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六草いちか 鷗外「舞姫」徹底解読  (2022大修館書店) [日記 (2023)]

すべてのナゾがこれで解けた!!鷗外「舞姫」徹底解読
鴎外の恋 舞姫エリスの真実 (河出文庫 ろ 1-1)
正確な書名は『すべてのナゾがこれで解けた!! 鷗外「舞姫」徹底解読』ですが、簡略化w。六草いちか『鴎外の恋』『それからのエリス』に続く第三部、というか鴎外『舞姫』の副読本みたいなものです。

声を呑みつつ泣くひとりの少女あるを見たり
余は模糊たる功名の念と、検束に慣れたる勉強力とを持ちて忽ちこの欧羅巴の新大都の中央に立てり。何等の光彩ぞ、我が目を射むとするは。何等の色沢ぞ、我が心を迷はさむとするは。 

 鴎外がベルリンに到着したのは11月11日夜。翌12日の朝、ホテルの前からベルリンの街を眺める件です。「功名の念と、検束に慣れたる勉強力」とある辺りは明治の青年の心意気でしょう。本書はこの一節を、

豊太郎の視線は、まずはウンター・デン・リンデンのある一か所に立って、周りをじっくと見渡したのち、印象的な場所をウンター・デン・リンデンの東の端から順に、王宮殿前の道から見上げた皇帝の角窓、パリ広場まで来て噴水、パリ広場の真ん中から西を向いてブランデンブルク門とその向こうに見える緑樹、そして、ブランデンブルク門の向こう側に中て、ティアガルテンの森の小路に立ち、遠くに浮かんで見える F戦勝記念塔を見る・・・・・・と、に辿っていることが分かる。

ベルリン在住30余年の著者ですからお手のもの。続いて豊太郎とエリスが出会うくだり、

鎖したる寺門の扉に降りて、声を呑みつつ泣くひとりの少女あるを見たり。年は十六七なるべし。

 著者は鴎外の下宿から、エリスに出会った教会を特定します。よく調べていますが、鴎外がウンター・デン・リンデン何処に立ったか、エリスとどの教会の門の前で出会ったかは、さほど興味を引きません...。

我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか
 『鴎外の恋』で尽くされていますが、著者の功績は、エリス(本名エリーゼ)が鴎外を追って来日し、鴎外はエリスを追い返したと云う伝説を覆したことです。実は、鴎外はエリスと結婚する積もりで彼女を日本に連れ帰ったのです。鴎外は上司と供に帰る必要があったためふたりは別便となり、エリスの船が先に出航し鴎外に遅れて横浜に着いたため「追いかけてきた」という伝説が生まれます。
 両親を始め周囲の反対でエリスとの結婚は挫折。エリスは泣く泣くドイツ帰ったかというと、笑顔で見送りの鴎外等にハンカチを振って帰ったといいます(小泉喜美子『森鴎外の系譜』)。何故かと云うと、エリスの後を追って鴎外がドイツ向かうという約束が出来ていたためです。結局、鴎外はドイツに行きませんでした。エリスが帰国した4ヶ月後には親の決めた相手、赤松登志子と結婚します。

 著者は、鴎外の親友・賀古鶴所が山縣有朋の欧州視察の随員としてドイツを訪れ、エリスに会ったと想像します。

(賀古は)ベルリンでエリーゼを訪ね、鷗外が結婚したことを告げたのだろう。「舞姫」の中のやり取りが、エリーゼと賀古の間で交わされた内容を元に書かれたものであるなら、「舞姫」のこの情景が生々しく浮かび上がる。

我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか

 著者の推測では、ドイツを訪れていた親友・賀古が1889年10/2に帰国してエリスの様子を鴎外に伝え、鴎外はエリスとの思い出を葬るために『舞姫』を執筆したのではないか?。鴎外は同年11月『舞姫』執筆し、1890年1月発表します。鴎外とエリスの文通はその後続いていたようです。(小堀杏奴『晩年の父』)
 つまるところ、鴎外は森家の期待を裏切れなかったわけです。津和野藩の典医を務める家に生まれ、祖父、父は婿養子、鴎外・林太郎は久々の跡継ぎとして誕生します。9歳で四書五経をマスターする神童、つまり森家の期待の星。1872年(明治5年)10歳の頃一家を挙げて上京、鴎外は1873年(明治6年)11月に12歳で東大医学部に入学し1882陸軍省入省、1884年(明治17年)に選ばれてドイツ留学と順風満帆。ところが自慢の息子は青い眼の女性を連れ帰り結婚すると云うのです。

自分は失望を以て故郷の人に迎へられた。 それは無理もない。自分のやうな洋行帰りこれまで例の無い事であつたからである。これまでの洋行帰りは、希望に輝く顔をして行李の中から道具を出して、何か新しい手品を取り立てて御覧に入れることになつてゐた。自分は丁度その反対の事をしたのである (鴎外『妄想』)

 後を追うとエリスをなだめて追い返し、留学までさせてくれた陸軍省を辞めることも出来ず、結局エリスを「欺く」わけです。鴎外を裏切り者とみるか、明治時代の「家」に押し潰された犠牲者とみるかは難しいところです。

 文学評論だと思って読むと間違います。ノンフィクション、あるいは鴎外の事蹟を訪ねる観光案内書としては、いいかも知れません(地図や写真も豊富です)。重要な点は『鴎外の恋』で言い尽くされています。

タグ:読書
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