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吉田修一 横道世之介(2009毎日新聞) [日記 (2021)]

横道世之介  長崎から上京した横道世之介の大学1年の春から1年間を描いた青春小説で、昭和、平成版の漱石『三四郎』と言えます。世之介が入学のオリエンテーションで倉持と知り合う下りは、三四郎と与次郎の関係とよく似ています。、三四郎が広田先生、野々宮など様々な人と知り合い年上の女性美穪子に憧れるように、世之介もバブル期の東京で人と出会い恋をして成長します。
 世之介の名前は、井原西鶴『好色一代男』の主人公から取られています。豊かな経済力を背景に様々な文化が花開いた元禄は江戸時代のバブル期。平成バブルで青春を謳歌する世之介は、西鶴の世之介の様に女護ヶ島へ船出するのか…。作者は、自らの青春と重ね合わせて現代の『三四郎』を書いたわけです。

 『横道世之介』は、『三四郎』と『好色一代男』の他もうひとつ、2001年に山手線新大久保駅で起きた人身事故が下敷きになっています。ホームから転落した男性を助けようとして、居合わせたカメラマンと韓国人留学生が命を落とした事故です。このカメラマンが中年になった横道世之介。事件が直接描かれることはなく、小説の中盤、美穪子に相当する千春によってこの事実が明かされます。『横道世之介』は、世之介の生きる1980年代を現在に、世之介のいない2000年代の倉持や千春が登場し世之介を回想する構図です。
 世之介の青春はこの事故を前提に進行しているわけです。人は死に向かって生きているのすから、その死が如何なるものであってもいいわけですが、今読んでいる小説の主人公が40歳で人助けのために命を落とすと明かされれば、読者としては襟を正して読むことになります。ノーテンキな世之介の青春の一つ一つが何やら意味を持って来そうで、「ズルい」手法とも言えます。

 世之介の青春とはどんな青春か?。経営学部の大学1年生、成りゆきで”サンバ”サークルの幽霊会員となり、バイトに明け暮れ期末試験は友人のノートをコピーして何とか乗り切る典型的な大学生。世之介より一世代古い私の大学生活と殆ど変わらないところが面白い。変わらないから、読みながら自分の大学生活が蘇り何ともホロ苦い気分となります。たぶん三四郎も(私も)世之介も2020年代の青春も、そして未来の青春も変らないでしょう。

 様々な人物が登場します。大学同級生の倉持は、恋人が妊娠したため大学を辞めて子供を育てことに人生を賭け、パーティーを渡り歩き高級娼婦と噂され千春は、留学して画家のマネジメントを経てラジオのDJとなり、恋人の祥子は、ボートピープルと出会ったことで国連職員となってアフリカで難民と向き合います(このヒロインはなかなか魅力的)。世之介は、ヒョンなことからカメラマンとなります。

 日本に帰った祥子は、世之介の郷里と連絡を取り亡くなった事を知ります。彼の母親から届いた手紙には「与謝野祥子以外、開封厳禁」と記した封筒が同封され、中身は何枚かの写真。祥子は「初めて世之介が写した写真、最初私に見せてもらえません?」と言った約束が、死後3ヶ月経って「律儀」に果たされたことを知ります。母親の手紙には、

世之介が自分の息子でほんとによかったと思うことがあるの。実の母親がこんな風に言うのは少しおかしいかもしれないけれど、世之介に出会えたことが自分にとって一番の幸せではなかったかって。

 周りを幸せにし、40歳で線路に落ちた人を助けて亡くなった世之介の青春の物語りです。

 吉田修一は『女たちは二度遊ぶ』に続いて2冊目、只今青春の人以外にもオススメです。 →続編

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映画 クワイエット・プレイス 破られた沈黙(2021米) [日記 (2021)]

クワイエット・プレイス 破られた沈黙 ブルーレイ+DVD [Blu-ray]  原題:A Quiet Place: Part II、『クワイエット・プレイス』(Part Ⅰ)の続編です。音を感知して人間を襲うエイリアンとイヴリン(エミリー・ブラント)一家の闘いの物語です。このシリーズの秀逸なところは、(音を立てればエイリアンに襲われるため)セリフが殆どなく、ストーリーと俳優の仕草、表情、手話で「魅せる」映画となっているところです。一種のサイレント映画です。

 前作で、一家の主人リー(ジョン・クラシンスキー)は、イヴリンとリーガン(ミリセント・シモンズ)、マーカス(ノア・ジュープ)の家族を護り、イヴリンの出産と引き換えにエイリアンと闘って命を落とします。続編は、前作の舞台である農場を出て、安住の地を求めるイヴリンと3人の子供の物語です。

 イヴリンは友人のエメット(キリアン・マーフィー)と出会いストーリーが動きだします。キリアン・マーフィーはSFホラー『28日後…』でゾンビと闘いますから本作には打ってつけ?。イヴリンは二人の子供と赤ん坊を連れて逃げる途中でマーカスが怪我をし、このピンチをエメットに助けられます。エメットは、廃墟の巨大なボイラーで一人暮らしています、密室ですから音も漏れずエイリアンから身を護ることが出来るというわけです。この密室が後に災いとなります。
 新しく登場したエメットは、家族を失いエイリアンが支配する世界で人間が醜く争っている姿に嫌気が差し、廃墟で一人暮らしています。赤ん坊を連れたエヴリンが現れたことで立ち直るというストーリー展開です。
 エメットの隠れ家で、リーガンはラジオで『ビヨンド・ザ・シー』の電波を受信し、何処かに生存者のいることを知ります。今回もリーガンが活躍します。
 エイリアンは、ある周波数の音波を流すことで活動が止まり、撃退も可能です。これを発見したリーガンの父親リーは発信器を作り、前作ラストでイヴリンは発信器でエイリアンの動きを封じて撃ち殺し危機を乗り越えています。この「音波」が続編でも重要なカギとなります。イヴリンを演じるのは『ボーダー・ライン』のエミリー・ブラントですからなかなか強い。イヴリンに劣らず強く賢いのがリーガン。リーガンはエイリアンを無力にする音源を『ビヨンド・ザ・シー』の放送局から電波で流せば、生き残った人々の武器になると考えるます。リーガンは、『ビヨンド・ザ・シー』という曲は放送局の位置を示すメッセージであり、海の向こう=島だと考え、単独で島を探しに出掛けます。リーガンを演じるミリセント・シモンズは、実生活でも聴覚障害者だそうです。リーガンの魅力はそうしたハンディを克服する俳優さんの魅力でもあるようです。

 ここから転調、ハイライトとなります。エメットがリーガンの後を追い、イヴリンは負傷したマーカス為に薬を探しに出かけ、残されたマーカスと赤ん坊にエイリアンが迫りと、3つの危機が同時に進行します。3人は危機を乗り越え、マーカスのラジオからは件の「音」が流れ、TheEnd。
 突っ込めば突っ込みどころはありますが、沈黙(クワイエット)を描くというアイデアに一票。
監督:ジョン・クラシンスキー
出演:エミリー・ブラント、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュープ、キリアン・マーフィー、ジャイモン・フンスー

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カリンシロップ&かりん酒 [日記 (2021)]

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11月カリンの実を収穫       銀杏に切ってことこと煮るだけ、アクは丹念に取る

 今年もカリンを頂いてきたので、カリンシロップ&かりん酒を作ります。カリンシロップは、「漬け込む」方法と「煮出す」方法があるようですが、今年も手軽でこの冬に飲める「煮出す」方法。面倒なので皮つきのまま。拳の2倍ほどのカリンの実4個から、コーヒー瓶1個まで煮詰めました。
 かりん酒の製法は梅酒と同じです。傷んだ部分を取リ除いて35度のホワイトリカー+氷砂糖に漬け込むだけ。1年寝かせるとまろやかになり、お湯割りで頂きますw。
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 カリンシロップ完成          かりん酒 →1年寝かせます
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花、4月頃              実、7月頃

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映画 T-34 レジェンド・オブ・ウォー(2019露) [日記 (2021)]

T-34 レジェンド・オブ・ウォー 最強ディレクターズ・カット版 [Blu-ray]  ロシア映画はあまり観ないのですが、地味な戦争映画『レッド・リーコン』はなかなか力作でした、オススメ。本作もWWⅡの独ソ戦を舞台にした戦争映画です。しかも主役は戦車。
 ストーリーは至ってシンプル。捕虜となった赤軍の戦車兵が、ドイツ軍が捕獲したロシアのT-34戦車を奪って収容所を脱出、祖国を目指すというもの。見どころはT-34戦車とドイツのIII号戦車の戦闘です。20~30tもある一見鈍重な戦車は時速50km/hで走ることが出来(昔、自衛隊の戦車が公道を走る姿を見たことがありますが、速いです)、悪路もなんのその、その重量にものを言わせて障害物を突破する運動性は絵になります。
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 III号戦車              T34戦車
 冒頭、モスクワまで30数kmに迫ったドイツIII号戦車の中隊に1両のT-34が立ち向かいます。中隊を率いるのはイェーガー大尉(ヴィンツェンツ・キーファー)、T34に乗るのはニコライ・イヴシュキン少尉(アレクサンドル・ペトロフ)。ニコライはたイェーガーの中隊に大損害を与えますが、多勢に無勢結局ドイツの捕虜となり、ニコライvs.イェーガー因縁の対決がストーリーの中核となります。

 イェーガーは捕虜収容所でニコライと再会し、オマエはあの時のT-34の戦車長か!、戦争で敵の顔が見えるというアナログ感がいいです。イェーガーは、戦車戦の演習に使うため鹵獲したT-34をニコライに修理を命じます。ニコライは、このT-34に乗って脱走を計画、捕虜の中から元部下の乗員、ヴァシリョノク(操縦手)、ヴォルチョク(砲手)、イオノフ(装填手)の3名を選びます。ニコライの部下が捕虜収容所にいる、捕獲されたT-34に砲弾が残っている! →この辺りはご都合主義ですが、まぁいいでしょうw。T-34を奪ったニコライは、チェコ国境まで300kmを突っ切ってロシアへ「6時間だ!」と。地図が必要!。これもイェーガーの通訳でロシア人アーニャ(イリーナ・スタルシェンバウム)が盗み出します、代わりに私もロシアへ連れて行って、と。ヒロインも登場しアーニャとニコライのラブストーリーまで加わることになります。

 圧倒的な見せ場は、ニコライのT-3とイェーガーのIII号戦車の一騎討ち。敵よりも有利な位置を確保し、砲塔を敵より速く回転させてブッ放しまします。この緊迫のシーンを俯瞰映像で見せてくれます、なかなかのもの。III号戦車はハリボテですがT-34は本物を使って撮影したらしいです。逃げるT-34、追うIII号戦車、ニコライは無事祖国にたどり着けるのか…。

 戦車を描いた戦争映画は、それほど多くはありませんが、最近のものではブラッド・ピットの『フューリー』が個人的にはオススメ。『T-34』は、ドラマとしては『フューリー』に一歩譲りますが、戦車同士の戦闘シーンは豊富。「レジェンド・オブ・タンク」で、戦争映画がお好きならオススメです。

監督:アレクセイ・シドロフ
出演:アレクサンドル・ペトロフ、ヴィンツェンツ・キーファー、イリーナ・スタルシェンバウム

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ローラン・ビネ HHnHプラハ、1942年 (2)(2013東京創元社) [日記 (2021)]

HHhH (プラハ、1942年) 続きです。
ヴィンゼー会議
 ハイドリヒは「ユダヤ人問題最終的解決」を決定した「ヴァンゼー会議」を仕切り、ユダヤ人の絶滅収容所を決定します。ハイドリヒの特別行動隊(アインザッツグルッペン)は、東欧ですでに数十万のユダヤ人を虐殺しています。森の中で数百人単位で機銃掃射で殺すという方法は、執行者にストレスを与え特別行動隊でさえ士気の低下を招きます。兵士にストレスを与えず「効率的、経済的」に「処理」する方法として、ユダヤ人を収容所に集め毒やガスによる一括して虐殺することが決定されます。

会議そのものは二時間もかからなかった。たった二時間でユダヤ人に関する様々な問題をあらかた決めてしまったのだ。ユダヤ人のハーフはどうするのか? クォーターは? 第一次大戦で戦功のあったユダヤ人は? ドイツ人と結婚したユダヤ人は? ユダヤ人の夫を殺されて寡婦となったアーリア人女性には年金を付与して賠償すべきか? あらゆる会議がそうであるように、前もって決められた事柄だけがその場で決定される。実際、ハイドリヒにとっては、今後はある目標に向かって仕事をしなければならないということ帝国の全閣僚に告げる由だった。その目標とは、全ヨーロッパのユダヤ人を物理的に排除することである

 絶滅収容所に至るまでには、ユダヤ人をソ連やマダガスカルに移住させる計画があったようです(マダガスカル計画)。ソ連戦線が膠着しイギリスが制海圏を握ったため船での移送が困難となり、この移住計画ボツ。作者によると「こうしていつのまにか、ユダヤ人問題は産業的意味合いを帯びるようになった」。ヴィンゼー会議では、ユダヤ人問題が「産業的意味合い」として国家の施作として決定されます。
 映画『謀略』では、豪華な食事とワインとともにホロコーストが論議されます。会議で配られた資料によると、ユダヤ人はソ連に500万人、ポーランドに200万人と全ヨーロッパで1,100万人。犠牲者数は500~600万人と言われていますから、ナチスは絶滅収容所のガス室によってその半数を「排除」したことになります。

 ユダヤ人移住計画→絶滅収容所計画には、アイヒマンが深く関わっています。アイヒマンは、1934年頃から親衛隊情報部に異動してユダヤ人問題に関わり、1938年にウィーンに派遣され「ユダヤ人移民局」を担当しています。ウィーン時代にハイドリヒに見い出されたようで、本書では、
ハイドリヒは、ユダヤ人対策で見事な仕事をしているアドルフ・アイヒマンという小柄な少尉の名を胸に刻んだ。
となります。1939年3月にプラハに異動、9月にはゲシュタポのユダヤ人課長となり(マダガスカル計画)、1941年のヴァンゼー会議ではハイドリヒのスタッフとして参加していますから、アイヒマンは一貫してユダヤ人専門家の道を歩んだことになります。1942年から収容所へのユダヤ人移送が始まり、アイヒマンはその責任者としてこれに関わっています。哲学者ハンナ・アーレントはアイヒマンの行為を「凡庸な悪」と呼んだそうですが、じゃぁハイドリヒはどんな悪?。
類人猿作戦(エンスラポイド作戦)
 イギリスのチェコスロバキア亡命政府は、ハイドリヒ暗殺のために2名の兵士を送り込みます。イギリスで訓練され、パラシュートでプラハ近郊に着地させるわけですから、この暗殺計画はイギリス政府の支援の元で実行された計画です。作者はハイドリヒ暗殺の影にはチャーチルの意向があった?と想像します。チャーチルの関与は、小説を膨らませるには格好の材料です。

ハイドリヒはこう言ったらしい。「この戦争に勝てる見込みはもうないから、講和の道をさぐるべきだが、ヒトラーがそれを吞むとは思えない。ここのところをよく考える必要がある」

第三帝国絶頂期の1942年5月に、ハイドリヒは講和を考えていたというのです。しかもヒトラーに取って代わって。

これをもってハイドリヒには類い稀な洞察力が備わっており、ナチ高官の誰よりも頭がよかったと見なしている。また同時に、ハイドリヒがヒトラーを倒す可能性も視野に入れていたと理解している。(これは)あの前代未聞の仮説をわれわれに示す。ヒトラーに対する全面的勝利の機会が奪われたとは断じて思いたくなかったチャーチルにとって、ハイドリヒの排除こそ絶対的優先事項だったというのだ。つまり、イギリス人がチェコ人を支援するのは、ハイドリヒのように抜け目のないナチ高官がヒトラーを排除し、妥協による講和に持ち込んでナチ体制を維持することを恐れているからだ、と。

 ハイドリヒの上にはヒムラーが居て、ヒトラー自身が後継者に指名したゲーリングがいるわけですから、<ヒトラー排除>などできるわけがないのですが、想像としては捨てがたい…。

ガブチーク、クビシュ
 ロンドンにはチェコスロバキア、ポーランド、フランス、オランダ、ベルギー等の亡命政府があります。ド・ゴールの「自由フランス」は本国(ヴィシー政権)のレジスタンスを支援し抵抗運動に成果を挙げていますが、チェコ国内のレジスタンス組織はハイドリヒによって潰され抵抗運動は低調。大統領ベネシュは、イギリスで訓練された武装兵士をチェコ国内に送ることを計画します。兵士はチェコ人とスロヴァキア人で構成されるべきだ、と。

そこで、僕はこう想像するのだ。とりわけチェコ情報部の長の地位にあるモラヴェッツ大佐にとって、ボヘミア・モラヴィア代理総督にして、「民族の処刑者」、「プラハの虐殺者」と呼ばれ、ドイツ情報部の長でもあり、いわば彼と同等の身分である親衛隊大将ハイドリヒを暗殺するという計画をそのとき思い浮かべたとしても何の不思議もないと。
そう、いっそのこと、ハイドリヒを狙ってしまえ、と……。

 チャーチルとベネシュの焦りによってハイドリヒ暗殺が決定します。暗殺実行者としてチェコ人のヨゼフ・ガブチーク軍曹とスロバキア人ヤン・クビシュが選ばれ、彼らを支援するチームとともにプラハ郊外にパラシュートで降下し、支援者に匿われ暗殺の機会を伺うわけです。暗殺自体は、映画であればハイライトですが、護衛も付けずメルセデスのコンパーチブルで出勤するハイドリヒを待ち伏せして爆殺するという、文字にすればそれだけ。暗殺者にとって唯一の誤算は、ハイドリヒの車の前に立ちはだかった時に、ガブチークのステン短機関銃が不発だったこと。すかさずクビシュが手榴弾でメルセデスを爆破。重傷を負ったハイドリヒは病院に運ばれ手術を受けますが、感染症で死に暗殺は成功します。
 ハイドリヒ暗殺はヒトラーを相当に怒らせたようで、「草の根分けても探し出せ!」。報復、見せしめとしてレジスタンスを匿った容疑でリディツェ村が選ばれ、15歳以上の村の男子はその場で銃殺、女性と子供は収容所に移送され後に毒ガスによって殺されます。

だが、これで終わったわけではない。ヒトラーは、リディツェ村を自分の怒りを解消するための象徴的な見せしめにしようと考えた。ハイドリヒの殺人犯を逮捕し罰することのできない無能な帝国に対する欲求不満は、抑制のきかない全面的なヒステリーを引き起こした。そこで出された命令は、文字どおり、リディツェ村を地図から消し去ってしまうこと。墓地を踏みにじり、果樹園を掘り返し、すべての建物に火をつけ、土地には塩をまいて今後何も生えてこないようにした。村は地獄の熾火と化した。瓦礫を一掃するために何台ものブルドーザーが投入された。どんな痕跡も残さないこと、村がそこにあったことを示すいかなる形跡も消し去ること。

 ガブチーク、クビシュとパラシュート降下部隊はプラハの聖ツィリル・メトデイ正教大聖堂に隠れ、ゲシュタポとの壮絶な銃撃戦で死にます。

 本書を原作とした映画『ナチス第三の男』もそうですが、「類人猿作戦」そのものは大して面白くありません。面白いのは、何と言っても「怪物」ラインハルト・ハイドリヒです。類人猿作戦の主役であり華々しく散ったガブチーク、クビシュよりも、暗殺されたハイドリヒが光芒を放っているのは何故なんでしょう?。『ナチス第三の男』でも『謀議』でも、そして本書『HHnHプラハ、1942年』でもヒーローはハイドリヒです。理解不能な巨悪という存在もまた魅力的である、という二律背反です。
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ローラン・ビネ HHhHプラハ、1942年 (1)(2013東京創元社) [日記 (2021)]

HHhH (プラハ、1942年)  チェコスロバキアのレジスタンスがナチス親衛隊のハイドリヒを暗殺したエンスラポイド作戦(類人猿作戦)を描いた小説です。ノンフィクションだと思ったのですが本書はフィクションで、ハイドリヒと暗殺者が一人称や三人称で登場するのではなく(もちろん登場しますが)、主人公は作者ビネがハイドリヒが襲われた曲がり角に立ち、暗殺者が追い詰められて立て籠った教会にガールフレンドと訪れ壁の銃痕を見て事件の感慨にふけるという一風変わった「小説」です。

ベーメン・メーレン保護領
 1942年5月27日、プラハでナチスの高官がチェコのレジスタンスによって暗殺されます。殺されたのはナチス親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒ。当時のチェコスロバキアは、ナチスに占領され「ベーメン・メーレン保護領」となりチェコはロンドンに亡命政府を置きます。この亡命政府が抵抗運動の一環としてハイドリヒ暗殺のためガブチーククビシュの2名の刺客を送り込みます。エンスラポイド作戦(類人猿作戦)です。
 ドイツの登場する戦争映画では、国防軍と髑髏マークの徽章を付けた親衛隊が登場します。正規軍は国防軍で、親衛隊はナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の謂わば「私兵」。親衛隊は第三帝国の治安(ゲシュタポ)、情報(諜報)を握り、ユダヤ人問題(絶滅収容所)を扱う部署です。保護領の反ナチス勢力を一掃するため、親衛隊のNo.2ハイドリヒが副総督として送り込まれ、ハイドリヒは特別行動隊(アインザッツグルッペン)を使ってレジスタンスの弾圧に乗り出します。
 本書は、このハイドリヒと暗殺を企てるレジスタンスの2部構成です。

金髪の野獣ハイドリヒ
 ハイドリヒは、金髪碧眼長身の理想的「アーリア」人の容姿に加え、フェンシング、バイオリンに長じ飛行機の操縦もできるという一種のスーパーマン。元海軍中尉でカナリス提督の元側近ですが、女性問題でしくじって不名誉除隊となります。ハイドリヒを救うのが婚約者で後の妻のリナ。他の女性に手を出したわけですから婚約解消となる筈が、リナは伝を頼ってハイドリヒを親衛隊のヒムラーの元に送り込み、後に”Himmlers Hirn heißt Heydrich”(「ヒムラーの頭脳、本書のタイトル)と呼ばれる親衛隊no.2になります。映画『ナチス第三の男』では、ヒムラーがリナに「ハイドリヒはアンタが造った作品だ」と言わせています。リナは、女で海軍をしくじったハイドリヒを許し、ヒムラー渡りをつけて親衛隊に潜り込ませ、結果親衛隊大将にまで仕立てあげたのですから、ハイドリヒはリナの作品かも知れません。

 ハイドリヒが如何に「優秀」だったのか、恐れられたのかは、彼の行った謀略によく表れています。ハイドリヒはヒトラーの政敵、第三帝国の政策に反対するブロンベルク(国防大臣)フリッチュ(陸軍総司令官)を謀略によって葬ります。

 ハイドリヒは、ブロンベルクの若い妻が元娼婦だったことに目をつけ、彼女の裸の写真を閣内で回覧し、ブロンベルクを辞職に追い込みます。フリッチュの場合はさらに屈辱的。

ブロンベルクとは違って、フリッチュは表向きは固い独身者で通っていた。ハイドリヒはそこから手を付けることにした。この種のプロフィールの持ち主の弱点は明白だった。この一件書類を作成するうえで、彼はまずゲシュタポ內にあるお誂え向きの部署、すなわち「同性愛撲滅課」に向かった。
 「同性愛撲滅課」でフリッチュと男娼との関係を掴み、ヒトラーとゲーリングの前でフリッチュと証人を対決させます。ハイドリヒに睨まれれば、国防大臣も陸軍総司令官もひとたまりもありません。

 ハイドリヒの謀略は国外に及びます。赤軍の司令官トゥハチェフスキーの追い落としです。ナチス・ドイツに先制攻撃を仕掛けるべきだと主張したトゥハチェフスキーを葬るために、情報撹乱作戦を仕掛けます。レーニンとの反目に目をつけ、トゥハチェフスキーのワイマール共和国の文書保管室からトゥハチェフスキーのサインを手に入れクーデタ計画の文書をデッチ上げます。文書は元白軍将軍で内務人民委員部(NKVD)エージェントのスコブリンに売られてスターリンに届けられ、トゥハチェフスキーは国家反乱罪で失脚。
 政敵を次々に取り除いてくれるのですから、ヒトラーにとっては得がたい人材、ハイドリヒは権力の階段を掛け上ります。

サロン・キティ
 女性と問題を起こして海軍を不名誉除隊となったくらいですから、ハイドリヒ結構な女好き。リナとの結婚後も売春宿通い止められなかったようで、ハイドリヒは趣味と実益を兼ねて自前の娼館を開きます。ベルリン郊外の瀟洒な地区に一戸建ての家で、国家保安本部の「娼館サロン・キティ」が店開きします。

各部屋の様々な場所に隠しマイクとカメラを設置した。絵の裏、ランプのなか、椅子の下、箪笥の上。盗聴センターは地下室に設えた。単純な名案だった。わざわざ相手の家に出かけていってスパイするのではなく、向こうからこっちに来させる。だから、高い地位にある特権的な客層を確保するには、設備の行き届いた高級娼館にしなければならない。・・・《サロン・キティ》が店開きをすると、口コミでたちまちこの施設の評判は外交関係者のあいだに広まっていく。盗聴装置は一日二十四時間稼働している。カメラは客をゆするのに使われた。
 《サロン・キティ》を作ればハニー・トラップは不要です(笑。本書では、ハイドリヒがサロン・キティで遊んで、盗聴され慌てるエピソードまでありますが、『愛の嵐』の世界...。続きます

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吉田修一 女たちは二度遊ぶ(2006角川文庫) [日記 (2021)]

女たちは二度遊ぶ (角川文庫)  久々に小説、吉田修一は初見。『野性時代』2004年3月号~2005年7月号に発表されものを集めた短編集です。連載時のタイトルが「日本の十一人の美しい女たち」とあるように、11組の男女の出会いと別れを描いた小説です。登場する女性たちは、大学生、家事手伝い、パチンコ店店員、看護師と雑多で、男たちも、作者を想像させる学生、フリーター、サラリーマン。男が、女との苦い?思い出を回想するという小説で、いずれも十数ページの短いもの。例えば『どしゃぶりの女(2004年9月号)』。

 友人の紹介で出会った女は、どしゃぶりの雨の続く3日間「ぼく」の部屋に居続けます。名前は「ユカ」、由香なのか結花なのか「ゆか」なのかも不明。

本当になんにもしない女だった。炊事、洗濯、掃除はおろか、こちらが注意しないと、三日も風呂に入らないほどだった。

 女は部屋を一歩も出ず男の帰りを待ち、男の運ぶコンビニ弁当を食べて生き長らえているという生活。毎晩、女のために弁当を買って帰ることが義務となり、義務から奉仕、奉仕からいたわりに変わっていきます。

ぼくは期待していたのだと思う。どんなことがあっても、じっと部屋でぼくの帰りだけを待っているユカに、期待し、何かを求めたのだと思う。

 コンビニ弁当を運ばなかったらユカはどうするのか、今夜弁当を買って帰らなければ、本当に彼女は明日まで何も食べずに過ごすのか確かめたくなったボクは外泊します。帰ると、何と彼女は1日何も食べずボクの運ぶコンビニ弁当を待っていたのです。

最後にぼくがユカを試した夜、外は雷混じりのどしゃぶりだった。一日、二日といつものようにバイト先の店に泊まり、これが正真正銘最後だと言い聞かせて、三日目の夜も帰らなかった。ぼくには根拠のない自信があった。ユカはいる。どんなに腹が減っていようと、違いなくぼくの帰りを待っている、と。四日目の朝、アパートに戻った。ドアには鍵がかかっていなかった。嫌な予感がして、慌てて中に入った。そこにユカの姿はなかった。布団はきれいにたたまれ、三ヶ月間ずっと吊るされたままだった彼女の洋服もなくなっていた。

 雄が雌に食物を運ぶことは人間だけでなく動物だってやります。雄が雌の元に食料を運ぶ関係で、雌がふと居なくなるのは人間だけ。ユカが何故消えたのかは語られません。語りたかったのは、残されたボクの喪失感でしょう。そうした男女の出会いと別離が11話語られます。
  読者は、11組の男女の出会いと別れを読みながら自らが人生で出会った一人ひとりを否応なく回想してしまう、そんな短編集です。

・どしゃぶりの女(2004年9月号)
・殺したい女(2005年4月号)
・自己破産の女(2005年6月号)
・泣かない女(2005年2月号)
・平日公休の女(2005年3月号)
・公衆電話の女(2005年1月号)
・十一人目の女(2005年7月号)
・夢の女(2005年5月号)
・CMの女(2004年10月号)
・ゴシップ雑誌を読む女(2004年3月号)
・最初の妻(2004年12月号)

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キリル文字のコメント [日記 (2021)]

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 変なサイトに見込まれたのか、最近キリル文字のコメント頻出。その都度消すのも面倒なので当面コメント拒否にします。

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11月の庭 [日記 (2021)]

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映画 戦う翼(1962米) [日記 (2021)]

戦う翼 [DVD]  原題、The War Lover。スティーヴ・マックィーン主演の戦争映画 + ラブストーリーです、モノクロ。
 この映画がマックィーンの主演映画かというと?。マックィーンはTVドラマ『拳銃無宿(1958~1961)』で人気が出て、『荒野の7人(1960)』『大脱走(1963)』で群像劇のひとりとして映画に進出、主演するのは『シンシナティ・キッド(1965)』からだと思います。1962年のこの映画でも、マックーンは戦時のパイロットの生態描いた群像劇の配役のひとりです。

 舞台は1943年イギリス・ケンブリッジ近郊のバッシングボーン基地。第二次世界大戦で、アメリカは連合国の一員としてバッシングボーンを基地にドイツ本土を爆撃します。この爆撃に使われたのがボーイングB-17で戦争映画の方の主役。ラブストーリーの方は、B-17のパイロット(機長)のバズ・リクソン大尉(スティーヴ・マックィーン)、コ・パイロット(副操縦士)のエド・ボーランド中尉(通称ボー、ロバート・ワグナー)、イギリス女性フネ(シャーリー・アン・フィールド)の三角関係です。

爆撃機 B-17
 爆撃機は、目的地まで戦闘機に守られて飛ぶのが普通ですが、B-17は重火器を備え戦闘機の護衛なしで飛ぶことのできる爆撃機です。そのため機体の前後、左右、上下部、下部の7つの銃座を持っています。(memo:B-17の乗員は機長、副操縦士、航法士、通信士、爆撃手、7箇所の銃手の計10人)また、

4発機のB-17は頑丈で優れた安定性を持つ機体でもあるため、エンジンの一つや二つが止まっても機体や翼が穴だらけになってもイギリスまで帰ってきたものが多数あった。(Wikipedia)

 映画でもメッサーシュミットの攻撃を受け、エンジンが1機停まり、3機のエンジンで帰還することになります。バズが腕のあるパイロットとして乗員と第8空軍から評価されているのも、こうしたB-17を操縦する技量に優れているからです。但し、唯我独尊で一匹狼と性格に問題あり。これは『拳銃無宿』以来のキャラクターで、晩年の『トム・ホーン』まで一環したものです。
 ドイツ北部の軍港キール爆撃作戦では、厚い雲のため指揮官は作戦を中止しますが、バズは命令を無視し8500ftまで降下して爆弾を投下。キール軍港に多大の被害を与えます。また、ドイツ本土にビラの投下を命じられると、ビラ投下など下らない仕事をさせるな!とばかり基地を超低空飛行で威嚇します。このキャラクターは、捕虜収容所で執拗に単独脱走を試みるアメリカ兵ヒルツに結実するわけです。
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三角関係
 戦争のパートを演じるのがスティーヴ・マックィーンで、ラブストーリーのパートを受け持つのがロバート・ワグナー。バズとボーはパーティでダフネに出会います。戦争の最中、酒を飲んで美女を集めてパーティーをやっていた国と日本は戦争をしていたわけですw。イギリスにとってドイツを空爆するB-17の米兵は大事なお客さんですから、自国の女性スタッフを接待係りにかり出すのは十分考えられます。ボーとダフネはたちまち恋に落ちます。デートの待ち合わせ場所がケンブリッジ大学の図書館ですから、映画とは言え優雅なものです。その頃日本軍は慰安婦を引き連れて(正確には彼女たちが日本軍を追って)中国大陸を転戦しています(『独立愚連隊』)。
 ボーはダフネの下宿に押し掛けまぁ結ばれるわけです。これも映画の話ですが、イギリス軍の暗号解読基地ブレッチリー・パークで似たようなプロットがあります(『エニグマ』)。日本陸軍に女性スタッフはいたんでしょうか?。『陸軍中野学校』にも女性スタッフは登場しません。

 バズは、俺の好みではないとか言ってますが負け惜しみ。バッシングボーンの兵士は、出撃回数が25回に達すると故国に戻ることができ、ボーに帰国の時が近づくともにダフネの心は揺れ動きます。戦時の恋愛は、男にとっては命の危険と背中合わせの一時の遊びに過ぎない、ボーは故国に帰ればダフネを忘れるに違いないと。一方、平和より戦争を好むバズはダフネの下宿に押しかけ、バッシングボーンに残るから俺の女になれとダフネに迫ります(マックィーンですからそんな下品なことは言いませんが)。迫るバズにダフネは言います。

あなたは破壊や殺しが大好きよね、だから終戦まで残るんでしょ
戦争はいつか終わるのよ、帰る場所がないのが怖いのね
あなたは憎むことしか知らない、わたしはボーを愛している

 これがタイトルの”The War Lover”の意味です。「帰る場所がない」というフレーズは映画の冒頭でのバスのセリフで、故郷喪失者のバズの生きる場所は戦争でしかなかったわけです。ロバート・ワグナーもシャーリー・アン・フィールドはスティーヴ・マックィーンのキャラクターを際立たせるための存在であり、『戦う翼』の主役は間違いなくマックィーンです。バズはダフネに見事にフラレます。

 ドイツ深部のライプツィヒへの爆撃命令が出て、1,000機のB-17が出撃します。ドイツ軍の燃料庫を破壊した帰路、バズとボーのB-17にメッサーシュミットが襲いかかります。この空中戦が映画のハイライト。4機のエンジンの一つや二つが止まっても機体や翼が穴だらけになってもという被害を受け、ヨタヨタとバッシングボーンを目指します。北海に不時着すれば助かるわけですが、弾倉に不発弾が引っ掛かっているため、不時着すれば機体は木っ端微塵。バズは乗員をパラシュートで脱出させ、機を基地に向けます。ボーは、そんなに英雄になりたいのかとバズを詰り、バズはダフネにはフラれたことをボーに言い残し、機を基地に向けます。

 この映画の魅力は、B-17という戦闘機の援護を受けない爆撃機とスティーヴ・マックィーンというキャラクターを重ねたことです。個人的には主役はB-17ですね。B-17がお好きなら『メンフィス・ベル』がオススメです。

監督:フィリップ・リーコック
出演:スティーヴ・マックィーン、ロバート・ワグナー、シャーリー・アン・フィールド

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