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鮫島浩 朝日新聞政治部(2022講談社) [日記 (2024)]

朝日新聞政治部  「吉田調書報道」によって政治部デスクを追われた元朝日新聞記者の「内部告発」+自省の書です。著者は1994年に朝日新聞社に入社し1999年に政治部に移り、菅直人、竹中平蔵、町村信孝らの番記者として与野党政治家を担当します。2013年に福島原発事故よる汚染土壌の除去が「手抜き除染」とスクープして新聞協会賞を受賞し、2014年に「吉田調書報道」によって政治部を追われます。

 「吉田調書」が登場するのは中盤の第4章からで、それまでは著者の経験した番記者、ぶら下がり、夜討ち朝駆けなど政治部記者の舞台裏が描かれます。記者の仕事は、政治家の懐に飛び込み(取り入り)信頼関係を築いてオフレコの情報を引き出す事。本書にある政治部の組織表を見ると一目瞭然。政治部の組織は政府の組織そのままです。
 取材は、スキャンダルや政権の交代と国会の解散などいわゆる政局が中心で、政策の取材や報道はありません。描かれるのは、政界の裏話と新聞社内のヘゲモニー争いです。

 「吉田調書」とは、事故調査委員会が福島第一原発事故で指揮を執った東電の原発所長・吉田昌郎を聴取した文書です。この文書を朝日がスクープし、2014年5月20日の朝刊で、東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の「吉田調書」を入手したと発表、「震災4日後には所長命令を無視し、福島第一原発の所員650人第二原発にが逃げ出した」と報じます。朝刊の見出しは

政府事故調の『吉田調書』 入手/所長命令に違反原発撤退/福島第一所員の9割/震災4日後、福島第二へ

 政府と東電が公表しなかった文書を入手し公表したこと自体が特ダネですが、400頁に及ぶ調書の中から何故650人の撤退がスクープされたのか。そこには東電の隠蔽体質への告発の意味があったと著者は言います。この東電社員650名を貶める記事に批判が出、朝日新聞は9月11日の社長の記者会見でこ「東電社員らがその場から逃げ出したかのような印象を与え、間違った記事だと判断した」として報道を誤報として取り消し、記者と担当デスクの著者を処分します。

 本書によると、この誤報謝罪には裏があると言います。

木村社長の足をすくったのは8月5日の特集記事 「慰安婦問題を考える」である。朝日新聞はその特集で、植民地だった朝鮮で戦時に慰安婦を強制連行したとする吉田清治氏の証言(吉田証言)を虚偽と判断し、吉田氏を取り上げた過去の記事1本を取り消した。これを機に「朝日バッシング」が吹き荒れたのである。訂正まで20~30年かかったことや謝罪の言葉がないことへ批判が殺到したのだ。(p237)

 この経緯を時系列にまとめると

5/20:「吉田調書」を入手、所長命令に違反し原発撤退と報道
 ↓
8/5  :「慰安婦問題を考える」掲載
8/27:慰安婦に関する「池上コラム」不掲載を決定
8/17:産経新聞「吉田調書」入手、朝日の記事を否定、報道各社同調
8/25:菅義偉官房長官、「吉田調書」公開を約束
9/2  :週刊文春「池上コラム問題」を報じる
9/4  :「池上コラム」掲載
9/6   :「池上コラム問題」釈明記事掲載
9/11:木村社長、慰安婦と吉田調書を誤報と謝罪、「吉田調書」公開

 「慰安婦問題を考える」→産経新聞入手、朝日の記事を否定 →池上コラム問題 →謝罪会見と、朝日新聞が追い詰められて行く過程が分かります。さらに朝日パッシングの背景には、朝日新聞のテレビ朝日支配を喜ばない総理官邸のメディアコントロールがあったと言うのです。いずれにしろ、朝日の「所長命令に違反し原発撤退」という報道には無理があったと言うことです。

 「慰安婦問題」にしろ「吉田調書報道」にしろ、問題の本質は何処にあるのか?に関わる挿話が本書にあります。ひとつは、2007年の福田康夫内閣官房長官を務めた町村信孝と著者の会話です。通産官僚出身で、文部大臣など要職を歩んで来た町村をエリートだと言う著者に、町村は激昂したと言います。

「日本の政治はずっと、 経世会が牛耳ってきたんです。 経世会は最初に宏池会に相談する。その次に社会党に根回しする。 社会党がNHKと朝日新聞にリークする。 我々清和会はNHKと朝日新聞の報道をみてはじめて、何が起きているかを知ったのです。これが日本の戦後政治なんですよ! わかりますか!!」(p51)

清和会の町村の目に映る 「戦後日本の権力者」は「経世会、宏池会、社会党、NHK、朝日新聞」だったと言うのです。「新聞は社会の公器」とリベラルなオピニオンリーダーを自認する朝日新聞は、実は権力構造の一端を担っていたわけです。本書の国家権力の「不都合な事実」を自力で追及していく調査報道(p233)という記述にもその一端が伺われます。

もうひとつが、「吉田調書報道」で処分された際の著者と奥さんの会話です。

あなたはこれから自分が何の罪に問われるか、わかってる? 私は吉田調書報道が正しいのか間違っているのか、そんなことはわからない。 でも、それはおそらく本質的なことじゃないのよ。あなたはね、会社という閉ざされた世界で 『王国』を築いていたの。誰もあなたに文句を言わなかったけど、内心は面白くなかったの。あなたはそれに気づかずに威張っていた。あなたがこれから問われる罪、それは『傲慢罪』よ!。(序章p16)

「あなた」を朝日新聞に変えると本質が見えて来そうです。

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タランティーノ(4) ジャンゴ 繋がれざる者(2012米) [日記(2018)]

ジャンゴ 繋がれざる者 [DVD]
 5年ほど前にblogに書いた感想文の全面改訂です。原題、Django Unchained。「ジャンゴ」といえばフランコ・ネロの『続・荒野の用心棒(原題Django、1966)』です。フランコ・ネロに敬意を表して本作にも御本人が登場します。映画の主題は、棺桶を引きずったジャンゴではなく「繋がれざる者」にあります。ジャンゴを繋いでいる鎖はアメリカの奴隷制度。

賞金稼ぎ
 時代は南北戦争の少し前、歯科医で賞金稼ぎのドクター・シュルツ(クリストフ・ヴァルツ)と彼に助けられた黒人奴隷のジャンゴ(ジェイミー・フォックス)の話です。シュルツは賞金首のナントカ三兄弟を追っていますが顔を知りません。三兄弟を首実験させるために、彼等が働いていた牧場の奴隷ジャンゴを探し出し、ジャンゴを自由の身にして賞金稼ぎの相棒とします。
 ジャンゴには同じ牧場で働いていた奴隷ブルームヒルダ(ケリー・ワシントン)という妻があり、ふたりとも売り払われて生き別れという設定です。ブルームヒルダはドイツ語が話せ、名前の謂われは『ニーベルンゲンの指輪』。シュルもまたドイツ移民だったことで、賞金稼ぎをしながらアンタの奥さんを探そうということになります。ストーリーは、シュルツの賞金稼ぎの話にジャンゴの妻探しにが絡むことになります。シュルツはジャンゴを白人同様の服を着せ拳銃を帯びさせ馬に乗せます。この「黒人の賞金稼ぎ」は次作『ヘイトフル・エイト』に引き継がれます。
 クリストフ・ヴァルツが演じるシュルツは、前作『イングロリアス・バスターズ』のナチス親衛隊大佐ハンス・ランダ同様に軽妙洒脱で且つ果断。ジャンゴは沈着且つ大胆。クリストフ・ヴァルツとジェイミー・フォックスの絶妙のコンビがレオナルド・ディカプリオをやっつける話です。

 ふたりは、南部の農園で働く三兄弟を見つけ出して撃ち殺します。シュルツは手配書を持つ自称「合衆国 刑事司法制度の代理人」=賞金稼ぎですから、らこの殺人は正当な行為。だが治まらないのは使用人の三兄弟を殺された農園主。使用人や近隣を集め、K・K・Kの三角帽を被せシュルツとジャンゴを襲撃しますが、当然の如く返り討ち。ここまでが導入部で、黒人を虐待する白人、K・K・Kと、型通り奴隷制度の残虐さが披露され、元黒人奴隷が鉄槌を喰らわせる痛快譚。

ディカプリオ登場
 ジャンゴの妻ブルームヒルダがミシシッピの農園にいることが分かり、ふたりは農園主キャンディ(レオナルド・ディカプリオ)を訪ねます。レオナルド・ディカプリオの登場です。悪役ですが、なかなか決まってます。ここからが本編。大農園を経営し多くの使用人、奴隷に君臨するキャンディの悪辣振りはなかなかのもの。奴隷は人間ではなく所有物に過ぎず、逃げ出そうとした奴隷を犬に喰わせるような悪辣振り。
 正面からブルームヒルダを譲ってくれと言っても足元を見られる、と考えたシュルツは作戦を立てます。キャンディが拳闘用の奴隷(グラディエーター?)を訓練していることに目を付け、この奴隷を12,000ドルで買う交渉を隠れ蓑にブルームヒルダを買おうという作戦です。キャンディは12,000ドルに釣られてこの作戦に乗りますが、キャンディの奴隷で老僕スティーブン(サミュエル・L・ジャクソン)にブルームヒルダとジャンゴの関係を見抜かれます。サミュエル・L・ジャクソンの演技はクリストフ・ヴァルツと双璧。見破られたシュルツは12,000ドルでブルームヒルダを買うはめになり、何だかんだでシュルツはキャンティを撃ち殺し、ここから「タランティーノ劇場」となり、ガンマン・ジャンゴが大活躍。最後はキャンディの屋敷が大爆発、ジャンゴとブルームヒルダは手を携えて自由の天地へ →TheEnd。

 タランティーノは、ナチスvs.連合軍(自由主義陣営)を、白人vs.黒人アメリカ南部vs.北部と対立を描きます。第二次世界大戦では連合軍が勝利し南北戦争では北軍が勝利して奴隷は解放されるわけですが、タランティーノの面白さはこの対立する両者を「ドッチもドッチ」と平等に見る視点にあります。『バスターズ』の連合軍中尉ブラッド・ピットが、ナチスをバットで殴り殺し頭の皮を剝ぐ残虐非道がその典型。そして対立を止揚する、乗り越えるのが暴力のカタルシスです。『バスターズ』ではプレミア上映会でナチスを虐殺し映画館を爆破、『ジャンゴ』では荘園主キャンディの屋敷を爆破、『ヘイトフル・エイト』でも派手な銃撃戦、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』では火炎放射器が登場します。タランティーノは、このカタルシスのために映画を作っているのでしょうかw。この項お終い。

監督:クエンティン・タランティーノ
出演:ジェイミー・フォックス クリストフ・ヴァルツ レオナルド・ディカプリオ ケリー・ワシントン サミュエル・L・ジャクソン フラン・コネロ

【当blogのクエンティン・タランティーノ】

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タランティーノ(3) ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(2019米) [日記 (2024)]

ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド ブルーレイ&DVDセット [Blu-ray]  『ジャンゴ 繋がれざる者』→『ヘイトフル・エイト』→『イングロリアス・バスターズ』とクエンティン・タランティーノを観てきました。今度は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』、『ジャンゴ』のレオナルド・ディカプリオと『バスターズ』のブラッド・ピットの2大スターの競演です。
 『ジャンゴ』で白人と黒人、『ヘイトフル・エイト』で南部と北部、『バスターズ』ではナチスと自由主義陣営の二項対立が描かれましたが、この映画ではTVスターとそのスタントマンという陰とが描かれます。舞台は1969年のハリウッド、TVの西部劇で人気を博したリック・ダルトン(レオナルド・ディカプリオ)=陽と、彼のスタントマン、クリフ・ブース(ブラッド・ピット)=陰の話です。

 「ミセス・ロビンソン」「サークル・ゲーム」「夢のカリフォルニア」などの当時のヒット曲をバックにハリウッドの風俗が描かれ、スティーブ・マックイーンやブルース・リー、シャロン・テートなど当時のスターも登場します。映画では触れられていませんが、1969年は、アポロ11号が月に着陸し、ベトナム戦争は泥沼化、市民権運動が拡大し若者の間にカウンターカルチャーが浸透した時代です(ウッドストックもこの年)。
 冒頭、ダルトンとクリフ格差(陰陽)が描かれます。ダルトンはビバリーヒルズ?のプール付き豪邸に住み、リックの住まいはトレーラーハウス。そのダルトンは、TVの西部劇で人気を得るものの、その後はパッとせず脇役に甘んじています。落ち目のカウボーイ小説を読んで、自分の境遇に涙を流す始末。ダルトの仕事が減った為かリックはスタントの仕事はせずダルトンの送り迎えと雑用に甘んじています。「TVのアンテナが壊れたようだ、直しておいてくれ →アイヨ」と言うような。ダルトンとリックはハリウッドという世界の光と影ですが、二人の関係はと云うと至って良好。

 もう一つが、ダルトンの邸の隣に住むロマン・ポランスキー監督とシャロン・テートの世界。ポランスキーは『ローズマリーの赤ちゃん』で成功し、自作に出演したシャロン・テートと結婚します。ダルトンに比べると彼等はハリウッドの成功者。この二項対立があるのかと思ったのですが、これは狂信的なヒッピーが引き起こす「シャロン・テート事件」を描くための前振り。
 落ち目のダルトンにイタリアからマカロニウェスタンのオファーがかかります。ダルトンに『荒野の用心棒』で成功した『ローハイド』のクリント・イーストウッドが重ねられますが、ストーリーには直接絡んで来ず、これも時代の雰囲気を伝える「飾り」です。

 リックがヒッチハイクの少女をヒッピーのコミューンに送って行ったことで、「シャロン・テート事件」が起こります。リックの車をパンクさせたヒッピーを殴り倒し、これを恨んだコミューンのチャーリー(チャールズ・マンソン)など男女3人が、(シャロン・テートではなく)ダルトンの邸を襲い、リックとダルトンが反撃。ダルトンは映画の撮影に使った火炎放射器を持ち出してヒッピーを焼き殺します。タランティーノは派手な銃撃戦では満足できなかったのでしょう。

 話はこれだけです。“Once Upon a Time”とは「昔々」と云う意味です。’60年代を描くに、ウッドストックもブラック・パワー運動もベトナム反戦運動も無く、当時の歌に合わせてハリウッドの風俗を描き、TVスターとスタントマン、落ち目のTV俳優とハリウッドの成功者、ビバリーヒルズのスターとヒッピーという対立軸を持ち出して最後は火炎放射器。何なんだと思うのですが、アメリカ人ならノスタルジアを掻き立てられるのでしょうか?。ハリウッドは、今の世界は21世紀になってもシャロン・テート事件に至ったカウター・カルチャーを引きずっている、タランティーノはそれを火炎放射器で焼き尽くしたかった、そう言うことなんでしょうか?。『ジャンゴ』→『ヘイトフル・エイト』→『バスターズ』までは面白かったのですが、この映画はどうも…。

監督:クエンティン・タランティーノ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピット

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ロクハン ( 6.5インチ= 16 cm ) [日記 (2024)]

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 押入れからパイオニア(carrozzeria)のスピーカーが出てきました。いわゆるロクハン ( 6.5インチ= 16 cm ) です。貧乏オーディオに繋いでいるのは自作の箱に入れたAlpineの12cmのスピーカー、ロクハンはどんなどんな音がするのかと繋いでみました(CarrozzeriaもAlpineもカーオーディオのスピーカーです)。聴き比べのために、有り合わせの材料で切り替え端子もでっち上げ。繋ぎ替えて聴いてみましたが、私のpoorな耳では違いが分かりませんw。エージングしながらしばらく聴いてみます。自作の箱に入れるのも面白いかも。

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グレアム・グリーン ヒューマン・ファクター(2) (ハヤカワ文庫) [日記 (2024)]

ヒューマン・ファクター〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
亡命
 6課の同僚デイビスが二重スパイを疑われて情報部によって殺され、南ア秘密警察のミューラーが登場したことでストーリーは動き出します。身の危険を感じるカースルはソ連側の連絡員KGBのボリスと会い亡命を要請します。

わたしがやつら(ミューラー)を、いかに憎んでいることか! いいですか、ボリス。 あなたの仕事に、憎悪に燃える男を使うべきではありません。憎悪は過ちをおかしがちです。恋愛と同様に危険です。わたしは二重の意味で資格を欠いています。彼らを憎み、サラを愛しているからで、愛情は双方の陣営にとって、もっとも大きなマイナスなんです。(p208)

これは、本書のタイトル「ヒューマン・ファクター」であり、また巻頭に掲げられたコンラッドのエピグラムと同じです、

絆を求める者は敗れる。それは転落の病菌に蝕まれた証し

「転落」とは情報漏洩の露見ではなく、カースルの二重スパイそのもの、祖国への裏切りを指します。

 カースルは亡命を決意し、サラに真実を告げます。

「おれは世間から反逆者と呼ばれる行為をした」
「世間から何をいわれたって、あたしは平気よ」と彼女はいいながら、彼の手の上に手を重ねた。それはキス以上に親愛を示す動作だった――キスは初めて会った相手にもできる。彼女はいった。
あたしたちにはあたしたちの国があるわ。あなたとあたしと(息子の)サムの国が。あなたはこれまで、一度だって、あたしたちの国を裏切ったことがないのよ、モーリス」(p331)
 二重スパイのカーソルはイギリスを裏切ったかも知れないが、もう一つの国=カーソルとサラ、息子の「国」を裏切ったわけではないとは言うのです。キム・フィルビーがケンブリッジの学生時代からコミュニストであったのに比べ、カースルはコミュニズムを信じているわけではなく、サラのために二重スパイとなったのです。グレアム・グリーンは、人は理念や思想で祖国を裏切ることが出来るのか?という疑問を突き付けているのかも知れません。

 カースルはKGBの手引でソ連に亡命し、その諜報活動(二重スパイ)を評価され厚遇されますが、ボリスによってその二重スパイの真実が明かされます。

きみには真相がつかめておらぬようだな。きみが知らせてきた経済情報はみな、それ自体としては何の価値もないものだった。・・・きみの役所の連中は、このモスクワにスパイを潜入させるのに成功したと思いこんでおる。・・・きみの情報を彼がロンドンへ送り返す。・・・しかし、送り返されるもののうちには、こちら側の作成したにせ情報が混じっておる。敵をあざむく巧妙な作戦さ。きみの情報の真の価値はそこにあった。
カースルは情報戦の駒でしか無かったのです。さらに、「アンクル・リーマス作戦」の出現で事態は急変します。
われわれはその対抗作戦を検討して、もっとも効果的な方法は、この新しい西欧側の悪辣な陰謀を、全世界に宣伝することだとの結論に達した。それには、情報を洩らした本人のきみを、モスクワへ引き取る必要があった。きみがミュラーの覚え書メモを携帯して、無事にソ連領内に到着するのが重要事だったのだ。・・・ところで、きみの記者会見は明日と決まったよ。

 情報部長官ハーグリーヴス卿が最も恐れ、そのために殺人まで犯した、スキャンダルが現実のものとなります。

 サラとサムをモスクワに呼び寄せることが亡命の条件です。ところが、サムがサラのパスポートに併記されていないため、二人は出国出来ないことになります。パスポートの申請をイギリス政府が認める筈はありません。
 モスクワのカースルからサラに電話が入ります、

「サラ、きみの顔を見たい」
「あたしもよ。会いたいわ・・・・・・でも、サムを残しては行けないの」
「それはそうだ。判っている」
次の瞬間、彼女は衝動的に、「あの子がもっと大きくなるまでは…」と叫んでいた。が、叫
びおわらないうちに、後悔していた。それはあまりにも遠い将来の約束ごと、そのときの彼ら二人は年老いて···· 「我慢して、待ってて!」彼女は、もう一度、叫んだ。

 カースルがサラとサムに会えるのは「遠い将来」と匂わせて物語は終わります。『情事の終り』の作家グレアム・グリーンのエスピオナージュは一味違います。

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梅満開 [日記 (2024)]

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グレアム・グリーン ヒューマン・ファクター(1) (ハヤカワ文庫) [日記 (2024)]

ヒューマン・ファクター (Hayakawa novels) 英国情報部MI6に30年勤めた二重スパイ、モーリス・カースルの話です。MI6の二重スパイというとキム・フィルビー事件があり、同事件を下敷きにしたエスピオナージです。タイトルが『ヒューマン・ファクター』人的要因ですから、カースルがなぜ二重スパイになったのか?、情報部という組織がもたらすヒューマン・エラーが描かれることになるのか?。『情事の終わり』のグレアム・グリーンですから、人間の顔をしたエスピオナージとなるはずです。


MI6 
 カースルには特異な性格が与えられます。カースルは任地の南アフリカで現地の女性と恋に落ち、本国に連れ帰り結婚します。この女性は情報員カースルの協力者で反アパルトヘイト活動家。南アの秘密警察BOSSから手配され、カースルは彼女を隣国に脱出させ本国に連れ帰ります。イギリスで生まれた息子はカースルの子供では無く、妻と息子は黒い肌のアフリカン。妻の名はサラ、奇しくも『情事の終わり』の不倫相手と同じ名です。

 第6課に情報法漏洩の疑いが生じ、アフリカ担当のカースルとデイヴィスの2人が調査対象となり電話は盗聴され尾行が付きます。カースルは、ロンドン郊外に居を構え妻子と共に生活を送っている実直な役人。カースルは飲酒癖があるわけでなく、車も持たず駅まで自転車で通勤する節約家と見られています。一方のデイヴィスは、給料の大半をワインとウィスキー、そしてジャガーのガソリン代に注ぎこみこ競馬に耽溺しているため、報酬目当ての情報漏洩が疑われたわけです。

 情報部長官ハーグリーヴス卿は、医師パーシヴァル博士、監察官デイントリー大佐を狩猟に事よせて山荘に招き、この情報漏洩を協議します。

たとえば、古くからある手だが、餌に印をつけておくのはどうだ? あんがい成功率が高いと思うよ。 そしてその男を犯人に間違いなしと見たら、早いところ消し去るのがいい。裁判なしにだ。外部には知らさんでだ。 できればその前に、そいつの連絡相手をつかまえるべきだが、ぐずぐずしておって、肝心な鳥に逃げられたらことだ。 飛行機でモスクワへ飛ばれて、記者会見なんかやられたらまずい。逮捕もやはり問題外だ。かりにその男が六課の者であっても、法廷でこのスキャンダルをさらしてまで、彼の口から引き出さねばならぬ情報があるとは思えんのだ。ーーーだからきみに、パーシヴァルと会ってもらいたかった。欲しいのは医師の手になる死亡診断書だ。死亡診断書があれば、検死審がなくてすむ。(p59)

 情報部長官はキム・フィルビー事件の様なスキャンダルを恐れ、二重スパイを「消し去る」ために医師パーシヴァルを同席させたわけです。元MI6のグレアム・グリーンが書くと、迫力が違います。確たる証拠も無いまま、デイヴィスはパーシヴァル博士に毒殺されます。

二重スパイ
 英米南アが共同で進めるアンクル・リーマス作戦(アパルトヘイト擁護作戦)のため南ア秘密警察BOSSの代表者ミューラーが訪英し、かつて諜報員として対峙したカースルがイギリス側の窓口に指名されます。ミューラーは自分たちが追っていたサラがカースルの妻となっていたことを知り、カースルはサラ脱出を援助したコミュニストが秘密警察の手で殺されたこと知ります。カースルは、サラを助ける代償に二重スパイになったことが明かされます。 →(2)へ

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自家製マーマレード 3回目 [日記 (2024)]

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 前回作った2瓶のマーマレードを完食したので、再び作りました。課題は、
  1. 柑橘の風味を残して如何に苦味を消すか
  2. 実を包む薄皮と種に含まれるペクチンでトロミをつける
この2点です。
  1. 皮裏の白い部分をステーキナイフで刮げ落とす
  2. 一昼夜水に晒す。柑橘類の苦味成分ナリギンは水溶性
  3. 茹でこぼしは2回程度
  4. 薄皮と種をお茶の袋に入れて一緒に煮る →ペクチン抽出
  5. 1時間ほど煮て袋を取り出し、砂糖を投入
で結果はと言うと、1時間以上煮たのですが皮が柔らかくならず、ミカンの皮の煮物。前回の綿を除去しなかった方がマーマレードらしかった様な…。マーマレードへの道は遠いですw。
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タランティーノ(2) イングロリアス・バスターズ(2009米) [日記 (2024)]

イングロリアス・バスターズ [DVD]  2010年にblogに書いた感想文の改定版です。原題、Inglourious Basterds、「名誉なき野郎ども」。ドイツ第三帝国ものは、『戦場のピアニスト』『シンドラーのリスト』の様にユダヤ人虐殺とそれに抵抗するレジスタンス or 連合軍の正義が描かれることが多いですが、タランティーノにかかるとナチスも連合運も平等に戯画化され、エンタメになります。

ユダヤ・ハンターとナチ・ハンター
 舞台はドイツ占領下のフランス、冒頭は至ってマトモ。「ユダヤハンター」の異名をとる親衛隊大佐ハンス・ランダ(クリストフ・ヴァルツ)がユダヤ人を匿う農家を襲い、ユダヤ人を虐殺します。この時唯一人逃げ出したのが少女のショシャナで、後にナチス復讐劇を演じます。

 米軍中尉アルド・レイン(ブラッド・ピット)が主人公ですが、ナチスを殺すのが趣味で殺したドイツ兵の頭の皮を剝ぎます →よってアルド・アパッチ・レイン。SSに「ユダヤ・ハンター」がいるように連合軍にも「ナチ・ハンター」がいるわけです。おまけに、レインの部下で「ユダヤの熊」の異名をとる軍曹(イーライ・ロス)はバットでナチスを撲殺することが趣味。で、レイン中尉率いる部隊は「イングロリアス・バスターズ」となるわけです。レインは、バスターズの存在を誇示するために、ドイツ軍捕虜の額にナイフでハーケンクロイツを刻んで開放します。ナチスはユダヤ人に五芒星を強要していますから、レインの行為はナチスの裏返し。正義ヅラをしてナチスを糾弾するのではなく、ナチスもそれと戦う連合軍も一皮むけば同じだというわけです。タランティーノは、ヒトラーの独裁と民主主義の二項対立ではなく、実はこの2つは表裏一体だと言いたいのかも知れません。

虐殺
 ユダヤハンター 、アパッチ、ユダヤの熊では味気ないので、成長したショシャナ(メラニー・ロラン)とドイツ女優ハマーシュマルク(ダイアン・クルーガー)が花を添えます。ショシャナは叔父から受け継いだ映画館の経営者、ハマーシュマルクは連合軍のスパイという設定です。
 ナチスがフランスのナチス高官を集めて、プロパガンダ映画をショシャナの映画館で上映する計画が持ち上がります。両親をナチスに殺されたショシャナは、350本の可燃性フィルムを爆薬の代わりに使い彼等を一挙に殺す計画を立てます。『ニュー・シネマ・パラダイス』で起こった火災と同じです。テロに映画と映画フィルムが使われるところがミソです。
 一方で、レインもプレミア上映の情報を掴み、映画館爆破を企てます。この計画に加担するのがドイツ女優ハマーシュマルク。ドイツ軍将校に扮したイギリスのスパイと酒場で密談中にゲシュタポに正体がバレます。親衛隊ランダ大佐が匿われたユダヤ人を摘発するシーンと共にこの映画では真に迫ったシーンです。で、お決まりの派手な銃撃戦。このシーンはストーリーとは直接絡んで来ず、銃撃戦大好きのタランティーノが無理やり挿入したシーンではないかと思いますw。
 プレミア上映会でショシャナの復讐とレインの襲撃が合流します。上映されるのは、ドイツ軍の狙撃兵が連合軍兵士300人を撃ち殺すというプロパガンダ映画で、観客のヒトラー、ゲッペルス、ゲーリングは拍手喝采してハシャギまくる有様。そう、ヒトラーまで登場します。映画は途中でショシャナの顔の大写しとナチス糾弾シーンに替わり、彼女が「死ね!」と叫ぶとスクリーンの後ろに積まれていたフィルムが爆発。逃げ惑うナチスにバスターズの機関銃が火を吹き大虐殺シーンとなり、ヒトラーは死にます。ヒトラーは、ベルリンの総統地下壕で愛人エヴァと共に毒を仰いで自殺した筈ですが、そんな事実は関係なし。歴史的事実より「映画」が優先されます。ともかく連合国側も正義の名の下に「虐殺」を行ったわけです。

オチ
 前後しますがレインは上映会場でランダ大佐に捕まり、ランダはレインに取引を持ちかけます。レインのテロ計画でヒトラーが死ねば第三帝国は敗北し戦争は終わります。戦争終結はオレの手中にあるというわけです。ランダは、計画を黙認する代わりに、第三帝国の敗北後の身の安全と連合国を勝利に導いた功績による報酬を要求します。レインの上部組織OSS(戦略情報局)はこれを飲みプレミア上映会の大虐殺が起こります。
 テロ終結後、ランダはレインを釈放しランダとその部下は形だけレインの捕虜となります。レインの「ナチ・ハンター」の本領が発揮されます。レインは部下を撃ち殺して頭の皮を剥ぎ、ランダの額にハーケンクロイツを刻み →the end。

 『イングロリアス・バスターズ』はタランティーノの映画で最大のヒット作となり、クリストフ・ヴァルツはその年の助演男優賞を総なめにします。この映画の面白さは(ストーリーに少々無理があるものの)、ナチスも連合国もやってることは同じじゃないかと戯画化しエンタメにした辺りでしょう。この後、『ジャンゴ 繋がれざる者』で白人と黒人を、『ヘイトフル・エイト』で南部と北部の対立軸をタランティーノの視点で描くことになります。

監督:クエンティン・タランティーノ
出演:ブラッド・ピット、クリストフ・ヴァルツ、メラニー・ロラン、ダイアン・クルーガー

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タランティーノ(1)『ヘイトフル・エイト(2015米)』 [日記 (2024)]

ヘイトフル・エイト [DVD]
賞金稼ぎ
 クエンティン・タランティーノの西部劇です。『ジャンゴ 繋がれざる者』は、奴隷制度下のアメリカ南部で、黒人の賞金稼ぎジェイミー・フォックスが荘園領主レオナルド・ディカプリオを「やっつける」話でした。西部劇ならジョン・フォードの『駅馬車』だろうと言うわけで、黒人の賞金稼ぎを主人公に『駅馬車』を換骨奪胎、笑える西部劇に仕立てます。『ジャンゴ』同様、今回もアメリカの常識に抗うように「ニガー」という言葉が連発されます。『駅馬車』は、産気付いた乗客のため立ち寄った宿駅で起こる、医者、娼婦、ギャンブラー、脱獄囚等乗客の人間模様の描いています。『ヘイトフル8』は、猛吹雪で避難した宿駅「ミニーの紳士服飾店」でヘイトフル・エイトの8人が惨劇を繰り広げます。

ヘイトフル8
 舞台はワイオミングの雪深い山中、「首吊り人」の異名を持つ賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)が駅馬車でお尋ね者ドメルグ(ジェニファー・ジェイソン・リー)を護送しています。吹雪で馬を失った黒人の賞金稼ぎマーキス・ウォーレン(サミュエル・L・ジャクソン)が3つの死体と共に駅馬車に乗り込みます。2人とも馬車が目指すレッドロックで懸賞金を得ようというわけです。ウォーレンに続いて、これも雪で馬を失ったマニックス(ウォルトン・ゴギンズ)が馬車に乗り込みます。マニックスは、保安官になるためレッドロックに向かう途中。ルースによって、ウォーレンは南軍に捕まり47人を焼き殺して脱獄し騎兵隊を追い出された元・北軍少佐で、マニックスは南軍を騙った「マニックス略奪団」の元一味だったことが明かされます。「首吊り人」のルース、1万$の懸賞首ドメルグ、脛に傷持つ元北軍少佐ウォーレン、略奪団の一員マニックスと一癖も二癖もある面々が馬車に同乗したことになります。

 馬車は吹雪のためレッドロックの途中にある宿駅「ミニーの紳士服飾店」に避難します。店主のミニーは不在で(これは伏線)、店には留守番のメキシコ人ボブ、吹雪のため足止めされた巡回死刑執行人モブレー(ティム・ロス)、クリスマスのため故郷帰るカウボーイのゲージ、息子の墓を建てるためがレッド・ロックにむかう元南軍の将軍サンディ・スミザーズの4人。これに馬車の4人が加わり「ヘイトフル8」が揃います。

惨劇
 『ジャンゴ』の背景は奴隷制度でしたが、『ヘイトフル・エイト』は南北戦争。南北戦争で奴隷制度は廃止されますから、同じテーマを扱っていることになります。リンカーン大統領と文通し彼の手紙を持っているウォーレンは元北軍少佐、マニックスは南軍の名を騙った強盗団の一味、スミザーズは元南軍将軍。スミザーズは黒人兵虐殺の疑いがあり、ウォーレンは息子を殺した顛末を語って煽り、銃口を向けたスミザーズを撃ち殺します。タイトルの”hate”はアメリカ南北の分断なんでしょうが、南北戦争もリンカーンの手紙もタランティーノ版『駅馬車』の味付けに過ぎません。

 ヘイトフル8の誰かがコーヒーに毒を入れそれを飲んだルースがあっけなく死に、ストーリーが一挙に動き出します。実は、留守番のボブ、巡回死刑執行人モブレー、カウボーイのゲージの3人はドメルグの仲間で、「ミニーの紳士服飾店」の主人と従業員を殺して舞台を作り、ルースからドメルグを奪い返すために待ち受けていたわけです。ウォーレンとマニックスの出現が想定外で毒殺が計画されたのです。
 ウォーレンはこれを見抜くのですが、これが映画のサスペンス部分、続いて起こるお決まりの派手な銃撃戦がアクション部分。この銃撃戦が無いとタランティーノらしくないわけです。かろうじて生き残ったウォーレンとマニックスによって『映画・ヘイトフル・エイト』の謎が解かれます。リンカーンの手紙は、黒人が白人社会で生きる世渡りの道具で、、ウォーレンの「作り話し」だったと。タランティーノは、ジョン・フォード『駅馬車』の人情噺を、黒人と白人、犯罪者と賞金稼ぎの対立に置き換えたのです。
 クエンティン・タランティーノは苦手でどこが面白いんだろうと思っていました。久々に『ジャンゴ』を観て、視点を変えれば意外と面白いことに気づき、タランティーノを観てみます。

監督;クエンティン・タランティーノ
音楽;エンニオ・モリコーネ
出演; サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ティム・ロス、チャニング・テイタム

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