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高村 薫 我らが少女A (2019毎日新聞出版) [日記(2019)]

我らが少女A 髙村薫 我らが少女A 挿画集  高(髙)村 薫の最新作にして待望の合田雄一郎シリーズです。合田雄一郎は2011年『冷血』で警視庁第二特殊犯捜査係の係長以来、7年振りの登場となりま。本書の2017年の時点では、捜査の現場から外れ警察大学校の教授に転出しています。『マークスの山』で登場した合田も還暦まであと3年の57歳、ヒーローも、作者も、そして読者も歳を重ねたことになります。

 発端は、2005年、三鷹、小金井、調布にまたがる野川公園で、府中市に住む元中学校美術教師・栂野節子が撲殺された迷宮入り事件。12年後の2017年、栂野節子が開いていた水彩画教室の生徒上田朱美が都内で同棲相手に殺されます。朱美が栂野節子殺害現場で拾った絵具のチューブを持っていた、という同棲相手の証言から、迷宮入り事件の再捜査が開始されます。上田朱美の殺人事件は、栂野節子殺人事件の捜査指揮をとった合田に伝わり、合田が乗降する西武多摩川線多摩駅に勤務する小野雄太、朱美の友人で節子の孫真弓、朱美をストーカーするADHD(注意欠如多動性障害)の浅井忍たち当時15歳だった少年少女たちを覚醒させ、真弓の母雪子、朱美の母亜沙子までもが覚醒します。

 上田朱美が殺され、彼らのなかに朱美の存在が影を投げかけます。朱美とは何者だったのか?。朱美は、”前方宙返り”と”回し蹴り”が得意で長身でやせ形、いつもウィンドブレーカー、ジーンズにスニーカー、ショートカットでボーイッシュ、眼に力があるらしい。20年若かったら確実に惚れていたと合田は言い、加納は「この娘!『愛の嵐』のころのシャーロット・ランプリングだー」と言う。”援交”や下着を売って小遣いを稼ぐ不良少女朱美は、死んでもなおエロスの磁場で男どもを絡め取り、朱美の扇情的な写真が”少女A”としてSNSで拡散します。栂野節子殺人事件から12年、雄太が、真弓が、忍が、雪子が、亜沙子が、そして合田雄一郎が、記憶の彼方から蘇った朱美はという太陽の周りを朱美の光を反射する惑星となって廻り始めます。

 本書の特徴のひとつはネット世界。『冷血』では、ネットの求人サイトで知り合った男たちが企む犯罪でした。『我らが少女A』の背景はスマホゲーム、facebook、twitter、lineの電脳世界。メールが飛び交い、タイムラインが流れ、ぷよぷやドラクエXⅢやカードゲームがスマホの画面を埋め、ゲームのキャラクターが現実を侵す世界。警察もまたSNSを凝視し、公用照会でフォロワーの素性を割り出すという世界。
 ハッシュタグで検索し、見知らぬ誰かとネットワークが広がる世界がありますが、facebookやtwiterは使わない人間にとっては、この世界は埒外。ましてや、本書の主人公のひとり浅井忍がのめり込むオンラインゲームやeゲームの世界はチンプンカンプン。御年60半ばの高村センセイ、よくここまで調べましたね、と脱帽。
もうひとつの特徴が作者の視点、例えば

(栂野節子が殺された)武蔵野に2005年12月25日の夜明けが来る・・・
上田亜沙子は結局、イブの骨付きチキンなどを並べたまま、こたつの座椅子で短い眠りに落ち・・・
栂野雪子は、まるで大脳皮質のどこかが待ち構えていたかのように、階段を降りてゆく母の足音を聞きつけて目覚め・・・
早く起きなさい!朝練に行くんでしょ! 母親に布団をはがされて小野雄太はやっと起き出し・・・
また浅井忍は、夜明け前に忽然と目覚める。知らない部屋の知らない男子たちの雑魚寝なかから、這うようにして外に転がりでたが・・・

 武蔵野の半径数kmを舞台に、事件を俯瞰するように殺人事件の関係者は等質に描かれます。殺人犯を追い詰めるのでもなく、犯人がシッポを出すわけでもなく、彼らは上田朱美に囚われながらも、それぞれがそれぞれの2005年と2017年の日常を生きるだけ。合田や特命班は『栂野節子の人生と生活』という名のジグソーパズルを埋め、ダイヤグラムに関係者一人ひとりの行動を記しますが、パズルは拡散し、ダイヤグラムは栂野節子に行き着きません。犯人は誰か、動機は何かは明かされず、作者が描いたのは殺人事件に纏う事実の諸相だったことになります。作者の意図を真弓が代弁します、

小説や映画で、名探偵が得々として真犯人はおまえだと言い放つのとは違って、本ものの事件が暴く事実の一つひとつ、現実の一つひとつが自分たち身近な人間の皮膚を剥ぎ、臓腑をえぐる。何か新しい事実が分かっても、少しも嬉しくない。真相など分からないほうがいい。

 犯人も動機もどうでもいいわけです。ミステリーを書いたつもりはない、という作者の声が聞こえてきそうです。
 しかしながら、犯人が不明だとやはり欲求不満が残ります。朱美は節子が早朝にスケッチに行くことを知っています。節子に話があると手紙で呼び出されていますから、12月25日の早朝、家に帰るついでに節子と会い、諍いを起こして殺害に至ったと見ることも出来ます。亜沙子は、帰ってきた朱美から血の匂いを嗅ぎとっています。亜沙子は朱美の犯行を知って野川に出かけ、虫の息の節子を発見し、朱美を守るために頭部に致命傷を負わせた、というのが私の推理。勝手にホザケ、と作者にいわれそうですが...。

 久々の高村薫、合田雄一郎で面白かったです。『土の記』が未読なので、年内読んでみます。

タグ:読書
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