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備忘録 今年読んだ本(2019) [日記(2019)]

国体論 菊と星条旗 (集英社新書)
我らが少女A 反日種族主義 日韓危機の根源 新選組裏表録 地虫鳴く (集英社文庫)








 週1冊、年間52冊を目標に読んでいます。その時々の興味と「積ん読」の整理で方向はバラバラ。66冊読んで思うのですが、近年話題になった本(小説)は、力作には違いないのでしょうが、意外と面白くない。面白かったのは『国体論』『我らが少女A』『反日種族主義』くらい。逆に『ライ麦畑でつかまえて』は1951年の小説ですが、今読んでも面白いです。

 日韓問題に引きずられてイザベラ・バード『朝鮮紀行』『閔妃暗殺』話題の『反日種族主義』『東アジアの思想風景』などを読みました。『朝鮮紀行』は、19世紀末の李氏朝鮮の実相が分かって興味深いです(但し翻訳は最悪)。『閔妃暗殺』では李氏朝鮮が日本に飲み込まれる過程がよく分かります。なかでも『東アジアの思想風景』はその古風な文体と相まってエッセーとしては一級品。『反日種族主義』は、日本人の耳には快いですが一種のプロパガンダかも知れません。
 特捜部Qシリーズは面白いです。コペンハーゲン警察のはみ出し刑事とシリア移民の助手、多重人格の女性秘書が織りなすコンビネーションが絶妙。木内 昇も6冊読みました、中でも新選組を伊東甲子太郎から描いた『地虫鳴く 新選組 裏表録』は力作。最近では珍しい骨太な作家です。

65.呉 善花 韓国併合への道 完全版 ① ② (2012文春新書)★★★
64.韓国の高校歴史教科書(2006明石書店)
63.百田尚樹 夏の騎士(2019新潮社)
62.古田博司 朝鮮民族を読み解く(1995ちくま新書)★★★
61.角田房子 閔妃暗殺 ① ③  (1988新潮文庫)★★★
60.古田博司 東アジアの思想風景(1998岩波書店)★★★
59.高村 薫 我らが少女A(2019毎日新聞出版)★★★
58.李栄薫 反日種族主義 日韓危機の根源 ① (2019文藝春秋)★★★
57.高橋和己 堕落ーあるいは内なる曠野(1995講談社文庫)★★★
56.イザベラ・バード 朝鮮紀行 ①  (1998講談社学術文庫)★★★
55.高橋和己全集 第三巻 散花(1977河出書房新社)
54.木内 昇 櫛挽道守(2013年 集英社)
53.木内 昇 漂砂のうたう(2010集英社)
52.木内 昇 地虫鳴く 新選組 裏表録(2010集英社)★★★
51.木内 昇 茗荷谷の猫(2008平凡社)
50.橋本大三郎x大澤真幸 ふしぎなキリスト教 ①  (2011講談社)★★★
49.木内 昇 笑い三年、泣き三月(2011文藝春秋)
48.佐藤 友哉 転生! 太宰治 転生して、すみません (2018星海社FICTIO)
47.木内 昇 新選組幕末の青嵐(2009年 集英社文庫)★★★
45.46.高橋和巳 憂鬱なる党派 上  (1965-2016河出文庫)★★★
44.白井 聡 国体論 ―菊と星条旗― (2018集英社新書)★★★
43.スタンダール 赤と黒(下) ①  (2007光文新訳古典文庫)
42.スタンダール 赤と黒(上) (2007光文新訳古典文庫)★★★
41.横山秀夫 ノースライト(2019新潮社)
40.山際淳司 みんな山が大好きだった(1995 中公文庫)
38.39.コニー・ウィリス 航路 上下 (2003ソニー・マガジンズ)
37.佐藤充功 昭和史発掘 幻の特務機関「ヤマ」(2003新潮新書)
36.門井慶喜 銀河鉄道の父(2017講談社)
35.フレドリック・バックマン 幸せなひとりぼっち(2016ハヤカワ文庫NV)
34.浅田次郎 帰郷(2016集英社)
33.川上和人 鳥類学者無謀にも恐竜を語る(2013技術評論社)
32.深緑野分 ベルリンは晴れているか(2018筑摩書房)
31.ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Qー自撮りする女たちー★★★
29.30.ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Q―吊された女-
27.28.ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Q―知りすぎたマルコ-
25.26.ユヴァル・ノア・ハラリ サピエンス全史(上)(下)★★★
23.24ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Q―カルテ番号64- (上)(下)
21,22.ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Q―Pからのメッセージ― (上)(下)
20.毛利敏彦 明治六年政変 ① ②(1979中公新書)★★★
19.ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Q―キジ殺し―
18.ユッシ・エーズラ・オールスン 特捜部Q―檻の中の女―★★★
17.磯田道史 素顔の西郷隆盛(2018新潮選書)
16.奥泉 光 雪の階(2018 中央公論新社)
15.モルガン・スポルテス ゾルゲ 破滅のフーガ ① ②
14梅原猛 葬られた王朝・古代出雲の謎を解く① ②★★★
12.司馬遼太郎 砂鉄のみち(街道をゆく7)★★★
11.司馬遼太郎 壱岐・対馬の道(街道をゆく13)
9.司馬遼太郎 耽羅国紀行(街道をゆく28)
8.佐藤優 十五の夏 下(2018幻冬舎)
7.司馬遼太郎 韓のくに紀行(街道をゆく 2)★★★
6.J.D.サリンジャー ライ麦畑でつかまえて★★★
2~5.司馬遼太郎 翔ぶが如く 7~10巻
1.佐藤友哉 デンデラ(2009新潮社)

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備忘録 今年観た映画(2019) [日記(2019)]

終電車 Blu-ray ゴーン・ガール [AmazonDVDコレクション] オンディーヌ 海辺の恋人 [DVD] ぼくを探しに [DVD]







  今年観たのは55本。全部DVD、Amazon PrimeかNHK・BSです。★★★は個人的にお薦めですが、信用しないほうがいいです。南京!南京!昔々、アナトリアでなどは個人的な趣味で、あまりお薦めできません。印象深いのは終電車ゴーン・ガールオンディーヌぼくを探しに幸せなひとりぼっち。最近のNHK・BSの映画は、定番の再放送ばかりでこれと言って眼を引くものがありません。『終電車』一本とは寂しい。Amazon Primeはそれこそ玉石混交ですが、昔々、アナトリアでもその玉の一本。アラン・ロブ=グリエが6本入っていたりします。但し、見逃すといつの間にやら”見放題”から消えてしまうのが難。探せば面白い映画はまだまだあります。

55.不滅の女(1963仏伊トルコ) アラン・ロブ=グリエ
53.ヨーロッパ横断特急(1966仏) アラン・ロブ=グリエ
48.ぼくを探しに(2013仏)★★★
47.ルキノ・ヴィスコンティ 郵便配達は二度ベルを鳴らす (1942伊)★★★
46.三十九夜(1935英)
45.死霊館(2013米)★★★
43.海外特派員(1940米) ヒッチコック
42.バルカン超特急(1938英) ヒッチコック
41.パラダイン夫人の恋(1947米) ヒッチコック★★★
40.昔々、アナトリアで(2011トルコ ボスニア・ヘルツェゴネビナ)★★★
39.ブリムストーン(2016蘭英独仏米ベルギー、スエーデン)
37.ロスト・ボディ(2012西)★★★
35.スパイ・ゲーム(2001米)★★★
33.レッド・リコーン(1942露)★★★
31.ロスト・ボディ(2012西)★★★
30·燃えよ剣(1966日・松竹)
28.自転車泥棒(1948伊)★★★
27.万引き家族(2018日)★★★
24.幸せなひとりぼっち(2015スエーデン)★★★
21.22.セデック・バレ(2011台) 第1部、第2部
20.クルーシブル(1996米)★★★
19.終電車(1980仏)★★★
16.ザ・ウォーク(2015米)★★★
15.特捜部Q キジ殺し(2014デンマーク)
14.特捜部Q 檻の中の女(2013デンマーク)★★★
13.サイコ2 (1983米)
12.南京!南京!(2009中)★★★
11.海街diary(2015日)★★★
10.ゴーン・ガール(2014米)デビッド・フィンチャー★★★
9.メッセージ(2016米)ドゥニ・ヴィルヌーヴ
8.愛と哀しみのボレロ(1981仏)クロード・ルルーシュ
7.灼熱の魂(2010加仏)ドゥニ・ヴィルヌーヴ★★★
6.ボーダーライン(2015)ドゥニ・ヴィルヌーヴ
5.ウィンド・リバー(2017米)★★★
4.ビフォア・ミッドナイト(2013米)リチャード・リンクレイター
3.オンディーヌ 海辺の恋人(2009愛) ニール・ジョーダン★★★
2.大統領の陰謀(1976米) アラン・J・パクラ
1.ペンタゴン・ペーパーズ(2017米) スティーブン・スピルバーグ

タグ:映画
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呉 善花 韓国併合への道 完全版 ① (2012文春新書) [日記(2019)]

韓国併合への道 完全版 (文春新書 870)  日韓併合に至る李朝末期の歴史に、「日本の統治は悪だったのか?」「反日政策と従軍慰安」の二編の論評を加えた著作です。著者は済州島生まれで日本に帰化した大学教授で、韓国に入国を断られた「実績」を持つそうです。本論は、大院君の登場から閔氏一族の勢道政治、軍乱、政変、農民戦争、閔妃暗殺を経て日韓併合に至る朝鮮の近代史です。その李朝末期に日本政府がどう関わっていったのか、日本併合が現代の日韓関係に如何なる影響を及ぼしているのか、が記されます。

まえがき
「まえがき」によると、

日本人といえば「過去を反省しようとしない人たち」と教えられ、そう思い込み続けてきた。・・・
戦後の韓国で徹底的になされてきたことは、「日帝三六年」の支配をもたらした「加害者」としての日本糾弾以外にはなかったのである。 しかしそれはどうやら、韓国人のほうにあてはまる言葉だと知った。・・・本書のモチーフは、日本に併合されるような事態を招いた韓国側の要因を、その国家体質・ 民族体質を踏まえながら、歴史的な事件とその経緯のなかから究明していこうというものである。

 来日した著者は、自分の受けてきた来た教育はどうも違うな、と考えたわけです。『韓国の高校歴史教科書』を読みましたが、近代、特に日韓併合についての歴史は、著者の言う「日帝の不法で過酷な支配と冷酷な収奪」に対する「我が民族の勇敢な抵抗と正義の独立運動」という視点から再編集されたものです。日帝の土地収奪が国土の40%という数字はさすが消えていましたが、「日本軍慰安婦の実情」というコラムでは、慰安婦の数は10~20万人としっかり載っています。この「歴史認識」を検証しようというのが、本書のねらいです。

儒教と李朝
 歴史を扱った記述に挟まれる、著者の「歴史認識」は興味深いです。例えば、

朝鮮半島には、日本やヨーロッパのように武人が支配する封建制国家の歴史がない。中国と 同じように、古代以来の文人官僚が政治を行なう王朝国家が、延々と近世に至るまで続いたのである。併合の主体となった日本は近代国家であったが、併合されたほうの国家の実質は、近代国家でも封建国家でもない王朝国家だったのである。(下線引用者)

李朝は極めて儒教色の強い王朝ですから、政治は科挙に合格した文官による文治主義の王朝、儒教(朱子学)による王朝支配です。半島は古代以来、正史に記録されているだけでも2000年に1000回の異民族による侵略を受けているそうで、高句麗・新羅・百済の三国や統一新羅は、強力な軍事力を持っていたようですが、1300万人の人口を抱える李朝の軍隊はわずか二千数百人?。しかもその軍隊を文官が率いるわけです。

李朝国家では軍事を司る要職のほとんどが文官によって占められており、武官には事実上政府要人への道が閉ざされていた。そして儒教的な文治主義の立場から、外国との間に生じる諸問題の解決は、可能な限り政治的な外交によって処理することがよしとされ、国土の防衛は宗主国である中国に頼る方向で考える傾向を強めた。

 儒教の影響は、思想だけではなく、軍事という国家の安全保障にまで影響を及ぼしていたのです。貧弱な兵力しか持たない李朝は、壬午軍乱、甲申政変、甲午農民戦争でも、清国や日本に出兵を要請する他はなかったわけです。
 アメリカの史家ヘンダーソンによると、李朝が近代と触れるようになる1860年前後の政治と社会は、

「李朝はもはや経済的破産と崩壊の寸前であった。すでに軍事力はほとんどなく、政権の分裂と内紛で行政は麻痺状態となり、慢性的百姓一揆の機運に脅かされていた」(グレゴリー・ヘンダーソン『朝鮮の政治社会』)

という有様。このことは、イザベラ・バード『朝鮮紀行』にも同様の記述があります。

李朝の政治は、徹底的に規格化された制度と画一的な手段を用いての政治だった。それをヘンダーソンは、「すべての非正統的活動」を執拗に排除しようとする「嫉妬深い中央集権主義」 と形容している。
李朝の中央集権主義はまさしくそのように、自らの権力の正統性とそれに基づく「統一性の 威厳」を少しでも損なおうとするものを、執拗に排除し続けたのである
・・・李朝ほど強固で長く統一を保持し続けた王朝国家は例がないと言われるが、李朝の統一は、 社会とか民族とか、大集団の利益の大局的な一致によって維持されたのではなかった。その逆 に、バラバラに分散した個が一様に中央の一点を目指す、「周縁から中心へ」と向かう一極集 中のダイナミズムによって保たれていたのである。
・・・横のつながりを失った無数の小集団(主として家族)が、それぞれ自己の利益を目指し、中心の権威という甘い蜜に向かって猛然と突き進む、という力学によって 維持されたのである。

 李朝を「子孫に悪影響を及ぼした民族的史」「悪遺産」と言ってのけた朴正熙(元大統領)と通じる、韓国人による自己批判です。前段は現在の日韓関係を連想し、後段は古田博司の「ウリとナム」理論そのものです。

 以上が大院君が登場する背景ですが、大院君と閔妃との権力闘争をみるかぎり、その後も同じこと。日本や列強の進出によって政治、経済、社会の混乱はさらに混迷の度を深め、李朝は『韓国併合への道』をたどるわけです。

続きます

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備忘録 本のテキスト化 [日記(2019)]

googleドキュメント1.jpg googleドキュメント2.jpg
 このblogは基本読書感想文のblogですから、本の書抜(青字の部分)が多いです。kindleで読むとハイライトで簡単に書き抜きが出来て便利なんですが、紙の本だとこれが面倒。『源氏物語』はkindle版で読んだので、書抜のオンパレードです(笑。今更なんですが、googleドライブを使うと、本→スキャンPDF→テキスト化が簡単に出来るのですねぇ。

1)プリンタで本のページをPDFで取り込む(jpegもOKらしい)
2)PDFをgoogleドライブにアップロード
3)googleドキュメントで開く
4(私の場合evernoteに)コピ&ペースト

googleドライブの制限が2Mですから、何ページもPDF化すると出来ませんが。引用が多いと文章が煩雑、クドくなりますから程々がイイです。

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韓国の高校歴史教科書 ②《大韓民国臨時政府》 (2006明石書店) [日記(2019)]

韓国の高校歴史教科書 (世界の教科書シリーズ)  日露戦争(教科書では「露日戦争」)から、日本は「日帝」と記されることになります。1905年の第二次日韓協約によって朝鮮は日本の保護国となりますから、韓国にとってははっきり日本帝国の侵略となるわけでしょう。

 「大韓民国臨時政府」なるものが上海に存在したことは、恥ずかしながらこの教科書を読むまで知りませんでした。ド・ゴールのフランス亡命政府、ポーランド亡命政府などは有名すが、「大韓民国臨時政府」は初耳。「大韓帝国」の亡命臨時政府ではなく「大韓民国」の臨時政府です。当時大韓民国ってありました?。高宗がロシア公使館に逃げ込んだ「露館播遷」という亡命政府はありましたが...。教科書によると、

 3/1運動をきっかけにわが民族は組織的に独立運動を推し進め、国民国家建設を効果的に準備する政府を樹立しようとした。ソウルや沿海州、上海にそれぞれ政府が組織され、ついに上海に大韓民国臨時政府を樹立した(1919.9)。
 大韓民国臨時政府は民主主義に立脚した近代憲法を持ち、民主共和制と大統領制を採択した。臨時政府は立法機関である臨時議政院、司法機関である法院[裁判所]、行政機関で国務院を置いて三権分立憲政体制を整えた。

 臨時政府はパリ講和会議に金奎植を代表として派遣しして独立を主張し、アメリカに欧米委員部を置いて李承晩を中心に外交活動を展開し、韓国の独立問題を国際世論に訴えるよう努力した
 自由主義と共和主義を基本理念として標榜した大韓民国臨時政府は、わが民族の主権を代表する政府として機能した。これとともに日帝強占期に独立運動統括する中心機構としての役割も果たした。

 こんな凄い組織があったんですねぇ、知らなかった!。司法機関や行政機関を持ち立憲体制を整えてもそれは上海でのこと、朝鮮国内は日帝の支配下にあり、何の実効も無かったと思うのですが。「大韓民国臨時政府の法統を継承した」と記載されています。現在の大韓民国は日本の敗戦、解放によって生まれたのではなく、この臨時政府から続くということのようです。初代大統領は、臨時政府政府の初代大統領の李承晩。ただ、李承晩は1911年~1945までアメリカに亡命していたわけですが...。上海には臨時政府跡という建物が現存し、 文在寅大統領が訪れています。大韓民国は敗戦によって「棚ぼた」で生まれた(李栄薫)国家ではないということです。
 大韓民国臨時政府は韓国光復軍という軍事組織まで持っています、

1937年に日帝が中日戦争(日中戦争)を引き起こして中国本土を脅かすと、大韓民国臨時政府では、満州地域の独立軍と各地に散らばっていた武装闘争勢力を集めて重慶で韓国光復軍を創設した(1940)。臨時政府が日本に宣戦布告をした後、韓国光復軍は連合軍と共同でミャンマー[ビルマ]戦線に参戦した。また、アメリカと協力して国内侵攻作戦を準備したが、日帝の崩壊によって実現できなかった
 その他に、満州地域では1930年代に入って中国共産党軍と連合した抗日遊撃隊である東北抗日連軍の活動も続いた。そして金元鳳を中心とした義烈団系統の人々は、中国国民党政府の協力を得て朝鮮義勇隊組織し、朝鮮義勇隊から分かれた華北地方の朝鮮独立同盟系列の人々は朝鮮義勇軍を結成し、中国共産党軍と連合して抗日闘争を展開した。

 前段の「連合軍」は中国国民党とことと思われ、国民党軍に加わって戦ったということ。後段の「東北抗日連軍」は中国共産党の軍で、そこに含まれる朝鮮軍は後に金日成の北朝鮮の母体となります。金元鳳は、朝鮮戦争後、北朝鮮で中央委員まで上り詰めた人物です。光復軍とは、南では中国国民党軍の下でビルマ戦線で戦い(9名参加?)、満州では中国共産党軍傘下で抗日闘争をしたのですが、満州の抗日組織が光復軍だったかどうか?。教科書の記述通り、「各地に散らばっていた武装闘争勢力」を大韓民国臨時政府と光復軍という概念で再編集したということではないかと思います。せっかくここまで書いたのですから、南北の分断についてもハッキリ書くべきだと思いますが...。ともかく、これを読めば韓国の高校生は輝かしい民族の歴史を誇りに思うことでしょう。
 「先生!、どうして『極東裁判』に大韓民国臨時政府が登場しないんですか?、中華民国は登場するのに...」と生徒が質問したら、先生はどう答えるのでしょう。

 で従軍慰安婦と徴用工はどうかというと、

日帝は強制徴用によって韓国人労働力を搾取し、学徒志願兵制度、徴兵制度などを実施して数多くの若者を戦争に動員した。また、若い女性を挺身隊という名前で強制動員して軍需工場などで酷使し、その一部は戦線に連行して日本軍慰安婦とする蛮行を犯した。

【読み物資料】日本軍慰安婦の実情
日本の帝国市議は1932年頃から侵略戦争を拡大し、占領地区で「軍人の強姦行為や性病感染を防止し、かつ軍事機密の漏洩を防ぐ」という口実でわが国や中国、台湾および占領地域の10~20万人に及ぶ女性をだましたり、暴力で連行した。彼女たちは満州、中国、ミャンマー(ビルマ)、マレーシア、インドネシア、パプア・ニューギニア、太平洋のさまざまな島や日本、韓国などにある慰安所で人権を剥奪された性的行為を共用された 云々。<韓国挺身隊問題対策協議会教育資料Ⅰ>

 民間団体の「挺対協」(現在は「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶連帯」というそうです)の資料を国定教科書に引用するのはどうかと思いますが、日本の国家的犯罪が堂々と記載されています。この教科書を読むと、大韓民国の輝かしい歴史に感動し、日本人であることが恥ずかしくなります。

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韓国の高校歴史教科書 ①《李朝末期》 (2006明石書店) [日記(2019)]

韓国の高校歴史教科書 (世界の教科書シリーズ)  『 閔妃暗殺』を読むと、李朝末期の政治の腐敗がその後の朝鮮の運命(日韓併合など)を決めたように思います。1961年の軍事クーデターで権力を握り、高度経済成長(漢江の奇跡)を成し遂げた朴正熙は、

李朝史を四色党争、事大主義、両班の安逸な無事主義的生活態度によって後代の子孫に悪影響を及ぼした民族的罪悪史であると考える。時に今日の我々の生活が困難にみちているのは、さながら李朝史の悪遺産そのものである。(朴正熙選集二)

と書いていますが、現代の韓国がこの歴史をどのように評価しているのか気になったので、韓国の高校の歴史教科書を読んでみました。
 教科書は、「先史時代の文化と国家の形成」で古朝鮮が扱われ、「統治機構と政治活動」、「経済構造と経済生活」、「社会構造と社会生活」、「民族文化の発達」と、政治、経済、社会、文化の4分野に分かれ、それぞれの古代~近現代が記されています。私が習った教科書は、飛鳥時代・飛鳥文化、元禄時代・元禄文化と編年体でした。少し変わった構成です。

 李朝は、1392年高麗の李成桂に始まります。士林派と勲旧派の抗争、朋党政治、勢道政治の弊害など当たり前に記されています。いよいよ大院君と閔妃、

興宣大院君は王朝の危機を克服し、失墜した王権を回復しようとした。すなわち、人材の登用、景福宮の再建、備辺司廃止、議政府と三軍府の機能回復・・・ (朋党の巣窟)書院を47ヶ所だけを残して撤廃すると同時に、農民蜂起の原因と目された三政を改革して国家財政を拡充し、民生を安定させようと努力した。
 
 確かにそれはそうなんですが、これではまるで名君。鎖国政策が朝鮮の門戸開放を遅らせたとは書いてますが、キリスト教弾圧で8000人虐殺したとは記されていません。
 閔妃のクーデターは、

1873年に高宗の親政によって興宣大院君が退き、閔氏勢力が権力を握り、開港と通商条約を主張する集団が政治的に成長した。

まさか嫁と舅が争ったとも書けませんから...。壬午軍乱の原因は給与の遅配と汚職、庶民の疲弊なのですが、開化政策の推進過程で疎外された、軍人と下層民が起こしたとなっています、「疎外」です。甲申政変はというと、

開化派政権は3日で倒れてしまった。これは甲申政変が推進勢力の政治・軍事的基盤が弱く、民衆の支持を得ることができず外勢に依存したためだった。しかし、甲申政変は近代国民国家建設を目標とした最初の政治改革運動だったことに意味がある。

この「外勢」とは日本のことで、「政治改革運動」の背後には勢力拡張を目指す日本がいるわけですが、日本の後押しで甲申政変が行われたとは書けなかったのでしょう。甲午農民戦争は、

開化政策の推進にもかかわらず三政の乱れ近代文物の受け入れ各種賠償金の支払い日本の経済的侵入などによって農民層の不安と不満が高まった。政治・社会的意識が急成長した農村知識人と農民による社会変革への欲求も高くなった。このような雰囲気の中で人間の平等と社会改革を主張した東学が三南地方を中心に広がった。
・・・東学農民運動は農民層が伝統的支配体制に反対する改革政治を要求し、外勢の侵略を自主的にはね除けようとした点で下からの反封建的、反侵略的農民運動であった。たとえ当時の執権勢力と日本侵略的勢力の弾圧によって運動自体は失敗したとしても、彼らの要求は甲午改革に部分的に反映された。(下線は引用者)

三政の乱れとはすなわち政治の失敗、近代文物の受け入れ日本の経済的侵入とは開港によるインフレを指します。伝統的支配体制とは「閔氏政権の重税政策、両班たちの間での賄賂と不正収奪の横行(wikipedeia)」を指すわけですが、抽象的に「伝統的支配体制」と言ってしまえば甲午農民戦争の真相は見えてきません。この項にある甲午改革については、

金弘集内閣は農民の不満と改革への要求を反映させようと軍国機務処を設置し、政治、経済、社会など国家の主要政策に対する改革を推し進めた。甲午改革では内閣の権限を強化し、王権を制限した。そして身分制を撤廃し、各種の弊習を打破した。また、銀本位制度と租税金納化を実施し、度支衙門が国家財政管轄するようにした。高宗は改革を積極的に推し進めようと洪範十四条を頒布した。

この文脈では、改革は朝鮮内部から行われたように読めますが、一連の改革案を出したのは公使・大鳥圭介、井上馨です。日本政府は、安全保障(懸念はロシアの南下)のため朝鮮の近代化を目指し改革を推し進めたわけです。改革案は頒布されたものの実行は覚束ず、なし崩し的に葬られます。

『 閔妃暗殺』を読むと、李朝末期は政治的混乱が壬午軍乱、甲申政変、甲午農民戦争を引き起こし、日韓併合に至る朝鮮民族の悲劇と映り、一方、教科書を読むと、朝鮮民衆と開化派による輝かしい改革の歴史だったということになります。韓国の高校生が読めば、誇らしい民族の歴史に勇気百倍となるでしょう。面白いです。
続きます

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角田房子 閔妃暗殺 ④(1988新潮文庫) [日記(2019)]

閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母 (新潮文庫) 日清戦争戯画.jpg

三国干渉
  続きです。日清戦争の本質は、ヴィゴーの戯画が何よりも端的に語っています。日本は大院君を担いで傀儡政権を樹立し、朝鮮政府の要請という名目で清国軍と戦い(清を朝鮮から追い出す)日清戦争を始めます。日本が大国清に勝てると誰も考えていないわけで、大院君も閔妃も傀儡政権の首班も清に「日本軍を追っ払ってくれ」と親書を送ります。平城の清国軍が撤退の時この親書を残していったため、裏切りは日本側に筒抜け。従って、朝鮮側は日本の内政改革案まともに実行する気はありません。
 日本政府は、親日政権に送り込むため甲申政変の生き残りで日本に亡命していた朴泳孝を帰国させます。閔妃は朴泳孝を取り込み、日清戦争で勝利しつつある日本に接近をはかるしたたかさ。
 戦争には勝利したものの、露仏独の「三国干渉」によって、占領した遼東半島を放棄させられます。日清戦争によって国力を使い果たし、三国と事を構える余裕はありません。この「三国干渉」によって、日本の朝鮮での地位は低下、朝鮮は鉄道敷設権などの権益を次々と他国に渡します。下関条約で朝鮮を独立国と謳った手前、朝鮮が他国に権益を渡すことについて、日本は文句が言えません。閔妃は、日本の勢力低下につけこみロシアに近づき、日本政府の下で発せられた内政改革政令は取り消され、親日政権は骨抜きとなります。日本政府は危機感を抱き、これが閔妃暗殺の引き金となったと思われます。

乙末事変(閔妃暗殺)
 日本軍守備隊、領事館警察官、日本人壮士、朝鮮親衛隊、朝鮮訓練隊等が景福宮に突入し閔妃は斬り殺されます。暗殺の黒幕は、当時の朝鮮公使・三浦梧楼、大院君などの説があるようですが、高宗を意のままに操れる閔妃がロシアと結び付き、日清戦争までした朝鮮における日本の地位は風前のともしび。ロシアの進出は日本の安全保障を脅かします。閔妃こそが抵抗勢力と考えた三浦に、”閔妃を除く”という発想が生まれるわけです。暗殺に至る政治的状況を見ると三浦梧楼説が濃厚、ほぼ定説です。

 日清戦争後の朝鮮外交の失敗により、朝鮮公使は井上馨から三浦梧楼(陸軍中将)に替わります。三浦は公使になるにあたって、1)日本が朝鮮の防衛及び改革を担当する、2)列強と共同で保護する、3)列強が反対し戦争の危機となれば、列強の一国(ロシア?)と朝鮮を分割統治する、の三案を政府に提出し承認を得ようとします。1)は日韓併合となって現実のものとなり、2)は朝鮮戦争後の国連支配、3)は現在の半島の状況と、三浦の提案は後日実現されたことになります。政府は三浦の提案に回答せず、三浦は公使を辞退しますがけっきょく受諾させられます。

政府無方針のままに渡韓する以上は、臨機応変、自分で自由にやるほかはないと決心して赴任したと、のちに彼は書いている。
 日本の各界が朝鮮へかける期待を、三浦は充分に知っていた。それに答える道は王妃暗殺以外にないと、この時彼は心を決したのだ。

というのが著者の推測です。著者はまた閔妃暗殺に関わった新聞「漢城新報」の小早川秀雄は手記を引用して、

「日本の温和な対韓外交では、とうていロシアに対抗することは出来ない・・・これに対処する道はいずれにあるのか、ただ非常の手段に訴えて露韓の関係を断ち切り、ロシアの頼るところ失わせるほか、ほかに道はないのである。言いかえれば、宮中の中心であり、代表者である閔后を除いて、ロシアの結託すべき当事者を失わせるほか、他に良策はない。」
・・・このように(事件に関わった日本人)全員が「閔妃暗殺は、日本の将来に大いに貢献する快挙であると」と信じて、一点の疑いも抱いてはいなかった。

と記します。
 事変後、三浦は大院君を執政に親日派金弘集を首班に内閣を改造し、大院君の長男を宮内大臣据え、王宮の警固に日本の指導で設立された訓練隊あてます。日本公使・三浦のクーデターというほかは無いです。この事変に日本政府が関わっていたのかどうか?。政府は小村寿太郎をソウルに派遣し、三浦始め関係者48人を召喚し広島に収監します。彼らは凱旋軍として迎えられ、広島地裁で始まった裁判では全員が無罪、免訴となり、朝鮮政府は朝鮮人の犯人を捕らえて処刑し事件の幕引きを図ります。政府中枢の関与の証拠はありませんが、国家による犯罪とされても致し方ありません。大院君を担ぎ出した岡本柳之助と陸奥宗光の関係から陸奥はこれを知っていた、知っていて政府に報告しなかった、というのが著者の推理です。
 日本には日本の事情があるわけですが、日本公使が日本軍を使って他国の王妃を殺すわけですから、国家の犯罪と言われても仕方がありません。

 本書に沿って李朝末期の日韓関係を見てきました。眼を覆いたくなるのは、王権の復活に腐心する大院君、私利私欲に走る閔妃の国民を置き忘れた権力抗争。それを許した李朝政府(宮中の両班階級)の当事者意識の欠如と腐敗。そもそも、李朝末期に朝鮮に国家、国民という認識があったのか?。朝鮮は国家だったのか?という疑問です。軍という暴力組織を独占し官僚組織を持っていますから、一応国家ですが近代国家とは言えなさそう。日韓併合が無かったとしても、19~20世紀の帝国主義、植民地主義時代に、朝鮮が国家として生き残れたかどうかははなはだ疑問です。『閔妃暗殺』やっと読了、面白かったです。

閔妃暗殺
 ①大院君、閔妃
 ②江華島事件、壬午軍乱
 ③甲申政変、甲午農民戦争 →日清戦争
 ④三国干渉、乙末事変 ・・・このページ

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備忘録 word2003で年賀状 差し込み印刷 [日記(2019)]

1)スタート              2)ツール→差し込み印刷→はがき印刷
備忘録1.jpg
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 年賀状の季節です。未だ16年前のoffice2003を使い続けています(笑。windows10でWord、Excelが不自由なく使えるので最新版の購入を控えています。
 葉書の印刷など年に1回のことで、毎年この季節になると”差し込み印刷”を忘れアタフタ →来年用に備忘録として遺しておきます。来年はSNSに移行していいかも...。
3)宛名面の作成            4)ウィザード起動
備忘録3.jpg 備忘録4.jpg
5)はがき種類の選択          6)縦書き、横書きの選択
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7)フォントの指定           8)差出人入力
備忘録7.jpg 備忘8.jpg
9)差し込み印刷機能の使用       10)住所録の選択
備忘9.jpg 備忘9-1.jpg
 11)完成
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 印刷ですが、プリンタに葉書入れるとき何時も失敗、印刷面を下、郵便番号が奥です。
 宛名印刷              文面印刷
プリンタ1.jpg プリンタ2.jpg


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HUAWEI P20 Lite いろいろ撮影 (2) [日記(2019)]

IMG_20191222_193102.jpg 1576754589049 (1).jpg
IMG_20190724_145130.jpg IMG_20190726_085829.jpg 
セミ.jpg IMG_20191222_184301.jpg
 スマホをWレンズのHUAWEI P20 Liteに替えて、simカットしたりPOBox入れたり半年遊んできました。期待のカメラはというと、暗いところは弱い、AFがイマイチで奥さんのiPhoneには負けます。初代Xperia Zよりはいいですが...。5Gが普及するまでコレ使います。

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角田房子 閔妃暗殺 ③(1988新潮文庫) [日記(2019)]

閔妃(ミンビ)暗殺―朝鮮王朝末期の国母 (新潮文庫)  続きです。
甲申政変(1884)
 壬午軍乱の「済物浦条約」によって朝鮮上流階級の子弟が日本に留学します。日本の近代化を目の当たりにした彼らは、金玉均、朴泳孝等急進的開化派が中心となって、明治維新をモデルとした新政権樹立を目指します。金玉均は、福沢諭吉、征韓論に破れて野にあった後藤象二郎と気脈を通じクーデターを企てます。当時の朝鮮は、清の送り込んだ袁世凱と、元ドイツ天津領事のメレンドルフが閔妃一派と結んで勢力を広げています。メレンドルフは税関を握り、悪貨を鋳造して富は閔妃に流れ込み、相変わらずの国民を置き去りにした政治によって、インフレで庶民の生活は苦しくなる一方。

 清の駐留軍の半数が引き上げたのを機に、金玉均は日本駐留軍を頼りにクーデターを決行します。クーデター派をは金玉均、朴泳孝を中心に陸軍に留学していた将校14人と開化派が加わった四十数名。彼らが頼みとするのは公使館日本兵150、一方の清の兵は1500。王宮にダイナマイトを投げ入れ、政府要人を暗殺し、事大党と清国軍の反乱と考えた高宗は日本軍の出動を要請します。一方、開化派のクーデターと知った閔妃は清国軍の出動を要請します。任午軍乱でもそうですが、朝鮮は自ら戦わず常に宗主国清や日本に援助を求めます。1500の清国軍の前にクーデターは文字通りの三日天下に終わり、金玉均等は日本に亡命します。閔妃の怒りは凄まじく、クーデター派は家族も三等親までも処刑されるという苛烈なもので、日本亡命者には刺客が送られ、金玉均は政変10年後の1894年に上海で射殺されます。

 政変によって公邸を焼き討ちされ自国民を殺された日本は、朝鮮と漢城条約、清とは天津条約を結び決着を見ますが、天津条約の”朝鮮に出兵する際には相互が通告し合う”という条項が後の日清戦争の引き金となります。壬午軍乱、甲申政変の2度の失政によって朝鮮における清の影響力は増大し、主権を失ったも同然の朝鮮は、第三国ロシアに接近し露朝密約事件を起こします。清は親露政策を牽制するために、1885年壬午軍乱で天津に拉致した大院君を帰国させます。大院君が復活し次は閔妃とどんな権力闘争劇を見せてくれるのか?と期待するほどに、朝鮮の歴史は面白いです。そこにはむき出しの権力欲と憎悪しか無く、政治というものはありません。その権力闘争に宗主国・清、日本、ロシアが絡むわけですから、面白さ倍増。

甲午農民戦争(1894)→日清戦争
 1894年2月、全羅道を中心に甲午農民戦争が勃発します。開国によるインフレに干ばつが追い打ちをかけ、疲弊した農民による反乱が各地に起こり、全羅道では、汚職で悪名高い管理が税を滞納した農民を極刑に処したことをきっかけに、大規模な農民一揆が起こります。壬午軍乱も汚職が引き金ですから、この国の病弊は根深いものがあります。これを東学党の全琫準が指導して全羅道の首都・全州一体を占拠します(5月)。朝鮮政府は一揆を鎮圧出来ず、またも宗主国清に救援を求め、日本政府も天津条約に基づいて朝鮮に派兵します。日本は、壬午軍乱と甲申政変で後退した朝鮮のヘゲモニーを取り戻す絶好の機会と考えたわけです。李朝の政争に日清露が加わり、さらに農民が反旗を翻すのですから、朝鮮史はドラマです。

 日本政府は6/2には混成旅団(8,000人)を派遣する方針を決定し、6/5には大本営を設置していますから清とことを構える戦争は前提。6/8に清国兵2800が牙山に上陸したため、6/11には大鳥圭介公使が兵400とソウル入城、6/16には混成旅団の半数が仁川に上陸と完全に戦争モード全開。6/11には東学党と農民が全州を退去(全州和約)していますから農民戦争は終わっていますから、仁川上陸は日本の侵略です。日本は、反乱鎮圧を機に朝鮮に出兵し、武力を背景に親日政権を樹立、清に代わって半島に覇を立てようとしたわけです。そのために清国の反対を押し切って大院君を担ぎ出し傀儡政権を発足させ、新政権に清軍を掃討するよう依頼させ、8月1日に日清戦争が勃発します。日清戦争を日本の世論はどう見ていたのか?、

 日本人のほとんどすべてが、これ(日清戦争)を”義戦”と考えていた。長年にわたり弱い朝鮮をいじめてきた横暴な清国を懲らし、朝鮮の独立を助けるため、力を貸そうーーというものである。
 ・・・金玉均や朴泳孝ら独立党の目的は内政を刷新し、清国との宗族関係を断ち切って朝鮮の自主独立を達成することであった。そのために彼らは日本の支持、協力を期待したのだが、当時の日本にはまだ清国と戦う力がなかったーーといういきさつが”義戦”の前提になっている。ともあれ、甲申政変はその後の日本の朝鮮干渉に道徳的な色をつけ、また国権拡張論者に夢をいだかせることにもなった。

 政府は侵略を意図し、国民はこれを義戦と考えていたようです。日本は、甲午農民戦争をダシに朝鮮に出兵し、日清戦争を起こして清から朝鮮を切り離し日本の支配下におきます。侵略には違いないわけですが、壬午軍乱→甲申政変→甲午農民戦争を見てくると、当事者能力を欠いた朝鮮が自ら招いた結果とも言えるでしょう。

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