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ゾルゲ伝 (8) 北進か南進か [日記 (2023)]

ゾルゲ伝――スターリンのマスター・エージェント (新資料が語るゾルゲ事件)Gozen-kaigi_1_January_1945.jpg 御前会議

 バルバロッサ作戦の初期の敗戦がこたえたのか、赤軍情報部はゾルゲの情報を信じるようになり、侵攻が始まった翌日突然メモ(電文)を送りつけてきます。「⁠ドイツが起こした対ソ戦に関する日本政府の立場について、情報を報告せよ。 本部長」。この本部長とはゴマすりのゴリコフ将軍です。

南北統一作戦
 世界革命の母国が危機に瀕している今、尾崎は単なる観察者ではなく行為者になる時が来たと判断したのだった。(p367)

尾崎は近衛内閣の政策決定に影響力を持つ「朝飯会」のメンバーです。

 朝食会の早朝会合で、尾崎が日本のソ連への軍事的冒険に反対するよう強く主張するのに時間はかからなかった。ソ連が日本を脅かすことはないと、尾崎は六月二十五日、近衛の内輪の助言者である側近たちに語った。 シベリアには、ゴム、石油、錫など、日本が戦争に必要な天然資源がまったくなかった。防衛戦争に長けた敵とのシベリアでの冬の戦争は、血生臭く厳しいものになるであろう。(p368)

と、「朝飯会」を南進に引っ張ります。スパイが政治工作を行ったわけではなく、「昭和研究会」のメンバーとして自己の信念に基づいた行動でしょう。
 6月19日、23日、陸海軍首脳による対ソ政策を決定する極秘会議を開かれ、3点が確認されます。

 1)陸海軍はヒトラーがソビエトに勝つまで、三国同盟も日ソ中立条約も守って様子を見る。
 2)ソ連軍が三か月以内に制圧された場合、ロシアへの侵攻の可能性に備える。
 3)東南アジアへの進出計画を継続する。

という南北両面を睨んだ「南北統一作戦」というものです。この決定は、西園寺公一と朝日新聞政治・経済部長の田中慎次郎からもたらされます。陸海軍による会議を受け、7月2日「御前会議」が開かれます。その結果は、海軍外事課藤井茂中佐 →西園寺公一 →尾崎を経てゾルゲにもたらされ、7月10日クラウゼンはこれを打電します。

国防省公文書館に保管されている七月十日打電の電報には、モロトフ、ベリヤ、ヴォロシーロフ陸軍大将のイニシャルと並んで、スターリンのイニシャルが記されている。 赤軍参謀本部情報本部長が下部に書いた手書きのメモには、「情報源の非凡な能力と、彼の以前の報告のかなりの部分が信頼に足ることから推して、この情報は信頼に値するものである」と書かれている。(p373)

モスクワはやっとゾルゲの情報を信じるようなったわけです。

アメリカの石油禁輸
 尾崎は「御前会議」情報だけでは満足せず、なおも情報収集に奔走します。独ソ戦開始後に大動員が発令され、関東軍は7月7日に「関東軍特種演習」のために70万を超える兵力に膨れ上がります。独軍が優勢となればそのままソ連に侵攻しよういう戦争準備です。
 尾崎は石油の備蓄量から南進策を補強します。

⁠八月初旬のアメリカによる禁輸措置発動後、日本軍全体が残りの戦争遂行を賄うには現有在庫しかなかった。もし在庫が少なくなれば、北進策は必然的に放棄され、すべての資源はオランダ領東インドの油田攻略に集中しなければならなくなる。尾崎は、南満州鉄道経済部同僚の宮西義雄に頼り、日本の燃料の残量がどれくらいあるか算出した。・・・ 数日後、宮西から詳細な答えが返ってきた。ナフサ、重油、原油、灯油など民生用に使える石油は全部で二〇〇万トン、陸軍は同量、海軍は九〇〇万トン弱を買いだめしており、通常の消費量であれば半年分にも満たない燃料備蓄であった。(p382)

半年分に満たない石油では「南北統一作戦」の北方は成り立ちません。

  八月に入ると「北進放棄」の決定的な証拠が揃い始めます。

 満州視察から戻ったヴェネッカー(ドイツ大使館海軍武官)はゾルゲに、ロシア戦線に投入されるために編成されている部隊は経験が浅く、二流であり、中国にいる優秀な部隊は戦うために南へ送られていると告げたのだった。・・・本当に重要なのは、日本海軍が南北二つの戦線での開戦に巧みに反対し年末までにタイ占領の承認を得た、というヴェネッカーからの報告であった。(p394)

尾崎からもまた、関東軍、参謀本部、政府による会議で、ロシアへの攻撃は翌年まで延期することが決定されたことが伝えられます。宮城は、第二次動員で招集された部隊に、防寒具ではなく夏服が支給されたことを伝え、 尾崎は8月24日、西園寺公一から政府と軍は北進を放棄した情報を得ます。

ゾルゲはヒトラーがスターリングラードへの攻撃を準備していることを、クレムリンに 初めて完璧かつ正確に警告した(ヴェネッカーの情報)。
 さらにゾルゲは、日本がまもなくアメリカと戦争に突入するというヴェネッカーの予測も 、同様に的確に伝えていた。「日本海軍の一人が友人のパウラ(ヴェネッカー)に対し、日本のソ連攻撃はもはや問題にならないと言った。海軍は近衛とルーズベルトの交渉がうまくいくとは考えておらず、タイとボルネオへの進撃を準備している。彼は、マニラを陥落させねばならず、それはアメリカとの戦争を意味すると考えている」。 諜報活動の歴史において、これほど少ない言葉でこれほど多くの予言的情報を釘付けにした通信はあまりない。 ゾルゲは、後に主張されるように、真珠湾攻撃について明確にスターリンに警告したわけではない。しかし、彼は日米戦争の三か月前に、その不可避性を示唆していた。(p396)

尾崎からも満鉄の輸送情報がもたらさます。

七月大動員の始まる直前、突然関東軍より満鉄に対して一日十万屯宛四十日間の軍関係輸送の準備命令があり、満鉄では北支から三千輌の車輌を動員して、之に備えたが此の輸送は最初はあったが永くは続かず次第に減少した」と聞き出した。尾崎が訪れた時には、ほとんどの車両は返却されており、・・・関東軍は翌春の攻撃備え、ハバロフスクまでの新道路建設計画などの不測の事態に備えていたが、北進策は完全に中止されたのだった。(p397)

九月末になると極東軍管区から大量の部隊が移動し始め、ヨーロッパ・ロシアの平原でドイツ軍と戦うことになった。十二月には、歩兵十五個師団、騎兵三個師団、戦車一千五百両、航空機一千七百機余りが再配置された。スターリンはシベリアの兵力の半分以上をモスクワ防衛に振り向けることになった。(p398)

 この項一旦終了。500ページを越える大分ですが面白かったです。特に、尾崎秀実が「昭和研究会」を通じて「大東和共栄圏」に通じていることは新しい発見でした。

 本書は、「新資料が語るゾルゲ事件」全4巻シリーズの第2巻です。
1.『ゾルゲ・ファイル 1941-1946 ー 赤軍情報本部機密文書』
2.『ゾルゲ伝 ースターリンのマスター・エージェント 』・・・本書
3.『尾崎秀実のインテリジェンス』
4.『上海のゾルゲ』

(2) 諜報団
(8) 北進か南進か

タグ:読書
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