大統領府は、光州事件のために全斗煥を「元大統領」の敬称を付けずに全斗煥「氏」と報じ、次期大統領候補は「内乱・虐殺事件の主犯」と批判しました。大統領府も次期大統領候補もこの映画に完全に負けてます。韓国映画には、バブルを警告する『国家が破産する日』など政治にコミットした秀作があります。映画は一流ですが政治はどうなのか?...。監督は「パラサイト」のポン・ジュノ、オススメです。

監督:ポン・ジュノ
出演:ソン・ガンホ、キム・サンギョン

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