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映画 ナチス第三の男 (2017仏英ベルギー) [日記 (2021)]

ナチス 第三の男 [DVD]  原題”The Man with the Iron Heart”=鉄の心臓を持つ男。ベーメン・メーレン保護領(チェコ)の副総督でナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒの暗殺(エンスラポイド作戦)を描いたものです。ヒトラー暗殺はことごと失敗しますが、唯一成功したのがハイリドリヒ暗殺だそうです。

 ハイドリヒは、ナチスの治安、諜報組織の長ハイリヒ・ヒムラーの片腕、「金髪の野獣」「プラハの屠殺人」「ヒトラーの絞首人」と呼ばれたそうです。「長いナイフの夜」、「水晶の夜」などに関わり「ユダヤ人問題の最終的解決」ホロコーストのを立案者です。この映画はローラン・ビネの小説『HHhH プラハ、1942年』を原作としているようで、HHhHとは”Himmlers Hirn heißt Heydrich”の略=「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」という意味だそうですから、ホロコーストはハイドリヒの頭脳から生まれたことになります。

 映画は、ハイドリヒが親衛隊No.2に上り詰めチェコの副総督になるまでを描く前半と、イギリスで訓練を受けたチェコの兵士がハイドリヒを暗殺する後半の、2部構成です。

 ハイドリヒ(ジェイソン・クラーク)は元々は海軍将校。妻リナ(ロザムンド・パイク)と婚約中に提督の友人の娘と不始末を仕出かし、軍事裁判にかけられ海軍を不名誉除隊で追い出されます。ここで偉いのが婚約者のリナ。普通なら婚約破棄となるのでしょうが、ハイドリヒの才能を見抜いていた彼女は結婚します。ナチ党員であるリナは、ハイドリヒにナチズムを吹き込み親衛隊のヒムラーに渡りをつけ、彼の尻を叩いて親衛隊に押し込みます。親衛隊情報部(SD)の新設を目論むヒムラーの目がねにかない親衛隊に採用され、共産主義者や反ナチ分子の摘発、反党分子の粛清に辣腕を振るい、わずか半年間で少尉から少佐まで上り詰めます。パーティーの席で、ヒムラーがリナに「ハイドリヒはアンタが造った作品だ」みたいなことを言ってますから、映画の第一部主人公はハイドリヒでなくリナだったわけです?。

 1933年ヒトラーは権力を掌握し1939年ポーランドに侵攻、親衛隊中将に昇進したハイドリヒはアインザッツグルッペン(特別行動隊)を組織しポーランドの支配層、知識人、ユダヤ人虐殺します。
 面白いエピソードが描かれます。(『愛の嵐』で有名な)親衛隊の帽子を被った胸も露わな娼婦とナチス将校の映像の後、ハイドリヒが国防軍の大将に未成年の娼婦買春の事実を突きつけ、引き換えに国防軍の持つ反体制派の情報を得るエピソードです。これ、親衛隊が諜報目的で運用していたという有名な娼館「サロン・キティ」ですね。ドイツの高官や軍人、外国の外交官を酒と女性でもてなし、盗聴器を仕掛け娼婦から情報収集していたといいますから、ハニートラップ。この「サロン・キティ」の発案者がハイドリヒ。既存の売春宿を乗っ取り親衛隊諜報部に組み込んだのです。ドイツの制式な軍隊は国防軍であり、親衛隊はあくまでもナチスの私兵。ハイドリヒは、親衛隊と国防軍の権力闘争をこういうかたちで処理していったという一幕です。

 ホロコーストを指揮したナチスの将校は、家に帰るとワーグナーのオペラに涙を流したというエピソードがあります。ハイドリヒの父はオペラも作曲した高名な音楽家で、彼もピアノとバイオリンの名手だったそうです。ハイドリヒが息子にピアノを弾かせ自らはバイオリンで合奏するシーンがあります。子煩悩で音楽を愛する父親とホロコーストの指揮官がひとりの人格に同居するという、人間の不思議を垣間見るシーンです。

 これが前半で、後半はこのハイドリヒが暗殺されるエンスラポイド作戦の話となります。ジェイソン・クラーク、ロザムンド・パイクを投入したハイドリヒの物語に比べ、後半はよくあるレジスタンのアクション映画(こちらの方が長い)。イギリスで訓練されたチェコ兵士のパラシュート降下、彼らを匿うレジスタンスとのラブストーリー、暗殺、裏切り、拷問、追い詰められたレジスタンスたちの服毒自殺、教会での銃撃戦、と盛り沢山です。ハイドリヒを殺されたナチスの報復は凄まじいもので、犯人を匿った疑惑で、リディツェ村の200人の男は銃殺され、女子供は収容所に送られリディツェ村は地図から消えます。銃殺シーンや男たちを納屋に押し込め手榴弾を投げ込んで殺すシーンも、力は入っていますが、何処かで観たシーンです。ハイドリヒという怪物を際立たせるという意味では効果はありますが。

 『鉄の心臓を持つ男』とタイトルを付けたくらいですから、もっとハイドリヒに迫ってほしかった。エンスラポイド作戦を縮小して、彼が如何に怪物となったかを描いたほうがタイトルに相応しく映画としての纏まりも出たはずです。ヴァンゼー会議を主催して「ユダヤ人問題の最終的決定」を下したハイドリヒは、命令されるまま600万人のユダヤ人を絶滅収容所に移送した親衛隊中佐アイヒマンの「凡庸な悪」(ハンナ・アーレント)とはわけが違います。ナチスを描いた映画は多いですが、いずれもナチスの残虐性を描くかナチスと戦ったパルチザン側に立った映画です。ナチス賛美の映画は成立しないにしても、「凡庸な悪」ではなく「真の悪」を描いた映画が現れてもいい頃です。
 レジスタンス映画では『影の軍隊』がピカイチ、オススメです。

監督:セドリック・ヒメネス
出演:ジェイソン・クラーク、ロザムンド・パイク、ジャック・オコンネル

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