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サラ・ウォーターズ 荊の城 (上) (2010創元推理文庫) [日記 (2020)]

荊の城 上 (創元推理文庫)   原題、Finger Smith(掏摸スミス)。19世紀ヴィクトリア朝のロンドン、泥棒(故買屋)一家に育てられる掏摸(すり)のスウ(スーザン)と、古城に住む「お嬢さん」モードの物語です。ディケンズの『オリバー・ツイスト』、泥棒とお姫様はマーク・ツウェインの『王子と乞食』を連想しますが、さて...。

 詐欺師リヴァースは、ブライア城に住むモードの財産乗っ取り計画を泥棒一家に持ち込みます。財産は、モードが結婚するまで使えないという縛りがあり、モードを騙して結婚し、彼女を「気狂い病院」に閉じ込めて財産を乗っ取ろうという計画です。因業な叔父がモードの結婚を許す筈はなく、彼女を騙して駆け落ち。駆け落ちを仕組むために、掏摸のスウをモードの侍女としてブライア城に送り込みます。

 スウは、母親が盗みで吊るし首となり、掏摸となって泥棒一家に養われる孤児。スウの面倒をみるサクスビー夫人というのが、赤ん坊を貰い受けて育て「売る」ことを生業とする人物。この生業が伏線。

 一方のモードも、母親が気狂い病院でモードを産んで死に、モードは気狂い病院で看護婦と狂人に交じって成長したという孤児。10歳で叔父に引き取られブライア城で貴婦人としてしつけられ「お嬢様」となります。この叔父というのがサクスビー夫人以上に怪しさ満点。ポルノグラフィーの蒐集家で研究者。モードは、叔父がポルノ大辞典を作成するために秘書を勤め、視力の弱った叔父にポルノを朗読することが役目。

 掏摸に詐欺師に赤ん坊売買、ポルノグラフィー蒐集家が登場する、なんとも怪しさ満点のゴシックサスペンスです。

 裏街道を生きてきたサラが、お嬢様のモードを「嵌める」わけです。ところが、気狂い病院で育ち、春本蒐集家の狷介な老人を相手にしてきたモードも普通のお嬢さんではない、といところがこの小説の面白いところ。さらに、こふたりが同性愛の関係となりますから、話しは複雑。

 第一部の語り手は「あたし」スウ、第二部の語り手は「わたし」モード。同じシーンが、騙すスウと騙されるモードによって語られところも面白いです。例えばモードがスウに自分の服を着せる場面です、

モードはドレスを一枚、あたしの胸にあてた。オレンジのベルベットで、ひらひらのついたぽってりスカートの変てこな服。仕立屋で強い風に吹き寄せられた布のようだ。モードはあたしをじっと見つめ、そして言った。「着てみて、スーザン! ね、手伝ってあげる」モードは近寄ってきて、あたしを脱がせ始めた。
「ほら、わたしだってできるのよ、あなたと同じくらい上手に。わたしが侍女で、あなたが主人!」少し緊張したように笑いながら、モードは手を動かしていた。「ほら、鏡を見て」やっと言った。「わたしたち、姉妹みたいね!」・・・スウ

翌朝、わたしは着替えを持ってきたスウの袖のフリルをつまんだ。
「ほかのドレスはないの? いつも、この地味な茶色のばかり着ているけれど」
スウは持っていないと答えた。わたしは、自分の箪笥からベルベットのドレスを出して、着るように言った。スウはしぶしぶ服を脱ぎ出し、スカートから足を抜いて背を向けると、慎ましく眼をそらした。ドレスはきつかった。わたしがホックを留めた。腰まわりの布の襞をなおし、宝石箱からブローチを---あのダイヤモンドのブローチを出してきて---スウの心臓の真上に注意深く留めた。そして、鏡の前に連れていった。はいってきたマーガレットが、スウをわたしと見違えた・・・モード


 ↑は別にどうということはない描写ですが、後の展開に重要に関わる伏線です。第一部のスウの視点で語られる描写が、第二部のモードによってタネ明かしされます。

 スウは、尻込みするモードをけしかけてリヴァースとの仲を取り持ち、リヴァースは甘言を弄してモードを駆け落ちへと誘うわけです。スウ、リヴァースとモードの駆け引きは、第二部でモードがタネ明かしをします。
 いよいよ駆け落ちが実行され、リヴァースが手配しておいた村の教会で結婚式を挙げます。興味の中心は、後は如何にしてモードを精神病院に入れ財産を手に入れるかということ。モードを精神病院に入れるため医師が到着します。

クリスティー医師がお辞儀をした。
「こんにちは、リヴァーズさん。スミスさんも。ごきげんよう、私を覚えておいででしょう、奥様?」
医者は手を差し出した。あたしに向かって

 以下ネタバレです。

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タグ:読書
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