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映画 ミケランジェロの暗号(2011墺) [日記 (2020)]

ミケランジェロの暗号 [DVD]  原題”Mein bester Feind”、my best friendで親友。「親友」ではタイトルとして弱いので、『ダ・ヴィンチ・コード』を連想する邦題を付けたのでしょうね。ミケランジェロの絵がストーリーの鍵ですから間違いではないのですが、タイトルとしては「親友」の方がストーリーを正確に表しています。いわゆるナチスものです。

 舞台は1943年、ナチス支配下にあるウィーン。ことの発端は、ユダヤ人で画廊の経営者カウフマンの所有するミケランジェロの絵画。ヒトラーがこの絵をムッソリーニにプレゼントするとかで、ウィーンのナチスが徴発を企てます。ナチスと美術品略奪は、ヒトラーが落第画家でゲーリングが美術収集家だったこともあり、映画の格好のテーマのようです。

 ナチスがカウフマンからミケランジェロを奪おうとしたのは、親衛隊(SS)の大尉となったカウフマンの使用人の息子スメカルがチクったため。カウフマンは、贋作をこしらえて本物を隠匿し収容所送りとなって死にます。この本物のミケランジェロを巡ってカウフマンの息子ヴィクトル(モーリッツ・ブライプトロイ)とSS大尉スメカルがしのぎを削ると言うストーリー。ヴィクトルとスメカルの幼馴染み同士(Mein bester Feind)が、片やユダヤ人、片やナチス親衛隊という時代の枠組みの中で争うことになります。裕福なユダヤ人とその使用人という立場が、ナチスの台頭によって逆転します。悪役スメカルは、ヴィクトルを売りその許嫁のレナを横取り、ヴィクトルは収容所送りとなるという類型的な設定です。

 もうひとつヒネリがあって、スメカルがヴィクトルを護送する飛行機がポーランドの山中に墜落します。レジスタンスに捕まればSSは殺されるとか何とかヴィクトルに脅されて、二人は服を交換しユダヤ人とSSが入れ替わります→ここがキモ。ところが救出に現れたのはドイツ兵で、これ幸いとヴィクトルはSS大尉スメカルになりすまし、スメカルはユダヤ人ヴィクトルとなってストーリーは進行します。一度逆転したふたりの人生が再度逆転。ドイツ軍のエリートSSの制服に身を固めたユダヤ人ヴィクトルはスメカルに言います、「おまえが親衛隊に入った気持ちが分かる」と。これを突っ込めばナチズムの本質に迫れるのですが、サスペンス映画ですからそれはナシw。
 で、入れ替わったヴィクトルとスメカルはどうなるのか、ミケランジェロは何処に隠されたのか?…、という映画です。ユダヤ人とナチス親衛隊大尉が入れ替わるという設定は面白く、これをツッコめばいい映画になったと想うのですが、惜しい。

監督:ヴォルフガング・ムルンベルガー
出演:モーリッツ・ブライプトロイ、ゲオルク・フリードリヒ

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映画 ターミネーター: ニュー・フェイト(2019米) [日記 (2020)]

ターミネーター:ニュー・フェイト [AmazonDVDコレクション]  原題、"Terminator: Dark Fate"。今更ですが『ターミネーター: ニュー・フェイト』を観ました。『スターウォーズ』『ジュラシックパーク』などシリーズの最新作がいまいち面白くないので、『ターミネター』もスルーしてました。暇つぶしに観たのですがマァマァ面白いです。何と、あのサラ・コナー(リンダ・ハミルトン)が帰って来ます。冒頭、サラの目の前でターミネーターT-800(シュワルツェネッガー)がジョン・コナーを殺すシーンがありますが。リンダ・ハミルトン、シュワルツェネッガー、 エドワード・ファーロング(ジョン・コナー)もCGだそうです。近い将来、キャサリン・ヘプバーン、イングリッド・バーグマンのオールCGの映画が生まれてきそうです。

 溶鉱炉で溶かされたT-800が再登場しジョン・コナーが死にますから、『ニュー・フェイト』はシリーズとは別物、パラレルワールドでしょうね。パラレルワールドと言ってしまえば、まぁ何でもアリです。『ニュー・フェイト』の目玉は何と言っても28年振りのリンダ・ハミルトン、それとグレース役のマッケンジー・デイヴィス。180cmに近い身長とボーイッシュな風貌はなかなか魅力的です。

 機械文明が人類抹殺を目論む世界は同じですが、パラレルワールドですから、「スカイネット」に相当するのは「リージョン」。未来世界の抵抗軍のリーダーを抹殺するため、リージョンからターミネーターRev-9が、抵抗軍からもターミネーターを阻止するアンドロイドが送り込まれます。で、ターミネーターvs.アンドロイド+サラ・コナー&T-800のお馴染みのバトルが繰り広げられます。

 T-800は溶鉱炉で溶かされていますが、パラレルワールドのT-800(シュワルツェネッガー)は健在という設定です。T-800→ジョン・コナーの母親サラ・コナーという構図が、『ニューフェイト』ではRev-9 →メキシコ人の女性ダニーとなります。ダニーは未来の抵抗軍リーダーの母親かというとそうではなく、グレースそのものがリーダー。グレースはそのダニーに助けられ抵抗軍に加わったという因縁で、ダニー救出に「この世界」に送り込まれたわけです。

 『ニュー・フェイト』は『ターミネーター2』の正統な続編と人気が高いようですが、続編ではなくパラレルワールドを使ったコピー、良く言えばオマージュ。それ故、原題”Dark Fate”を「ニューフェイト」とした邦題は当たっています。

監督:ティム・ミラー
出演:リンダ・ハミルトン、アーノルド・シュワルツェネッガー、マッケンジー・デイヴィス、ナタリア・レイエス

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雑感 手帳とカレンダー [日記 (2020)]

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 palm          zaurus             WindowsMobile
 12月になると、来年の手帳とカレンダーの算段をすることになります。
 手帳は見開きページが1ヶ月の仕様のバインダー式を使って来ました。システム手帳が流行った頃は、会議に出ると全員システム手帳を広げていました。例にもれずこの手帳を使ったのですが、結局ポケットに入るバインダー式手帳に戻り、199X年頃、PDA( WorkPad)を使うようになって紙の手帳とはオサラバ、Palm→Zaurus→WindowsMobile→Androidとずっと電子手帳。今では会議も無いので、予定表は日記代わりです。トピックを写真に撮っておけばgoogleさんが教えてくれるので、日記はそっちの方が便利ですが。

 電子手帳でよく使ったのは、SonyのClieと京セラw-zero3es。w-zero3esはウィルコムのPHSでネットワークに繋がり、PCと連携でき(当然通話も)、スマートフォンのはしりです。今では当たり前の話しですが、新幹線の中から出張報告を送るなど便利でした。一度スマホのカレンダーを使うと紙の手帳には戻れません。文字入力はハードkeyが一番ですが(会議でメモを取ると、よくゲームと間違われましたw)、ハードkeyのスマホは売っていません。古い映画で登場するスマホはたいていBlackBerry、2021年に5G対応のハードkeyのBlackBerryが発売されるらしく楽しみです。

 スマホの予定表(カレンダー)のメリットは、電子データとして残ること、PCと共有できること、予定をメールで教えてくれることに尽きます。もう一生紙の手帳を買うことは無いでしょうねぇ。壁に掛けるカレンダーはやはり必要で、銀行から貰ってきますw。

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絵日記 紅葉 [日記 (2020)]

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庭の紅葉                メタセコイアのオレンジ絨毯

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映画 『ザ・ロード』『ザ・ウォーカー』『ウォーキング・デッド』 [日記 (2020)]

ザ・ロード スペシャル・プライス [DVD] ザ・ウォーカー [DVD] ウォーキング・デッド コンパクト DVD-BOX シーズン1 ザ・ロード (ハヤカワepi文庫)







 映画を見れば原作が気になり、原作を読めば、映画が気になります。ピューリッツァー賞作、コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(2006)の映画化の話です。この『ザ・ロード』を原作に2本の映画『ザ・ロード』と『ザ・ウォーカー』が作られています。

ザ・ロード(2009米)
 原作に忠実な父と子の物語。動植物が死に絶え、わずかに生き残った人類は食料を求めて略奪と殺人が横行する世界を、父親と幼い息子が南を目指す、どちらかというとサバイバル映画。父親が息子を護り、息子も父親に応える父子情愛のストーリーです。小説の宗教色は希薄で、まして、回想で登場するシャーリーズ・セロンの不倫などは描かれていません。

 冒頭に「エレミア書」19章6が出てきます。検索すると「大いなる者も小さき者も、この地に死ぬ。彼らは葬られず、また彼らのために悲しむ者もなく、自分の身を傷つける者もなく、髪をそる者もない。」とあります。分かりやすいですが、原作の「神」のイメージではありません。マッ、これはこれで「父と息子」の映画としては鑑賞に耐える映画です。出演者はスターが揃っています。

監督:ジョン・ヒルコート
出演:ヴィゴ・モーテンセン、コディ・スミット=マクフィー、シャーリーズ・セロン、 ロバート・デュヴァル、ガイ・ピアース

ザ・ウォーカー(2010米)
 息子は登場せず、原作の「火を運ぶ」というモチーフを活かし、主人公が滅んだ世界で聖書を復刊させるという物語です。『ザ・ロード』を原作とした旨の注釈はありませんが、デンゼル・ワシントン演じる主人公に原作に登場する老人イーライの名を与えていますから、『ザ・ロード』が原作・原案です。また原作の「火を運ぶ」というキーワードは、イーライが運ぶ「聖書」という具体的な姿が与えられ、父と子は南を目指し、イーライは西を目指します。
 それだけでは面白くないので、聖書を探す街のボス、ゲイリー・オールドマンを登場させます。オールドマンの役柄は、聖書を使ってイエス、民衆の支配者となること。宗教が支配のアイコンだというアイロニーが面白い!。『JFK』でオズワルド、ドラキュラ伯を経て『レオン』で麻薬中毒の刑事で世に出たゲイリー・オールドマンは、こういうひとクセのある役はピッタリ。原作を換骨奪胎?、イーライは剣の達人でならず者を斬り殺し、オールドマンは改造車を駆って機関銃をブッ放しとエンタメ性も盛り沢山。聖書は点字で書かれており、オールドマンには読めなかったというオチも拍手喝采。映画としてこちらの方がはるかに白いです。

監督:アルバート・ヒューズ アレン・ヒューズ
出演:デンゼル・ワシントン ゲイリー・オールドマン ミラ・キュニス

ドラマ・ウォーキング・デッド(2010米)
 このドラマもやはり『ザ・ロード』の影響がありそうです。ゾンビによって破滅した世界のサバイバルですが、父親リック(アンドリュー・リンカーン)、息子カールの父子の情愛というものがテーマのひとつとなっています。面白いのは、原作にある母親の不倫が描かれること。夫が死んだと思ったカールの母親は、母子を守る夫の同僚シェーンと関係し、夫が戻った後、娘を出産します。リックはシェーンの子かも知れな娘を育てます。
 もっともシーズン10(2019)まであるシリーズモノですから、様々な人と出会い、共同体同士の抗争が繰り広げられる群像劇に発展します。

 2007年にピューリッツァー賞を受賞しベストセラーとなった『ザ・ロード』のインパクトは大きかったと言えます。

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コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』(2010ハヤカワ文庫) [日記 (2020)]

ザ・ロード (ハヤカワepi文庫) 父と子
 舞台は、天変地異(たぶん巨大隕石の衝突)によって地上の動植物が死に絶えたアメリカ大陸。空は分厚い雲で覆われて陽は射さず、気温は下がり、灰の降る世界。わずかに生き残った人類は食料を求めて略奪と殺人、食人まで犯す世界を、父親と幼い息子がショッピングカートに身の回りの品と食料を積み南を目指すロードノヴェル、ディストピア小説です。父親にとって息子は生きる糧であり、神無き世界で、父親が息子を護り共に生き延びる物語です。

 灰の降る草木の死に絶えたモノクロームの世界で、父と子は廃屋を漁って食料を得て露命をつなぎます。父親は最後のココアを息子に与えますが、息子はルール違反だと言って自分のココアの半分を父親のカップに注ぎます。父子は何事も分け合って生きるという約束があったようです。途中で同じ年頃の少年を見かけ、

少年が上着を引っぱる。パパ、という。
なんだい?
あの子のことが心配だよ。
わかってる。でも大丈夫だよ。
探しにいこうよ、パパ。あの子を見つけて一緒に連れていこうよ。あの子も犬も一緒に連れていこうよ。犬は食べ物を見つけてくれるよ。
駄目だ。
ぼくの食べ物の半分をあの子にあげるよ。
やめなさい。無理なんだ。
少年はまた泣きだした。あの子はどうなるの? 泣きじゃくった。あの子はどうなるの?あのこはどうなっちゃうの?

 この息子の優しさは、途中で出会った老人(イーライ)にも向けられ、父親は息子に促されて老人に食料を分け与えます。息子は世界が破滅して後に生まれていますから、父親の背を見て成長したことになります。父親の愛情によって「純粋培養」の結果出来上がった人格です。弱肉強食、略奪と殺人、人が人を喰う過酷な環境で、天使のような子供が育ったことになります。
 回想に登場する母親は、この世界で息子を育てることに反対し、夫に一家心中を迫ります。

いつかは連中があたしたちを捕まえて殺す。あたしをレイプする。あの子をレイプする。いずれ連中があたしたちをレイプして殺して食べるってことをあなたは正面から認めようとしない。それが起こるのを待つほうがいいと思ってる。でもあたしには無理。できない。
あたしのことをふしだらな浮気女だと思ってくれていい。あたしは愛人を作ったのよ。あなたがくれないものをくれる愛人を。

 母親は世界に絶望してふたりと別れ(おそらく)自殺しています。唐突に語られる母親の不倫は、息子が生まれる前のことであれば、父親は他人の子を息子として愛情をそそいでいる可能性があります。

一ついえるのは自分のためだと生き延びられないってことね。・・・誰もいない人はそこそこ出来のいい幻をこしらえたほうがいい。それに命を息を吹きこんで愛の言葉で機嫌をとるのよ。幻のパン屑を食べさせ自分の身体を張って危険から守ってやる。でもあたしのただ一つの希望は永遠の無で、それを心から望んでいるわ。

 子供を産めば母性本能が生まれ筈、母親は自分の心は息子を出産した夜に死んだと言っていますから、息子は不義の子であると思われます。「出来のいい幻」とは、弱肉強食のこの世界で、身体を張って他人の子を息子として護り育てていることでしょう。だから母親は夫と息子を捨てて自殺の道を選んだとも言えます。とするなら、この物語は「父と子」の物語ではなく、「人と人」の物語ということになります。

火を運ぶ者

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三島由紀夫 金閣寺 ③ 南泉斬猫 (1960新潮文庫) [日記 (2020)]

金閣寺 (新潮文庫) 続きです。
老師
 金閣寺の老師は、溝口を金閣寺に引き取り、ゆくゆくは後継者にするため大谷大学に進学させます。戦争が終わり、拝観が増えることを見越して拝観料を値上げし、祇園で芸妓と遊ぶ、世智に長けた人物として描かれます。溝口が、吃音症のために踏み込むこと出来ない外界の象徴です。大人しく修行を積めば金閣寺の住職になれるわけですが、溝口は寺から放逐されることを望むかのように老師に挑みます。

 溝口は、新聞に老師の馴染みの芸妓のプロマイドを挟んで渡します。犯人が溝口であることが容易に分かるこの行動は、老師の芸者遊びを告発することが目的ではなく、私を罰して下さいと言っていることに他なりません。また、金閣寺を訪れた米兵の女の腹を踏み付け流産させます。老師はこの事件を金で解決しますが、溝口への叱責はありません。大学をサボって退学寸前、柏木から借金して出奔、その借金を老師に肩代わりさせるなど、自滅への道をまっしぐら。
 溝口は老師からの激しい叱責、寺からの放逐を望んでいたのです。外界に至る扉の鍵はまたも開かなかったのです。老師は、柏木からの借金を清算してやったばかりか、大学の授業料まで溝口に渡します。溝口はこの金を懐に、鍵を開くために「有為子のいる」五番町に行きます。

南泉斬猫
 禅の公案「南泉斬猫」が3箇所出てきます。「南泉斬猫」は、寺に迷い込んだ猫をめぐって争いがおこり、南泉和尚は猫を切って捨てます。和尚が事の次第を弟子の趙州に話すと、趙州は履物を脱いで頭に載せて出ていったというエピソードです。柏木は、認識だけが世界を(理解して)変貌させ得るとした上で、「南泉斬猫」について言います、

君の好きな美的なものは、認識に守られて眠りを負っているものだと思わないかね。 いつか話した『南泉斬猫』のあの猫だよ。

 行為者である南泉和尚は、人を惑わす猫=美を斬って捨て、趙州は、猫=美など人間精神の中で「認識に委託された残りの部分、剰余の部分の幻影」という取るに足りないありふれたものなんだと。だから趙州は、誰もが履いている履頭にを載せたんだ、と言います。

この幻影を力強くし、能うかぎりの現実性を賦与するのはやはり認識だよ。認識にとって美は決して慰藉ではない。女であり、妻でもあるだろうが、慰藉ではない。・・・しかしこの決して慰藉ではないところ の美的なものと、認識との結婚からは何ものかが生れる。はかない、あぶくみたいな、どうしようもないものだが、何ものかが生れる。世間で芸術と呼んでいるのはそれさ。

溝口よ、美が幻想であるなら、おまえも南泉和尚にように猫を斬って捨てるか、趙州のように履物を脱いで頭に載せて(外界へ)出ていけ、と言っているのでしょう。

 溝口は、世界を変貌させるのは認識ではな<行為>だと言い、「美的なものは、もう僕にとっては怨敵なんだ」と柏木に返します。南泉和尚=溝口、趙州=柏木という構図でしょうか?。

五番町
 溝口が外界と関わりを持とうと働きかける時に金閣が現れ、外界への扉は固く閉じられます。青春小説ですからそれは女性です。嵐山で柏木の下宿の娘を前に金閣が顕れ、南禅寺山門で見た和服の女性に出会い、女性の乳房は金閣に変貌し不能となります。溝口は外界との扉の鍵を得るため、大学の授業料を持って「五番町」へ急ぎます。
 当たり前のことですが、娼家では吃音症の貧しい学僧の溝口は普通のひとりの男として扱われます。

私からは吃りが脱ぎ去られ、醜さや貧しさが脱ぎ去られ、かくて脱衣のあとにも、数限りない脱衣が重ねられた。私はたしかに快感に到達していたが、その快感を味わっているのが私だとは信じられなかった。遠いところで、私を疎外している感覚が湧き立ち、やがて崩折れた。
・・・乳房は私のすぐ前に在って汗ばんでいた。決して金閣に変貌したりすることのない唯の肉である。私はおそるおそる指先でそれに触った。

 娼婦の乳房は金閣に変貌せず、溝口は外界への扉の鍵を手に入れたことになります。

「こんなもの、珍らしいの」
まり子(娼婦)はそう言って身をもたげ、小動物をあやすように、自分の乳房をじっと見て軽く揺った。私はその肉のたゆたいから、舞鶴湾の夕日を思い出した。夕日のうつろいやすさと肉のうつろいやすさが、私の心の中で結合したのだと思われる。そしてこの目前の肉も夕日のように、やがて幾重の夕雲に包まれ、夜の墓穴深く横たわるという想像が、私に安堵を与えた。

 金閣寺炎上まではあと少し。

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サラ・ウォーターズ 黄昏の彼女たち 下(2016創元推理文庫) [日記 (2020)]

黄昏の彼女たち 下 (創元推理文庫)  上巻400ページ、フランシスとリリアンの”レズ”小説を読まされましたが(何度も放棄しそうになった)、

わたしはあなたをレナードと共有しなきゃいけないの?(フランシス)
ときどき思うわ、死んでくれればいいのにって(リリアン)

という会話となり、いよいよ事件が起こります。

 リリアンが妊娠します。妊娠は新しい生活を目論むふたりにとって障害となり、リリアンは堕胎を考えます。フランシスは老いた母親を捨て、リリアンは夫を捨て、さらに子供まで殺すわけです。女性同士であっても恋というものは排他的かつエゴイスティックなもの、まぁ小説の世界ですが。薬を飲んでの堕胎の描写は壮絶、何しろ女の「生理」の話ですから男にとってはちょっと…。堕胎の始末の最中にレナードが帰宅し、すべてバレたふたりは関係を告白し、リリアンは夫に離婚を突きつけます。

 事の次第を知って怒り狂ったレナードはフランシスに掴みかかり、あわてたリリアンは手近の灰皿でレナードの頭を殴りあっけなく死にます。「痴情」の果の子殺し夫殺しとなるわけですが、文学ジャンルでは無くサスペンスですから難しい話は無く、単なる過失致死。ジェンダーのサスペンスですから、男性の扱いは至って軽いですw。
 ふたりは死体を階下に運び下ろし道路に横たえ、足を滑らせて頭を打った、または暴漢に襲われた風をよそおいます。殺人のダメージが残る女ふたりが、男の死体を始末するのですから骨が折れます。作者の筆力でなかなかの読み応えアリ。死体の始末の伴う殺人は、割に合わない犯罪です。

 ここから、警察の操作の手が如何にフランシスとリリアンに伸びるかという倒叙ミステリーとなります。警察は、レナードの死が事故ではなく殺人と断定します。殺人の夜レナードと過ごした友人の証言で犯行時刻が後ろにズレ、フランシスとリリアンにアリバイが生まれます。警察はレナードとリリアンの結婚が上手く行ってなかっとことを突き止め、リリアンの男性関係に的を絞ってきます。レナードが多額の生命保険に入っていたことが明らかになり、不倫の果てにリリアンとその相手による殺人という核心に迫ってきます。問題は不倫の相手が「女性」であるということを突き止めることが出来るのか?。

 作者はもうひとつ仕掛けを用意します。レナード殺害容疑で19歳の青年が逮捕されます。レナードはこの青年の恋人と不倫関係にあり、そのために青年はレナード殺害に及んだと警察は考えます。リリアンは夫の不倫を知っていたことをフランシスに告白します。事実は、怒りに任せてレナードがフランシスに掴みかかり、リリアンが手近の灰皿でレナードの頭を殴ったのですが、不倫を知っていたリリアンはレナードを「殺した」、という可能性があります。不倫の夫と子供を殺し保険金を手に自由を得るというストーリーです。
 無実の青年に罪をかぶせてフランシスとリリアンは殺人の罪から逃れ、新しい生活を始めるのか、はたまた良心の呵責に耐えきれず、フランシスとリリアンのどちらかが自首するのかストーリーは混沌。。

 『黄昏の彼女たち』にオチはありません。延々とレスビアン小説を読まされ、殺人事件が起こったにも関わらず、です。『荊の城』『エアーズ家の没落』は面白かったのですが本書はイマイチで、作者の筆力で最後まで読ませますが…。

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サラ・ウォーターズ 黄昏の彼女たち 上 (2016創元推理文庫) [日記 (2020)]

黄昏の彼女たち 上 (創元推理文庫)  戦争(第一次世界大戦)が終わってから4年とありますから1922年、舞台はロンドン郊外。父親と(戦争で)兄弟を亡くし母親と二人暮らす26歳のオールドミス、フランシスの物語です。『エアーズ家の没落』と設定がちょっと似ています。

 フランシスは屋敷を維持するために下宿人を置きます(没落上流階級?)。下宿人はシティーに勤めるレナードとリリアン、25歳と22歳の若い夫婦。母親と静かに暮らしてきた屋敷に他人を迎い入れたわけですから、フランシスの心は穏やかではありません。キャプションによると「心理の綾を丹念に描く」ということになるのでしょうが、ミステリーを期待している読者は、特に男性は、オールドミスの「心理の綾」を読まされイライラします。その綾というのが、フランシスのリリアンへの傾斜。スカートからチラリと見えるリリアンの脚にドキドキし、何かの拍子に顔が近づくとクラッとし、同性愛を公言している作者ですから、これはレスビアンのミステリー小説か?。登場人物も、レーナードを除いてほぼ女性。この唯一の男性も、狷介な俗物とクソミソに描かれます。この「心理の綾」を250ページ読まされてはたまりません。
 リリアンは、パーティのためにフランシスの古いドレスを直し、髪を切ってカールする等など少女漫画調で…ともかく殺人事件が起こるまではじっと我慢ですw。

 フランシスとレナード、リリアンが酒を飲んでゲームを始める辺りから少し雲行きが変わってきます。罰ゲームで歌を歌ったり服を一枚づつ脱ぐという猥雑なゲーム。レナードを敵役としてフランシスとリリアンは接近します。リリアンはレナードの子供を妊り(結果は流産)結婚したこと、そのためレナードの身内は彼女に辛く当たりそれが結婚生活に影を落としていることを語り、フランシスは同性愛の過去を告白します。ひとつ屋根の下で暮らしていますから、レナードと母親の目を盗んで手を握り合いキスし、友情は同性愛に発展しポルノまがいの描写まで飛び出します。こういう小説もアリなんでしょう。

 現代であれば多様性、LGBTと許容されるふたりの関係も、100年前の話ですから、許されざる恋。夫と母親に隠れて逢引するフランシスとリリアンの関係は、当たり前ですが、これはもう立派な恋。おまけにリリアンは既婚ですから、恋の相手が女性であっても立派な不倫。フランシスは次第にレナードへの嫉妬に苦しめられ、ふたりで暮らそう、と迫ります。これは立派な三角関係。上巻400ページにわたって延々と繰り広げられる「少女漫画」は、不倫の果の「恋の道行き」への導入だったことになります。

 ミステリーを期待してここまで読んできたんですが、殺人事件も起きず、延々フランシスとリリアンの同性愛を読まされました。ミステリー作家サラ・ウォーターズですから、このまま終わるわけは無いはず。恋の邪魔者リリアンの夫レナード殺害が起きる筈です。

わたしはあなたをレナードと共有しなきゃいけないの?(フランシス)
ときどき思うわ、死んでくれればいいのにって(リリアン)

フランシスがレナードを殺すのか、はたまたふたりで共謀するのか?。やっとミステリーにたどり着きました。 →続きます

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