SSブログ

映画 青いパパイヤの香り(1993仏ベトナム) [日記 (2020)]

青いパパイヤの香り HDニューマスター版 [DVD]  ストーリーがあってない無いという不思議な映画です。いや、ストーリーはあります。1951年、10歳のムイ(リュ・マン・サン)がサイゴン(ホーチミン市)の商家に下働きとして住み込み、ムイと商家の家族の日常が淡々と描かれる第一部。10年後、ムイ(トラン・ヌー・イエン=ケー)は作曲家クェンの家に移り、クェンに見初められて結婚する第二部。それだけの話です。と書けば、田舎の少女の成長物語ですが、ドラマらしいドラマはありません。


ムイ
 ムイの目を通して描かれるこの商家が実にユニーク。家族は、生地商店を営む女主人、一日中琵琶を弾く以外に何もしない無為徒食の主人、ふたりの間には長男と歳の離れた小学生の次男と三男、そして主人の母親がいます。

 生きていればムイと同じ十歳の娘がいたのですが、7年前に亡くなり、その日以来祖母は二階に籠って一歩も外に出ない生活が続いています。主人は、ある日突然家の金を残らず持って蒸発し、ふらりと帰ってくるそうです。夫が帰ると女主人は咎め立てせずまた何時もの日常が始まる、という話をムイに聴かせるのは、この家に長くいるもうひとりの下働き。
 家出の理由は一切明らかにされませんが、この家出常習犯の主人のキャラクターはなかなか魅力的。こうした無為徒食の男が許されるというのも、東南アジアならではのことでしょうか。従って、一家の生計を支えるのは女主人。主人が7年振りに家出しますが、女主人は動ずることもなく一家を支え、義母が病気で倒れ亡くなる事態にもひとりで対処します。甲斐性無しで身勝手な夫と、夫に代わって一家を支える妻の組み合わせは不思議で神話的です。ベトナムの女性は勤勉でしっかり者が多いといいますから、この女主人は典型的なベトナム女性。また女主人は、聡明で働き者のムイに亡くなった娘の面影を重ね彼女を慈しむ優しい女性でもあります。

 もうひとりユニークな人物がムイよりも3,4歳年下の三男。新しく家族の一員となったムイが気になって仕方がない様子で、何かとイタズラを仕掛けます。棒の先にカエルを付けて驚かせたり、わざとバケツをひっくり返したり、装飾品の壺にトカゲを入れたり、イタズラは止まることはありません。一種の愛情表現でしょう。去り際に片足を上げて放屁する辺りは名演技。

 そうしたサイゴンの下町、一家とムイの日常が、主人の弾く琵琶と虫の音、小鳥の囀ずりをBGMにゆったりと描かれます。『愛人/ラマン』はジェーン・マーチが全てであったように、『青いパパイヤの香り』もリュ・マン・サンが全てです。彼女の演じるムイは下働きですから、食事を作り掃除をし、時おり蟻や鈴虫を見てニッと笑うだけ。こんなこともあります。ムイは長男の友人で作曲家のクェンに憧れているようで、食事に来たクェンに、めかし込んで料理を運ぶ姿は実に可愛いです。そんな映画が面白いのか?。1951年のサイゴンのゆったりと流れる時間を許容できるかどうかです。
1.jpg 2.jpg
10年後
 10年後、長男が嫁を貰ったため、ムイは商家を出てクェンの家に雇われることになります。クェンはパリの音楽大学を出た新進の作曲家。クェンには美人で家柄のいい婚約者がいますが、婚約を破棄してムイを選択します。ムイの初恋が実ったわけです。ドラマといえばこれが最大のドラマですが、クェンの選択の背景は不明。10歳のムイが商家で愛されたようにクェンに愛されたと想像するほかありません。勤勉で聡明な10歳のムイがそのまま成長した姿が彼の心を捕らえたのでしょう。

 ラストで、黄色いアオザイを纏ったムイが詩を朗読します。

春の清水が岩陰から湧き出し 静かに揺らめく
大地の鼓動は 大きなうねりとなり 水を揺り動かすが 水面は静寂そのもの
調和ある水の戯れの きらめく美した
日陰に一本の桜の木 やがて成長して満開の花ざかり
水の旋律に共鳴して 見事に咲き誇る
らとえ水がうねり 逆巻いても 桜の木はりんとしてたたずむ

満開となった桜の木が凛と佇む姿は、ムイ自身の姿でしょう。うねる水は時代のことかも知れません。朗読が終わると、ムイは小さな驚きの声をあげます。どうやらお腹の子供が動いたようです。すでにベトナム戦争が始まっています。その後、ムイはどんな人生を送ったのか...。

監督:トラン・アン・ユン
出演:リュ・マン・サン トラン・ヌー・イエン=ケー

タグ:映画
nice!(6)  コメント(2) 
共通テーマ:映画