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吉田修一 路 ルウ (2012文藝春秋) [日記 (2021)]

路 (文春文庫)  台北→高雄間350kmを結ぶ台湾高速鉄道(新幹線)建設の日台プロジェクトを背景ーに、日本と台湾の交流を4組の男女に託した物語です。

春香劉人豪
 1994年、大学生の春香は、金城武のファンだという理由で台北を訪れます。道に迷って劉人豪に助けられ、人豪はバイクで台北を案内します。再会を約した春香は、人豪の連絡先を紛失し、結局会えず終い。1995年に阪神・淡路大震災が起き、人豪は無事を祈るように春香の住む神戸にボランティアとして赴きます。1999年に台湾大地震が起きると、春香もまた人豪を想って彼の郷里・台中を訪れます。
 2000年、商社に就職した春香は新幹線建設プロジェクトで台北に赴任し、伝を頼って人豪を探すことになります。一方の人豪は春香と出会ったことで日本に留学して建設会社に就職、東京で暮らすことになります。運命の糸で結ばれたふたりは、日本人の春香が台北、台湾人の人豪は東京、とすれ違いとなります。『路』は、想いばかりが先行する春香と劉人豪の「すれ違い」の物語、『君の名は』の眞知子と春樹の台湾版です。

 台湾大地震で日本は各国に先んじて救援隊を派遣し救援物資を提供し、東日本大震災では台湾から200億円の義援金が届きました。2021年のオリンピック入場式で、NHKアナウンサーが「台湾です!」と紹介しました。このことを、台湾メディアは「台湾に誇りの瞬間をもたらした」と報道し、twitterで拡散したそうです。IOCは、国名を中華民国(台湾)ではなく「チャイニーズ・タイペイ」としているからです。中国が台湾を併呑しようと圧力を強めています。台湾の独立が危機に瀕している時に、日本の国営メディアが声高々と「台湾」の呼称を使い日本は味方だと叫んだのですから嬉しかったわけです。
 中国がパイナップル輸入を止めた時には、台湾産パイナップルを買おうという運動が庶民レベルで起きました。政府は、新型コロナウィルスのワクチンを無償で提供し、台湾のファウンドリー企業を日本に誘致するため4000億円の投資を決めています。
 こうした日台の交流が春香と人豪に託されます。台湾の新幹線は無事完成して時速300kmで運行を始め、春香の仕事は終わります。春香は、上司の勧める新しいプロジェクトを断って台湾に残ることを決心します。

勝一郎呂燿宗
 日台交流で外せないのは、台湾が日本の植民地であった歴史です。1895年、日清戦争の勝利で台湾は日本に割譲され、敗戦の1945年まで日本の植民地でした。
 葉山勝一郎は、台湾で生まれ育ち敗戦で日本に引き上げた、20万人とも言われる湾生の一人です。75歳になった勝一郎は、旧制台北高校の同窓会名簿で幼馴染みの呂燿宗(中野赳夫)が健在であることを知り、60年ぶりに呂燿宗を台北に訪ねます。この台湾旅行をアテンドしたのが、劉人豪。
 勝一郎と呂のふたりは、日本女性・曜子を愛した(争った)という過去があります。学徒出陣する呂は曜子への恋を告白し、勝一郎は、オマエは日本人ではない、二等国民(台湾人)だと呂を詰った経緯があります。その後、勝一郎は曜子と結婚します。この出来事が勝一郎を台湾から遠ざけていたのです。曜子が亡くなり、60年経ってわだかまりも癒え、勝一郎は呂を尋ねる決心をします。二人の再会と、昔遊び回った路地を訪ねる下りはなかなか感動的です。
 勝一郎は癌で余命幾ばくもない身、医師の呂は「台湾で死ね(故郷に来いおれが看取ってやる)」と告げます。

ユキ
 安西誠は、高速鉄道プロジェクトのため台湾に派遣された春香の上司。新幹線プロジェクトは進展せず、日台の間で悩む日々が続き、日本に残した妻との関係が拗れて離婚。クラブ・ホステスのユキ(台湾人)と同棲し安らぎを取り戻します。

陳威志張美青
 陳威志は、新幹線の車輌整備工場の整備員。高雄の整備工場を訪れた春香と親しくなります。威志の幼馴染み張美青は、カナダに留学して日本人の子供を身籠って捨てられ、故郷に戻ったシングルマザー。威志は美青と結婚し、その息子を育てます。吉田修一の読者であれば、これが『続・横道世之介』のヴァリエーションだと分かります。

 タイトルの『路(ルウ)』とは、台湾高速鉄道の「道」であり、葉山勝一郎と呂燿宗が再訪した「路(ルウ)」であり、春香と人豪が歩いた台北の「路(ルウ)」です。

台湾愛
(春香は窓からの景色を眺め)南国の日を浴びた樹々は強烈な緑色で、自分は生きてるんだと大声で宣言しているように見える。南国の太陽が降り注ぐ日には、目一杯浴び、南国の雨に濡れる時には、目一杯飲み干す。ここ燕巣の樹々を眺めていると、生きるということがとてもシンプルなものに思えてくる。シンプルだからこそ、とても力強いものに。
 台湾は台北、台中、くらいしか知りませんが、仕事で何度か行きました。この緑色は記憶にあります。後は台湾料理が美味しかったこと。本書でも、魯肉飯、拝骨飯、紅豆湯圓、牛肉麺、小籠包、魯白菜と台湾料理が沢山登場します。
 『路(ルウ)』は、作者の湾愛に溢れた小説です。一度でも台湾を訪れた読者なら、また台湾に行ってみたくなる小説です。

【当blogの吉田修一】
国宝(2019)
続・横道世之介(おかえり横道世之介、2019)
怒り(2014中公文庫)
路 ルウ (2012文藝春秋)
横道世之介(2009)
悪人 (2007朝日文庫)
女たちは二度遊ぶ(2006角川文庫)

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吉田修一 悪人 (2007朝日文庫) [日記 (2021)]

悪人 新装版 (朝日文庫)  福岡と佐賀を結ぶ国道263号線の三瀬峠で、若い女性の絞殺死体が発見されます。殺されたのは、福岡の21歳の保険外交員・石橋佳乃。殺したのは長崎の27歳の土木作業員・清水祐一。ふたりは出会い系サイトで知り合い、金銭の介在する男女関係。男女の出会いを「出会い系サイト」に求め、恋が金銭で売買されるわけですから売春、佳乃は素人の娼婦、娼婦の素人と言われます。
 佳乃は、ボーイフレンドの大学生・増尾と会うと同僚に告げて別れた後殺されます。後半まで殺人の描写は無く、祐一が殺したとは何処にも書かれていませんが、犯人は祐一。祐一は何故佳乃を殺したのかという倒叙ミステリーです。

祐一
 祐一は、母親に捨てられ、祖父母の養子になったという生い立ちを抱えています。寡黙で車以外には興味を示さない反面、祖父や集落の老人の病院通いに手を貸す優さがあります。祐一が何故佳乃を殺すに至ったのか?、作者は祐一自身ではなく彼を取り巻く人々に語らせます。祐一を育てた祖母・房枝、息子のように思う大叔父・憲夫、祐一を捨てた母親・依子、数少ない友人の一二三、祐一が馴染んだファッションヘルスの従業員・美保などの証言によって、祐一の姿が浮かび上がります。作者は、倒叙ミステリーをドキュメントの手法を使い、事件と人間の多角的な側面を描きます。
 祐一は、ファッションヘルスに母性を求めたようです。馴染んだ美保に手作りの弁当を運び、祐一ような男と一緒に暮らしたいというの美保の空想を実現するためにアパートまで借ります。美保は、これを聞いた翌日に姿を消します。これを聞課された友人の一二三は、祐一を「起承転結」の”起”と”結”で出来上がっている人間だと評します。

光代
 紳士服量販店の店員光代は、接客する男性の中から白馬の騎士が現れることを夢想する間に、いつしか29歳。店とアパートを往復する単調な生活のなかで祐一と出会います。これも出会い系サイト。光代の登場によってミステリーは変貌します。
 現代の出会いは、学校や職場という現実の「場」ではなくサイバー空間で起こる様です。偽名を使い年齢を偽り、人はアイコンとして出会います。仮想世界で人はどんな存在にもどんな関係を結ぶことが出来ますが、そこを離れれば動かし難い現実の世界と直面することになります。そのギャップにドラマが生まれるわけです。

 ふたりは出会ったその日に男女の仲となり、逢瀬を重ねるうちに祐一は殺人を告白します(ここで初めて祐一が犯人だと明かされます)。光代は祐一に自首を勧め、警察署の前で光代の脳裏にひとつのシーンが甦ります。光代には、乗る筈のバスがバスジャックされ(西鉄バスジャック事件)既んでのところで難を逃れた経験があります。バスに乗る寸前に友人からキャンセルの電話が入り、難を逃れたシーンが甦ったのです。

イヤ!あのバスには乗りとうない!
 ここで祐一と別れたら、私にはもう何にもないたい……。私、幸せになれるって思うたとよ! 祐一と出会って、やっとこれで幸せになれるって…。

自首というバスに乗れば、祐一を失います。祐一を失いたくない光代に引きづられ、ふたりの逃亡が始まります。殺人犯が女性を人質に逃亡するのではなく、女性が殺人犯を人質に逃亡するです。

私ね、祐一と会うまで、一日がこげん大切に思えたことなかった。仕事しとったら一日なんてあっという間に終わって、あっという間に一週間が過ぎて、気がつくともう一年…。私、今まで何しとったとやろ? なんで今まで祐一に会えんかったとやろ?
今までの一年とここで祐一と過ごす一日やったら、私、迷わずここでの一日ば選ぶ...。

 光代と祐一はラブホテルの泊まりを重ね、車が手配されたため車を捨て廃墟となった灯台に逃げ込みます。灯台は、母親に置き去りにされた祐一が桟橋から見た風景です。

最終章 私が出会った悪人
 警察は灯台を包囲しふたりの逃亡は終わりをつげます。捕まる寸前、突然祐一は光代を押し倒し首に手を掛けます。

【祐一の供述】
この前もお話しした通りです。他に付け加えることも、訂正することもありません。女性を追いつめることに快感を覚えとったんです。追いつめた女性が、苦しむところを見ることで、性的に興奮しとったんです。
・・・何度も言いますけど、自分は馬込さんのことなんか、初めからぜんぜん好きじゃなかったんです。ただ、一緒に逃げるときの金ヅルとして、そういう(愛している)ふりをしたこともありました。そういうふりをしとるうちに、自分でも勘違いしてしまって、それが自分の本心のように思えとったんです。でも、今、考え直したら、別に馬込さんじゃなくてもよかったんです。馬込さんじゃなくても....。ただ、もし馬込さんに会うてなかったら…。もし、あの人に会うてなかったら…。

【ファッションヘルスの従業員・美保の証言】
そしたらあの人が急に真面目な顔をして、「ここだけの話やけど、俺、おふくろに会うたら金せびる」って言ったんですよ。・・・真面目な顔でそう言うってことは、悪いと思うとるんやろうし、次は反省の弁でも出てくるんやろうなぁって。・・・でも、あの人、私の予想とは違って、「欲しゅうもない金、せびるの、つらかぁ」って言うたんですよね。だけん、「じゃあ、せびらんならいいたい」って、私が笑うたら、あの人、ちょっと考え込んで、「…でもさ、どっちも被害者にはなれんたい」 って。

【光代の証言】
でも、あんな逃げ回っとるだけの毎日が…、・・・未だに懐かしかとですよ。ほんと馬鹿みたいに、未だに思い出すだけで苦しかとですよ。きっと私だけが、一人で舞い上がっとったんです。佳乃さんを殺した人ですもんね。私を殺そうとした人ですもんね。世間で言われとる通りなんですよね? あの人は悪人やったんですよね? その悪人を、私が勝手に好きになってしもうただけなんです。ねぇ?そうなんですよね?

 心優しき殺人者、悪人、祐一の物語です。

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吉田修一 続・横道世之介(2019中央公論新社) [日記 (2021)]

続 横道世之介続きです

一応大学は卒業したものの、一年留年したせいでバブル最後の売り手市場にも乗り遅れ、現在バイトとパチンコでどうにか食いつないでいる二十四歳。

 『横道世之介』で19歳だった世之介は24歳になっています。留年して名のある会社はすべて一次試験で落ちてしまい、やっと面接までこぎ着けた中堅菓子メーカーはギックリ腰で棒に振り、只今フリーター。学生時代の友人は就職して去り、世之介の人間関係はアルバイト先とパチンコ屋だけという寂しさ。唯一残っているのが、同じ留年組だった「コモロン」こと小諸大輔。世之介を置いて一流証券会社に就職したコモロン曰く、

会社で嫌なことがあっても、ふと世之介のこと思い出すと、なんかほっとするんだよ。無理しなくてもいいよなって。世之介みたいな奴でもちゃんと生きてけるんだもんなあって。

世之介は周りを癒やすというか、世之介と比較すればオレも未だマシと思わせる人物なんでしょう。当の世之介はこう自己評価します、

・・・俺は、マラソン大会とかで、 辛くて、いよいよ立ち止まって、レースから脱落したときに横を歩いてくれる奴なんですって。息が整うまで一緒に歩いてもらって、自分の息が整ったら、俺を置いて走っていく

「少しは言い返せよ、怒れよ」と思うんですが、『横道世之介』の面白さはこの人のよさ、ほぼこれに尽きます。

 続編も1993年の世之介の現在と2021年が交差します。登場人物は一新され、”コモロン”、シングルマザー桜子と3歳の息子の亮太、桜子の兄隼人、パチンコ屋で新台を取りあった浜本。コモロンは折角採用された証券会社で落ちこぼれ、世之介と場末居酒屋でクダを巻き、英語を話すと人格が豹変することから一念発起してアメリカに留学します。桜子は元ヤンキーでキャバクラ・ホステス、かつシングルマザー。ヒョンなことで世之介と知り合い、ふたりは付き合うことになります。女だてらに鮨職人を目指す浜本は、頭を五分刈にして銀座の鮨屋に就職します。残念ながら、子供が生まれ大学を辞めた親友・倉持、天然の「お嬢様」恋人・祥子は登場しません。

 桜子の実家は父親と兄が経営する自動車整備の町工場で、アルバイト先が潰れた世之介は、彼女の実家でアルバイトを始めることになります。桜子は、短編集『女たちは二度遊ぶ』の「殺したい女(2005)」が発展したヒロインです。世之介は桜子にプロポーズしますが、定職に就かない男が何言ってんだと断られる始末。
 続編の後半は、世之介、桜子を軸に、桜子の息子亮太、父親、兄の勇斗(元ヤンキー)にコモロン、浜本が加わり、下町の町工場を舞台にドラマが展開します。

 世之介は定職もなく彼女の親元でアルバイト。世之介の両親は、何のために東京の大学にやったのかと嘆き、隣近所に肩身が狭い。読者の方も、「オイ、いい加減にシッカリしろヨ」と言いたくなります。コモロンは、

世之介ってさ、いつ見ても0(ゼロ)だからさ、だから、世之介のこと見てると、なんか、『まだ、ここからいくらでもスタートできるな』って思えんの

 前作との唯一の繋がりが”ライカ”。このライカで撮した世之介の写真が、小さな公募展で佳作に入選します。審査員は、

君の写真の何がいいか、君、自分で分かる?
何がいいか、ですか? いや、ちょっと自分では……
君の写真はね、善良なんだよ、善良
 善良?

 これが縁で世之介は審査員の助手となり、カメラマンの道を歩みだ出します。世之介のこの「善良さ」は、ホームから線路に落ちた男を救い電車に轢かれ、40歳で命を落とすことで完結するわけです。

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吉田修一 横道世之介(2009毎日新聞) [日記 (2021)]

横道世之介  長崎から上京した横道世之介の大学1年の春から1年間を描いた青春小説で、昭和、平成版の漱石『三四郎』と言えます。世之介が入学のオリエンテーションで倉持と知り合う下りは、三四郎と与次郎の関係とよく似ています。、三四郎が広田先生、野々宮など様々な人と知り合い年上の女性美穪子に憧れるように、世之介もバブル期の東京で人と出会い恋をして成長します。
 世之介の名前は、井原西鶴『好色一代男』の主人公から取られています。豊かな経済力を背景に様々な文化が花開いた元禄は江戸時代のバブル期。平成バブルで青春を謳歌する世之介は、西鶴の世之介の様に女護ヶ島へ船出するのか…。作者は、自らの青春と重ね合わせて現代の『三四郎』を書いたわけです。

 『横道世之介』は、『三四郎』と『好色一代男』の他もうひとつ、2001年に山手線新大久保駅で起きた人身事故が下敷きになっています。ホームから転落した男性を助けようとして、居合わせたカメラマンと韓国人留学生が命を落とした事故です。このカメラマンが中年になった横道世之介。事件が直接描かれることはなく、小説の中盤、美穪子に相当する千春によってこの事実が明かされます。『横道世之介』は、世之介の生きる1980年代を現在に、世之介のいない2000年代の倉持や千春が登場し世之介を回想する構図です。
 世之介の青春はこの事故を前提に進行しているわけです。人は死に向かって生きているのすから、その死が如何なるものであってもいいわけですが、今読んでいる小説の主人公が40歳で人助けのために命を落とすと明かされれば、読者としては襟を正して読むことになります。ノーテンキな世之介の青春の一つ一つが何やら意味を持って来そうで、「ズルい」手法とも言えます。

 世之介の青春とはどんな青春か?。経営学部の大学1年生、成りゆきで”サンバ”サークルの幽霊会員となり、バイトに明け暮れ期末試験は友人のノートをコピーして何とか乗り切る典型的な大学生。世之介より一世代古い私の大学生活と殆ど変わらないところが面白い。変わらないから、読みながら自分の大学生活が蘇り何ともホロ苦い気分となります。たぶん三四郎も(私も)世之介も2020年代の青春も、そして未来の青春も変らないでしょう。

 様々な人物が登場します。大学同級生の倉持は、恋人が妊娠したため大学を辞めて子供を育てことに人生を賭け、パーティーを渡り歩き高級娼婦と噂され千春は、留学して画家のマネジメントを経てラジオのDJとなり、恋人の祥子は、ボートピープルと出会ったことで国連職員となってアフリカで難民と向き合います(このヒロインはなかなか魅力的)。世之介は、ヒョンなことからカメラマンとなります。

 日本に帰った祥子は、世之介の郷里と連絡を取り亡くなった事を知ります。彼の母親から届いた手紙には「与謝野祥子以外、開封厳禁」と記した封筒が同封され、中身は何枚かの写真。祥子は「初めて世之介が写した写真、最初私に見せてもらえません?」と言った約束が、死後3ヶ月経って「律儀」に果たされたことを知ります。母親の手紙には、

世之介が自分の息子でほんとによかったと思うことがあるの。実の母親がこんな風に言うのは少しおかしいかもしれないけれど、世之介に出会えたことが自分にとって一番の幸せではなかったかって。

 周りを幸せにし、40歳で線路に落ちた人を助けて亡くなった世之介の青春の物語りです。

 吉田修一は『女たちは二度遊ぶ』に続いて2冊目、只今青春の人以外にもオススメです。 →続編

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映画 クワイエット・プレイス 破られた沈黙(2021米) [日記 (2021)]

クワイエット・プレイス 破られた沈黙 ブルーレイ+DVD [Blu-ray]  原題:A Quiet Place: Part II、『クワイエット・プレイス』(Part Ⅰ)の続編です。音を感知して人間を襲うエイリアンとイヴリン(エミリー・ブラント)一家の闘いの物語です。このシリーズの秀逸なところは、(音を立てればエイリアンに襲われるため)セリフが殆どなく、ストーリーと俳優の仕草、表情、手話で「魅せる」映画となっているところです。一種のサイレント映画です。

 前作で、一家の主人リー(ジョン・クラシンスキー)は、イヴリンとリーガン(ミリセント・シモンズ)、マーカス(ノア・ジュープ)の家族を護り、イヴリンの出産と引き換えにエイリアンと闘って命を落とします。続編は、前作の舞台である農場を出て、安住の地を求めるイヴリンと3人の子供の物語です。

 イヴリンは友人のエメット(キリアン・マーフィー)と出会いストーリーが動きだします。キリアン・マーフィーはSFホラー『28日後…』でゾンビと闘いますから本作には打ってつけ?。イヴリンは二人の子供と赤ん坊を連れて逃げる途中でマーカスが怪我をし、このピンチをエメットに助けられます。エメットは、廃墟の巨大なボイラーで一人暮らしています、密室ですから音も漏れずエイリアンから身を護ることが出来るというわけです。この密室が後に災いとなります。
 新しく登場したエメットは、家族を失いエイリアンが支配する世界で人間が醜く争っている姿に嫌気が差し、廃墟で一人暮らしています。赤ん坊を連れたエヴリンが現れたことで立ち直るというストーリー展開です。
 エメットの隠れ家で、リーガンはラジオで『ビヨンド・ザ・シー』の電波を受信し、何処かに生存者のいることを知ります。今回もリーガンが活躍します。
 エイリアンは、ある周波数の音波を流すことで活動が止まり、撃退も可能です。これを発見したリーガンの父親リーは発信器を作り、前作ラストでイヴリンは発信器でエイリアンの動きを封じて撃ち殺し危機を乗り越えています。この「音波」が続編でも重要なカギとなります。イヴリンを演じるのは『ボーダー・ライン』のエミリー・ブラントですからなかなか強い。イヴリンに劣らず強く賢いのがリーガン。リーガンはエイリアンを無力にする音源を『ビヨンド・ザ・シー』の放送局から電波で流せば、生き残った人々の武器になると考えるます。リーガンは、『ビヨンド・ザ・シー』という曲は放送局の位置を示すメッセージであり、海の向こう=島だと考え、単独で島を探しに出掛けます。リーガンを演じるミリセント・シモンズは、実生活でも聴覚障害者だそうです。リーガンの魅力はそうしたハンディを克服する俳優さんの魅力でもあるようです。

 ここから転調、ハイライトとなります。エメットがリーガンの後を追い、イヴリンは負傷したマーカス為に薬を探しに出かけ、残されたマーカスと赤ん坊にエイリアンが迫りと、3つの危機が同時に進行します。3人は危機を乗り越え、マーカスのラジオからは件の「音」が流れ、TheEnd。
 突っ込めば突っ込みどころはありますが、沈黙(クワイエット)を描くというアイデアに一票。
監督:ジョン・クラシンスキー
出演:エミリー・ブラント、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュープ、キリアン・マーフィー、ジャイモン・フンスー

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カリンシロップ&かりん酒 [日記 (2021)]

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11月カリンの実を収穫       銀杏に切ってことこと煮るだけ、アクは丹念に取る

 今年もカリンを頂いてきたので、カリンシロップ&かりん酒を作ります。カリンシロップは、「漬け込む」方法と「煮出す」方法があるようですが、今年も手軽でこの冬に飲める「煮出す」方法。面倒なので皮つきのまま。拳の2倍ほどのカリンの実4個から、コーヒー瓶1個まで煮詰めました。
 かりん酒の製法は梅酒と同じです。傷んだ部分を取リ除いて35度のホワイトリカー+氷砂糖に漬け込むだけ。1年寝かせるとまろやかになり、お湯割りで頂きますw。
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 カリンシロップ完成          かりん酒 →1年寝かせます
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花、4月頃              実、7月頃

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映画 T-34 レジェンド・オブ・ウォー(2019露) [日記 (2021)]

T-34 レジェンド・オブ・ウォー 最強ディレクターズ・カット版 [Blu-ray]  ロシア映画はあまり観ないのですが、地味な戦争映画『レッド・リーコン』はなかなか力作でした、オススメ。本作もWWⅡの独ソ戦を舞台にした戦争映画です。しかも主役は戦車。
 ストーリーは至ってシンプル。捕虜となった赤軍の戦車兵が、ドイツ軍が捕獲したロシアのT-34戦車を奪って収容所を脱出、祖国を目指すというもの。見どころはT-34戦車とドイツのIII号戦車の戦闘です。20~30tもある一見鈍重な戦車は時速50km/hで走ることが出来(昔、自衛隊の戦車が公道を走る姿を見たことがありますが、速いです)、悪路もなんのその、その重量にものを言わせて障害物を突破する運動性は絵になります。
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 III号戦車              T34戦車
 冒頭、モスクワまで30数kmに迫ったドイツIII号戦車の中隊に1両のT-34が立ち向かいます。中隊を率いるのはイェーガー大尉(ヴィンツェンツ・キーファー)、T34に乗るのはニコライ・イヴシュキン少尉(アレクサンドル・ペトロフ)。ニコライはたイェーガーの中隊に大損害を与えますが、多勢に無勢結局ドイツの捕虜となり、ニコライvs.イェーガー因縁の対決がストーリーの中核となります。

 イェーガーは捕虜収容所でニコライと再会し、オマエはあの時のT-34の戦車長か!、戦争で敵の顔が見えるというアナログ感がいいです。イェーガーは、戦車戦の演習に使うため鹵獲したT-34をニコライに修理を命じます。ニコライは、このT-34に乗って脱走を計画、捕虜の中から元部下の乗員、ヴァシリョノク(操縦手)、ヴォルチョク(砲手)、イオノフ(装填手)の3名を選びます。ニコライの部下が捕虜収容所にいる、捕獲されたT-34に砲弾が残っている! →この辺りはご都合主義ですが、まぁいいでしょうw。T-34を奪ったニコライは、チェコ国境まで300kmを突っ切ってロシアへ「6時間だ!」と。地図が必要!。これもイェーガーの通訳でロシア人アーニャ(イリーナ・スタルシェンバウム)が盗み出します、代わりに私もロシアへ連れて行って、と。ヒロインも登場しアーニャとニコライのラブストーリーまで加わることになります。

 圧倒的な見せ場は、ニコライのT-3とイェーガーのIII号戦車の一騎討ち。敵よりも有利な位置を確保し、砲塔を敵より速く回転させてブッ放しまします。この緊迫のシーンを俯瞰映像で見せてくれます、なかなかのもの。III号戦車はハリボテですがT-34は本物を使って撮影したらしいです。逃げるT-34、追うIII号戦車、ニコライは無事祖国にたどり着けるのか…。

 戦車を描いた戦争映画は、それほど多くはありませんが、最近のものではブラッド・ピットの『フューリー』が個人的にはオススメ。『T-34』は、ドラマとしては『フューリー』に一歩譲りますが、戦車同士の戦闘シーンは豊富。「レジェンド・オブ・タンク」で、戦争映画がお好きならオススメです。

監督:アレクセイ・シドロフ
出演:アレクサンドル・ペトロフ、ヴィンツェンツ・キーファー、イリーナ・スタルシェンバウム

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ローラン・ビネ HHnHプラハ、1942年 (2)(2013東京創元社) [日記 (2021)]

HHhH (プラハ、1942年) 続きです。
ヴィンゼー会議
 ハイドリヒは「ユダヤ人問題最終的解決」を決定した「ヴァンゼー会議」を仕切り、ユダヤ人の絶滅収容所を決定します。ハイドリヒの特別行動隊(アインザッツグルッペン)は、東欧ですでに数十万のユダヤ人を虐殺しています。森の中で数百人単位で機銃掃射で殺すという方法は、執行者にストレスを与え特別行動隊でさえ士気の低下を招きます。兵士にストレスを与えず「効率的、経済的」に「処理」する方法として、ユダヤ人を収容所に集め毒やガスによる一括して虐殺することが決定されます。

会議そのものは二時間もかからなかった。たった二時間でユダヤ人に関する様々な問題をあらかた決めてしまったのだ。ユダヤ人のハーフはどうするのか? クォーターは? 第一次大戦で戦功のあったユダヤ人は? ドイツ人と結婚したユダヤ人は? ユダヤ人の夫を殺されて寡婦となったアーリア人女性には年金を付与して賠償すべきか? あらゆる会議がそうであるように、前もって決められた事柄だけがその場で決定される。実際、ハイドリヒにとっては、今後はある目標に向かって仕事をしなければならないということ帝国の全閣僚に告げる由だった。その目標とは、全ヨーロッパのユダヤ人を物理的に排除することである

 絶滅収容所に至るまでには、ユダヤ人をソ連やマダガスカルに移住させる計画があったようです(マダガスカル計画)。ソ連戦線が膠着しイギリスが制海圏を握ったため船での移送が困難となり、この移住計画ボツ。作者によると「こうしていつのまにか、ユダヤ人問題は産業的意味合いを帯びるようになった」。ヴィンゼー会議では、ユダヤ人問題が「産業的意味合い」として国家の施作として決定されます。
 映画『謀略』では、豪華な食事とワインとともにホロコーストが論議されます。会議で配られた資料によると、ユダヤ人はソ連に500万人、ポーランドに200万人と全ヨーロッパで1,100万人。犠牲者数は500~600万人と言われていますから、ナチスは絶滅収容所のガス室によってその半数を「排除」したことになります。

 ユダヤ人移住計画→絶滅収容所計画には、アイヒマンが深く関わっています。アイヒマンは、1934年頃から親衛隊情報部に異動してユダヤ人問題に関わり、1938年にウィーンに派遣され「ユダヤ人移民局」を担当しています。ウィーン時代にハイドリヒに見い出されたようで、本書では、
ハイドリヒは、ユダヤ人対策で見事な仕事をしているアドルフ・アイヒマンという小柄な少尉の名を胸に刻んだ。
となります。1939年3月にプラハに異動、9月にはゲシュタポのユダヤ人課長となり(マダガスカル計画)、1941年のヴァンゼー会議ではハイドリヒのスタッフとして参加していますから、アイヒマンは一貫してユダヤ人専門家の道を歩んだことになります。1942年から収容所へのユダヤ人移送が始まり、アイヒマンはその責任者としてこれに関わっています。哲学者ハンナ・アーレントはアイヒマンの行為を「凡庸な悪」と呼んだそうですが、じゃぁハイドリヒはどんな悪?。
類人猿作戦(エンスラポイド作戦)
 イギリスのチェコスロバキア亡命政府は、ハイドリヒ暗殺のために2名の兵士を送り込みます。イギリスで訓練され、パラシュートでプラハ近郊に着地させるわけですから、この暗殺計画はイギリス政府の支援の元で実行された計画です。作者はハイドリヒ暗殺の影にはチャーチルの意向があった?と想像します。チャーチルの関与は、小説を膨らませるには格好の材料です。

ハイドリヒはこう言ったらしい。「この戦争に勝てる見込みはもうないから、講和の道をさぐるべきだが、ヒトラーがそれを吞むとは思えない。ここのところをよく考える必要がある」

第三帝国絶頂期の1942年5月に、ハイドリヒは講和を考えていたというのです。しかもヒトラーに取って代わって。

これをもってハイドリヒには類い稀な洞察力が備わっており、ナチ高官の誰よりも頭がよかったと見なしている。また同時に、ハイドリヒがヒトラーを倒す可能性も視野に入れていたと理解している。(これは)あの前代未聞の仮説をわれわれに示す。ヒトラーに対する全面的勝利の機会が奪われたとは断じて思いたくなかったチャーチルにとって、ハイドリヒの排除こそ絶対的優先事項だったというのだ。つまり、イギリス人がチェコ人を支援するのは、ハイドリヒのように抜け目のないナチ高官がヒトラーを排除し、妥協による講和に持ち込んでナチ体制を維持することを恐れているからだ、と。

 ハイドリヒの上にはヒムラーが居て、ヒトラー自身が後継者に指名したゲーリングがいるわけですから、<ヒトラー排除>などできるわけがないのですが、想像としては捨てがたい…。

ガブチーク、クビシュ
 ロンドンにはチェコスロバキア、ポーランド、フランス、オランダ、ベルギー等の亡命政府があります。ド・ゴールの「自由フランス」は本国(ヴィシー政権)のレジスタンスを支援し抵抗運動に成果を挙げていますが、チェコ国内のレジスタンス組織はハイドリヒによって潰され抵抗運動は低調。大統領ベネシュは、イギリスで訓練された武装兵士をチェコ国内に送ることを計画します。兵士はチェコ人とスロヴァキア人で構成されるべきだ、と。

そこで、僕はこう想像するのだ。とりわけチェコ情報部の長の地位にあるモラヴェッツ大佐にとって、ボヘミア・モラヴィア代理総督にして、「民族の処刑者」、「プラハの虐殺者」と呼ばれ、ドイツ情報部の長でもあり、いわば彼と同等の身分である親衛隊大将ハイドリヒを暗殺するという計画をそのとき思い浮かべたとしても何の不思議もないと。
そう、いっそのこと、ハイドリヒを狙ってしまえ、と……。

 チャーチルとベネシュの焦りによってハイドリヒ暗殺が決定します。暗殺実行者としてチェコ人のヨゼフ・ガブチーク軍曹とスロバキア人ヤン・クビシュが選ばれ、彼らを支援するチームとともにプラハ郊外にパラシュートで降下し、支援者に匿われ暗殺の機会を伺うわけです。暗殺自体は、映画であればハイライトですが、護衛も付けずメルセデスのコンパーチブルで出勤するハイドリヒを待ち伏せして爆殺するという、文字にすればそれだけ。暗殺者にとって唯一の誤算は、ハイドリヒの車の前に立ちはだかった時に、ガブチークのステン短機関銃が不発だったこと。すかさずクビシュが手榴弾でメルセデスを爆破。重傷を負ったハイドリヒは病院に運ばれ手術を受けますが、感染症で死に暗殺は成功します。
 ハイドリヒ暗殺はヒトラーを相当に怒らせたようで、「草の根分けても探し出せ!」。報復、見せしめとしてレジスタンスを匿った容疑でリディツェ村が選ばれ、15歳以上の村の男子はその場で銃殺、女性と子供は収容所に移送され後に毒ガスによって殺されます。

だが、これで終わったわけではない。ヒトラーは、リディツェ村を自分の怒りを解消するための象徴的な見せしめにしようと考えた。ハイドリヒの殺人犯を逮捕し罰することのできない無能な帝国に対する欲求不満は、抑制のきかない全面的なヒステリーを引き起こした。そこで出された命令は、文字どおり、リディツェ村を地図から消し去ってしまうこと。墓地を踏みにじり、果樹園を掘り返し、すべての建物に火をつけ、土地には塩をまいて今後何も生えてこないようにした。村は地獄の熾火と化した。瓦礫を一掃するために何台ものブルドーザーが投入された。どんな痕跡も残さないこと、村がそこにあったことを示すいかなる形跡も消し去ること。

 ガブチーク、クビシュとパラシュート降下部隊はプラハの聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂に隠れ、ゲシュタポとの壮絶な銃撃戦で死にます。

 本書を原作とした映画『ナチス第三の男』もそうですが、「類人猿作戦」そのものは大して面白くありません。面白いのは、何と言っても「怪物」ラインハルト・ハイドリヒです。類人猿作戦の主役であり華々しく散ったガブチーク、クビシュよりも、暗殺されたハイドリヒが光芒を放っているのは何故なんでしょう?。『ナチス第三の男』でも『謀議』でも、そして本書『HHnHプラハ、1942年』でもヒーローはハイドリヒです。理解不能な巨悪という存在もまた魅力的である、という二律背反です。
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ローラン・ビネ HHhHプラハ、1942年 (1)(2013東京創元社) [日記 (2021)]

HHhH (プラハ、1942年)  チェコスロバキアのレジスタンスがナチス親衛隊のハイドリヒを暗殺したエンスラポイド作戦(類人猿作戦)を描いた小説です。ノンフィクションだと思ったのですが本書はフィクションで、ハイドリヒと暗殺者が一人称や三人称で登場するのではなく(もちろん登場しますが)、主人公は作者ビネがハイドリヒが襲われた曲がり角に立ち、暗殺者が追い詰められて立て籠った教会にガールフレンドと訪れ壁の銃痕を見て事件の感慨にふけるという一風変わった「小説」です。

ベーメン・メーレン保護領
 1942年5月27日、プラハでナチスの高官がチェコのレジスタンスによって暗殺されます。殺されたのはナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒ。当時のチェコスロバキアは、ナチスに占領され「ベーメン・メーレン保護領」となりチェコはロンドンに亡命政府を置きます。この亡命政府が抵抗運動の一環としてハイドリヒ暗殺のためガブチーククビシュの2名の刺客を送り込みます。エンスラポイド作戦(類人猿作戦)です。
 ドイツの登場する戦争映画では、国防軍と髑髏マークの徽章を付けた親衛隊が登場します。正規軍は国防軍で、親衛隊はナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の謂わば「私兵」。親衛隊は第三帝国の治安(ゲシュタポ)、情報(諜報)を握り、ユダヤ人問題(絶滅収容所)を扱う部署です。保護領の反ナチス勢力を一掃するため、親衛隊のNo.2ハイドリヒが副総督として送り込まれ、ハイドリヒは特別行動隊(アインザッツグルッペン)を使ってレジスタンスの弾圧に乗り出します。
 本書は、このハイドリヒと暗殺を企てるレジスタンスの2部構成です。

金髪の野獣ハイドリヒ
 ハイドリヒは、金髪碧眼長身の理想的「アーリア」人の容姿に加え、フェンシング、バイオリンに長じ飛行機の操縦もできるという一種のスーパーマン。元海軍中尉でカナリス提督の元側近ですが、女性問題でしくじって不名誉除隊となります。ハイドリヒを救うのが婚約者で後の妻のリナ。他の女性に手を出したわけですから婚約解消となる筈が、リナは伝を頼ってハイドリヒを親衛隊のヒムラーの元に送り込み、後に”Himmlers Hirn heißt Heydrich”(「ヒムラーの頭脳、本書のタイトル)と呼ばれる親衛隊no.2になります。映画『ナチス第三の男』では、ヒムラーがリナに「ハイドリヒはアンタが造った作品だ」と言わせています。リナは、女で海軍をしくじったハイドリヒを許し、ヒムラー渡りをつけて親衛隊に潜り込ませ、結果親衛隊大将にまで仕立てあげたのですから、ハイドリヒはリナの作品かも知れません。

 ハイドリヒが如何に「優秀」だったのか、恐れられたのかは、彼の行った謀略によく表れています。ハイドリヒはヒトラーの政敵、第三帝国の政策に反対するブロンベルク(国防大臣)フリッチュ(陸軍総司令官)を謀略によって葬ります。

 ハイドリヒは、ブロンベルクの若い妻が元娼婦だったことに目をつけ、彼女の裸の写真を閣内で回覧し、ブロンベルクを辞職に追い込みます。フリッチュの場合はさらに屈辱的。

ブロンベルクとは違って、フリッチュは表向きは固い独身者で通っていた。ハイドリヒはそこから手を付けることにした。この種のプロフィールの持ち主の弱点は明白だった。この一件書類を作成するうえで、彼はまずゲシュタポ內にあるお誂え向きの部署、すなわち「同性愛撲滅課」に向かった。
 「同性愛撲滅課」でフリッチュと男娼との関係を掴み、ヒトラーとゲーリングの前でフリッチュと証人を対決させます。ハイドリヒに睨まれれば、国防大臣も陸軍総司令官もひとたまりもありません。

 ハイドリヒの謀略は国外に及びます。赤軍の司令官トゥハチェフスキーの追い落としです。ナチス・ドイツに先制攻撃を仕掛けるべきだと主張したトゥハチェフスキーを葬るために、情報撹乱作戦を仕掛けます。レーニンとの反目に目をつけ、トゥハチェフスキーのワイマール共和国の文書保管室からトゥハチェフスキーのサインを手に入れクーデタ計画の文書をデッチ上げます。文書は元白軍将軍で内務人民委員部(NKVD)エージェントのスコブリンに売られてスターリンに届けられ、トゥハチェフスキーは国家反乱罪で失脚。
 政敵を次々に取り除いてくれるのですから、ヒトラーにとっては得がたい人材、ハイドリヒは権力の階段を掛け上ります。

サロン・キティ
 女性と問題を起こして海軍を不名誉除隊となったくらいですから、ハイドリヒ結構な女好き。リナとの結婚後も売春宿通い止められなかったようで、ハイドリヒは趣味と実益を兼ねて自前の娼館を開きます。ベルリン郊外の瀟洒な地区に一戸建ての家で、国家保安本部の「娼館サロン・キティ」が店開きします。

各部屋の様々な場所に隠しマイクとカメラを設置した。絵の裏、ランプのなか、椅子の下、箪笥の上。盗聴センターは地下室に設えた。単純な名案だった。わざわざ相手の家に出かけていってスパイするのではなく、向こうからこっちに来させる。だから、高い地位にある特権的な客層を確保するには、設備の行き届いた高級娼館にしなければならない。・・・《サロン・キティ》が店開きをすると、口コミでたちまちこの施設の評判は外交関係者のあいだに広まっていく。盗聴装置は一日二十四時間稼働している。カメラは客をゆするのに使われた。
 《サロン・キティ》を作ればハニー・トラップは不要です(笑。本書では、ハイドリヒがサロン・キティで遊んで、盗聴され慌てるエピソードまでありますが、『愛の嵐』の世界...。続きます

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吉田修一 女たちは二度遊ぶ(2006角川文庫) [日記 (2021)]

女たちは二度遊ぶ (角川文庫)  久々に小説、吉田修一は初見。『野性時代』2004年3月号~2005年7月号に発表されものを集めた短編集です。連載時のタイトルが「日本の十一人の美しい女たち」とあるように、11組の男女の出会いと別れを描いた小説です。登場する女性たちは、大学生、家事手伝い、パチンコ店店員、看護師と雑多で、男たちも、作者を想像させる学生、フリーター、サラリーマン。男が、女との苦い?思い出を回想するという小説で、いずれも十数ページの短いもの。例えば『どしゃぶりの女(2004年9月号)』。

 友人の紹介で出会った女は、どしゃぶりの雨の続く3日間「ぼく」の部屋に居続けます。名前は「ユカ」、由香なのか結花なのか「ゆか」なのかも不明。

本当になんにもしない女だった。炊事、洗濯、掃除はおろか、こちらが注意しないと、三日も風呂に入らないほどだった。

 女は部屋を一歩も出ず男の帰りを待ち、男の運ぶコンビニ弁当を食べて生き長らえているという生活。毎晩、女のために弁当を買って帰ることが義務となり、義務から奉仕、奉仕からいたわりに変わっていきます。

ぼくは期待していたのだと思う。どんなことがあっても、じっと部屋でぼくの帰りだけを待っているユカに、期待し、何かを求めたのだと思う。

 コンビニ弁当を運ばなかったらユカはどうするのか、今夜弁当を買って帰らなければ、本当に彼女は明日まで何も食べずに過ごすのか確かめたくなったボクは外泊します。帰ると、何と彼女は1日何も食べずボクの運ぶコンビニ弁当を待っていたのです。

最後にぼくがユカを試した夜、外は雷混じりのどしゃぶりだった。一日、二日といつものようにバイト先の店に泊まり、これが正真正銘最後だと言い聞かせて、三日目の夜も帰らなかった。ぼくには根拠のない自信があった。ユカはいる。どんなに腹が減っていようと、違いなくぼくの帰りを待っている、と。四日目の朝、アパートに戻った。ドアには鍵がかかっていなかった。嫌な予感がして、慌てて中に入った。そこにユカの姿はなかった。布団はきれいにたたまれ、三ヶ月間ずっと吊るされたままだった彼女の洋服もなくなっていた。

 雄が雌に食物を運ぶことは人間だけでなく動物だってやります。雄が雌の元に食料を運ぶ関係で、雌がふと居なくなるのは人間だけ。ユカが何故消えたのかは語られません。語りたかったのは、残されたボクの喪失感でしょう。そうした男女の出会いと別離が11話語られます。
  読者は、11組の男女の出会いと別れを読みながら自らが人生で出会った一人ひとりを否応なく回想してしまう、そんな短編集です。

・どしゃぶりの女(2004年9月号)
・殺したい女(2005年4月号)
・自己破産の女(2005年6月号)
・泣かない女(2005年2月号)
・平日公休の女(2005年3月号)
・公衆電話の女(2005年1月号)
・十一人目の女(2005年7月号)
・夢の女(2005年5月号)
・CMの女(2004年10月号)
・ゴシップ雑誌を読む女(2004年3月号)
・最初の妻(2004年12月号)

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