SSブログ

古田博司 使える哲学(2015ディスカヴァー・トゥエンティーワン) [日記 (2021)]

使える哲学
 著者は、韓国について「教えず、助けず、関わらず」という「否韓三原則」を唱えた朝鮮史、政治思想史の先生(筑波大学)です。この「否韓三原則」はその筋?では有名で、安倍元総理、菅元総理も政策に取り入れたのではないかと思っています(笑。『東アジア思想的風景』『朝鮮民族を読み解く』は面白く読みました。その先生が哲学に領域を広げられた、というので短いものを一冊読んでみました。

私が西洋哲学の勉強を始めたのは15年ほど前です。それまで朝鮮研究を30年やって、もうこの分野には先がないという予感がしたので、方向を転換したわけです。

朝鮮に見切りをつけたとは、古田先生らしい。

向こう側
 その哲学を、古田先生は「向こう側」というというコンセプトを使って説きます。「こちら側」は人間の五感で知覚できる世界です。あの世とかスピリチュアルなものではなく、コロナウィルスやトリチュウムみたいなものを指すらしい。知覚出来ない自然、かというとそうでもないらしい。絵にすれば、
IMG_20211209_0001.jpg
「こちら側」だけの普遍的な知識を求めても、理由や根拠は見えない「向こう側」にあるのですから、本当の普遍に到達することなどできないとイギリスの哲学者たちは考えました。「こちら側」の普遍をあきらめたイギリスの哲学者は、「こちら側」に「向こう側」から付けられたマーカー(刻印)を見つけて網羅し、それらを類型化すれば「向こう側」に近づけると考えました。
 カントやヘーゲル(マルクスも)のドイツ哲学は、「こちら側」だけでやっているので思考の隘路に陥って観念哲学となった(当然朱子学はドグマだ!)。ベンサムやミルのイギリス哲学は「こちら側」から「向こう側」を探求したので、実生活に役立つ哲学「使える哲学」が生まれた。よく分かりませんが、ギリシア哲学がキリスト教に入り、哲学の中心概念である「理性(論理)」で神を検証しようとした。神を見ることはできないので、神の創った自然、人間を探求し、神の意図を知ることで神に近づこうとした。ここからコペルニクス(カトリック司祭)、ケプラー、ニュートンが生まれ、理性を人間社会に適用してベンサム、ミルのが生まれた。という話を読んだことがあります(『ふしぎなキリスト教』)。

4つ方法
 ここから「向こう側」の探求が始まります。先生は天ぷらを揚げていて「こつ」を会得し、料理の「向こう側」を考えます。「料理は要領(セコさ)だ!」。ここから、「向こう側」を知る4つの方法「超越」「直観」「にじり寄り」「マーカー総ざらい」が生まれます。
 DNAのらせん構造など誰も見たことはないが、この構造を使うと遺伝子情報を上手く説明できる、これが「超越」。ビル・ゲイツは「直感」でソフトとハードを分離し、科学者は実験を繰り返して真理に「にじり寄」る。「向こう側」が時折「こちら側」にー見せるマーカー=「しるし」を集めると「向こう側」に近づける。著者はこれをGoogle検索に例えます。「向こう側」とは真理、法則、科学みたいなものです。万有引力の法則で飛行機が飛びiPS細胞で病気が直せるのですから、それは「向こう側」の真理だということになります。

 4つの方法で解明した法則があるとします。この法則は「向こう側」に存在するとは証明できませんが、「こちら側」では有用。例えば、あるのかないのか?の時間は、時計という文字盤を作ることで有用となります。在るのか無いのか分からないが、多分在るだろうと認めること、これを擬制と呼びます。「社会契約説」には契約書は存在しないが、在ると考えると物事が上手く説明できる、役に立つのです。「最大多数の最大幸福」も然り。この擬制は幻想ですから、役に立たないものもありこれを虚構と呼びます。映画や小説など役に立つ虚構も存在し、役に立つかどうかは利用する人間によって異なるわけですから、その辺りが難しいところですが。
 本書は古田先生の朝鮮史研究から帰納法として生まれてきたのです。「むこう側」の朝鮮たどり着いたわけです。それが「朝鮮半島廊下立国説」です。

朝鮮半島廊下立国説
 朝鮮半島の西側は山のない平坦な廊下です。異民族がきても守れないので、王様はすぐに逃げます。江華島という島には逃亡時の仮の王宮までありました。(異民族が来れば)必ず負けますが、負けた後に2つの戦略があります。1)ひとつは、モンゴルや日本統治の時のように自由経済に完全に巻き込まれてコリアンではなくなるやり方。・・・2)逆に国境を閉じて防衛経済の時代になるのが、李朝時代と北朝鮮です。
 元はこの廊下を通って九州に攻め入り、秀吉もこの廊下から明に攻め入ろうとしました。大陸と地続きですから、中華、モンゴル、女真族、倭などの異民族は、易々と朝鮮半島に攻め入っています。朝鮮はこれらの主人と折り合って民族を維持したわけです。主人は優れた文化を持っていますから、朝鮮民族は手軽にこれが手には入ります。自ら産み出すことはなかったと言います。

朝鮮はこの先進国の横に垂れさがっている貧窮の「行き止まりの廊下」です。壺(大国)から優秀なものをもらうので、自分でつくる意欲がありません。針も車もつくれないまま、近代日本に呑み込まれました。

 朝鮮は、大国の侵略を受け大国に隷属するかたちで独立を保ってきたわけです。その大国が南下し北上する通り道が朝鮮で、「朝鮮半島廊下立国説」となります(もっとも、半島の南は朝鮮海峡ですから、廊下を渡ったのは元と日本だけです)。
 「向こう側」に「朝鮮半島廊下立国説」という擬制が成立し、「こちら側」では常に民族のアイデンティティを求める求心力が働き、「朝鮮半島はずっと自立していた歴史がある」という虚構が成立します。日本の植民地時代も、上海に「臨時政府」があり、反日運動を指導し、その軍事組織である光復軍が日本帝国戦っていたという虚構が生まれ、「資本主義萌芽論」「内在的発展論」植民地収奪論」という虚構が生まれます。
 現代の韓国の抱える問題はこの虚構の呪縛から逃れられないところにある、この「朝鮮半島廊下立国説」で韓国と北朝鮮を上手く説明出来、戦略が立てられる…。もっとも韓国は虚構の方が役に立つと考えているわけで、「朝鮮半島廊下立国説」など余計なお世話だ、という辺りが難しいところです。

 つまるところ、物ごとを上手く合理的に説明が出来て役に立つものが「哲学」なんだ、ということです。哲学をいろんな言葉に置き換えても成り立つというところが、本書のミソです。分かったような分からないような話ですが、気持ちよく騙されることが出来る、それが本書のキモですw。
 本書のダイジェストがコレだと思います。

タグ:読書
nice!(4) 
共通テーマ:

記事 5,000 記念 [日記 (2021)]

5000.jpg 「もの言はぬは腹ふくるるわざ」とツマラナイ記事と画像を16年間upしてきたわけです(継続は力なり?)。まぁ備忘録、日記代わり。一応テーマは《本》なのですが、PVは映画の方が多いです。本で圧倒的。にアクセスの多いのが読書感想文に仕立てた『スローカーブを、もう一球』『ラムネ氏のこと』。個人的には気合の入った『カラマーゾフの兄弟』『源氏物語』はイマイチ。映画は『ジェーン・ドウの解剖』『愛人/ラマン』、邦画は『時代屋の女房』で夏目雅子の人気が健在?。
 一時凝った、スマホのROM焼きウッドデッキアルコールストーブオールドレンズフィルムカメラもアクセス頂いています。
 ちょっと飽きてきたので更新はホドホドにして、「別館」の方に注力します。

タグ:絵日記
nice!(6) 
共通テーマ:日記・雑感

山本博文 「忠臣蔵」の決算書(2012新潮新書) [日記 (2021)]

「忠臣蔵」の決算書 ((新潮新書)) 映画『決算!忠臣蔵』の原作で、映画と原作ドッチが面白い?みたいな話です。たいてい原作のほうが面白いのですが、これはドッチも面白い。

 「忠臣蔵」(赤穂事件)は誰でも知っているように、

1)赤穂藩の藩主・浅野内匠頭が、江戸城中で私怨から吉良上野介に斬りつけて切腹、藩はお取り潰し。
2)赤穂藩の家臣が、主君の仇を討つため吉良の屋敷に襲撃をかけ首をとった仇討ち。

 この2つから成り立っています。5万石、藩士300人の赤穂藩の「取り潰し」は、現代であれば、収益5万石、社員300人の会社が倒産したことに相当します。本書は、専務・大石内蔵助が如何に会社を整理し、47人の社員を使って「討ち入り」という一大プロジェクトを成功させたのかを、経済の視点で描きます。元になったのは大石の収支決算報告書「預置候金銀請払帳」。
 著者は、江戸期を通じて変わらなかった「蕎麦1杯の値段」に注目します。蕎麦一杯が16文(落語「時そば」も16文)、現在の値段を480円とすれば1文は30円(丸亀製麺の素うどんは並320円、大430円、笑)。これを基準として物価を勘案すると、1両=12万円、金1分=3万円、銀1匁=2,000円となります。

退職金
 倒産で藩士は失職するわけですが、藩は藩士一人ひとりに給料(知行)に応じて退職金(割賦金)が出しています。大石は1500石、堀部安兵衛は200石、下級武士の大高源五は20石5人扶持で約30石。映画での一方の主役で、経理課長の矢頭長助も20石5人扶持。足軽の寺坂吉右衛門は3両2分2人扶持。知行取りは100石につき18両、知行取りではない中小姓組には14両、歩行組10両、小役人5両といった具合です。著者によると退職金総額は19,619両、23.5億円、平均で一人780万円だそうです(大石は辞退)。誰が幾ら貰ったとはかいてありません、暇な人は計算してみて下さい。

軍資金
 領地と城、家屋敷は幕府に返しますが、その他は藩と藩士の財産として処分が可能たったようです。退職金を払い、船や馬、武具を売って残った金が691両、1両12万円換算で8,300万円。これが討ち入りの軍資金となります。遣った内訳は、
仏事費      127両3分 18.4%
御家再興工作費   65両1分  9.4%
江戶屋敷購入費   70両   10.1%(アジト用)
旅費・江戶逗留費 248両    35.6%
会議通信費     11両          1.6%
生活補助費    132両1分   19.0%
討入り装備費    12両          1.7%
その他       30両          4.2%
 仏事費は内匠頭の墓所、供養の支払い。大口は、旅費・江戶逗留費248両と生活補助費の132両。藩士は江戸と京大阪に分かれていますから、連絡打合せのために藩士が行き来し、その旅費滞在費が全体の35%を占めています。「金銀請払帳」には、例えば

一、金弐拾壱両壱步、銀拾もんめ四分弐厘
  內藏助、岡本次郎左衛門同道に江戶へ罷下道中路銀·旅籠·江戶滯留雜用·会所入用之分、手形有

大石と岡本次郎左衛門の二人が上方江戸往復の交通費と旅籠代、江戸滞在費です。手形有とは領収書のこと。
 生活補助費は困窮する藩士への援助です。城の引き渡しが4月、大石始め藩士が赤穂を引き払うのが6月、討ち入りは翌年の12月ですから、1年半の間に多くの藩士は退職金を使い果たしたのでしょう。これも、
一、金六両 銀三拾目
  千馬三郎兵衛、神崎与五郎宿飢鍋候二付、原惣右衛門、岡本次郎左衛門相談ノ上二渡す、手形有、

千馬三郎兵衛と神崎与五郎が困窮しているので、原惣右衛門、岡本次郎左衛門と相談の上(大石が)金六兩 銀三拾目を渡したというもの。

 旅費交通費、生活保護費はこうした記述がズラリと並んでいます。殆んどが領収書付きですから立派。大石は691両を必要に応じて元藩士に渡し、経理課長・矢頭長介か誰かに帳付させ、都度領収書取っています。「金銀請払帳」と領収書を、討ち入り前夜に内匠頭の奥方・瑤泉院に届けています。

 47人を率いる討ち入りというプロジェクトは、忠義や「武士の一分」という精神論だけで出来ません。691両という軍資金が大きくものを言ったわけです。著者は、

藩の財産を処分したあと、約七百両のお金を残し、これを適切に管理して使い、立場も考えもさまざまに異なる多数の同志を足かけ二年の長期に亘って統制した内蔵助の力量は、あらためて高く評価されるべきものである。

 いや面白いです。時代は、西鶴が『日本永代蔵』『世間胸算用』を出版した元禄時代という辺りも興味深いです。

タグ:読書
nice!(6) 
共通テーマ:

読書感想文 吉田修一 『路 ルウ』 [日記 (2021)]

路 (文春文庫)  一般的な「良書」なのでお手軽読書感想文に追加します。テーマが明確で文章も読み易いので中高生の「宿題」向きかと思います、原稿用紙約5枚。元ネタはコッチ

ここから

読書感想文 吉田修一 路 ルウ

 台北→高雄間350kmを結ぶ新幹線(台湾高速鉄道)建設の日台プロジェクトを背景ーに、日本と台湾の交流を4組の男女に託した物語です。

 1994年、大学生の春香は台北を訪れ、道に迷って劉人豪に助けられます。人豪は春香をバイクで台北を案内し再会を約束して別れます。1995年に阪神・淡路大震災が起き、人豪は無事を祈るように春香の住む神戸にボランティアとして訪れます。1999年に台湾大地震が起きると、春香もまた人豪を心配し彼の郷里・台中を訪れます。春香は人豪の連絡先を紛失し、春香が人豪の連絡先を伝えていなかったため、ふたりは会うことができなかったのです。

 2000年、商社に就職した春香は新幹線建設プロジェクトで台北に赴任し、ツテを頼って人豪を探すことになります。一方の人豪は春香と出会ったことで日本に留学して建設会社に就職、東京で暮らすことになります。運命の糸で結ばれたふたりは、日本人の春香が台北、台湾人の人豪は東京、とすれ違いとなります。『路』は、想いばかりが先行する春香と劉人豪の「すれ違い」の物語です。

 台湾大地震で日本は各国に先んじて救援隊を派遣し救援物資を提供し、東日本大震災では台湾から200億円の義援金が届きました。2021年のオリンピック入場式で、NHKアナウンサーが「台湾です!」と紹介しました。台湾メディアはこのことを「台湾に誇りの瞬間をもたらした」と報道し、twitterで拡散したそうです。IOCは、国名を中華民国(台湾)ではなく「チャイニーズ・タイペイ」としているからです。中国が台湾を併呑しようと圧力を強めています。台湾の独立が危機に瀕している時に、日本の国営メディアが声高々と「台湾」の呼称を使い日本は味方だと叫んだのですから嬉しかったわけです。
 中国がパイナップル輸入を止めた時には、台湾産パイナップルを買おうという運動が庶民レベルで起きました。政府は、新型コロナウィルスのワクチンを無償で提供し、台湾のファウンドリー企業を日本に誘致するため4000億円の投資を決めています。
 こうした日台の交流が春香と人豪に託されたのです。

 日台交流で忘れてはいけないのが、台湾が日本の植民地であった歴史です。1895年、日清戦争の勝利で台湾は日本に割譲され、敗戦の1945年まで日本の植民地でした。日本は多額の資金を投入して台湾の近代化を図り、多くの日本人が台湾に移住しました。
 葉山勝一郎は、台湾で生まれ育ち敗戦で日本に引き上げた「湾生」です。75歳になった勝一郎は、旧制台北高校の同窓会名簿で幼馴染みの呂燿宗(日本名・中野赳夫)が健在であることを知り、60年ぶりに呂燿宗を台北に訪ねます。この台湾旅行をアテンドしたのが、劉人豪。
 勝一郎と呂のふたりは、日本女性・曜子を愛した(争った)という過去があります。学徒出陣する呂は曜子への恋を勝一郎に告白し、勝一郎は、オマエは日本人ではない、二等国民(台湾人)だと呂を詰った経緯があります。その後、勝一郎は曜子と結婚します。この出来事が勝一郎を台湾から遠ざけていたのです。曜子が亡くなり、60年経ってわだかまりも癒え、勝一郎は呂を尋ねる決心をします。二人の再会と、昔遊び回った路地を訪ねる下りはなかなか感動的です。
 勝一郎は癌で余命幾ばくもない身、医師の呂は「台湾で死ね(故郷に来いオレが看取ってやる)」と告げます。

 春香と劉人豪、葉山勝一郎と呂燿宗の物語に、春香の上司・安西と台湾人ホステス・ユキの恋、日本人との間に生まれた子供を育てるシングルマザーの張美青、美青と結婚し日台混血の子供を育てる新幹線整備工場の陳威志のエピソードが加わります。2007年、日本の技術によって完成した新幹線は台北~高雄を走り出します。歴史と国を超えた日本と台湾の物語です。
 タイトルの『路(ルウ)』とは、台湾高速鉄道の「道」であり、葉山勝一郎と呂燿宗が再訪した「路(ルウ)」であり、春香と人豪が歩いた台北の「路(ルウ)」です。

ここまで。

 このままのコピペでは能がないので、自分の言葉を使って下さい。台湾高速鉄道台湾の歴史に目を通すと、イメージが膨らみます。

タグ:読書
nice!(8) 
共通テーマ:

映画 アイヒマンを追え! (2015独) [日記 (2021)]

アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男 [DVD]  フランクフルトの検事長フリッツ・バウアー(ブルクハルト・クラウスナ)がホロコーストに関わった親衛隊中佐アイヒマンを追うサスペンスです。

 アイヒマンは、ヴァンゼー会議の「ユダヤ人問題の最終的解決」に関わり、ゲシュタポのユダヤ人課長として500万人ものユダヤ人を絶滅収容所へ送り込んだ責任者です。敗戦で逃亡し、偽名を使ってブエノスアイレスに潜伏していることをバウワーに突き止められます。
 過去に正しく向き合うことがドイツの責務であると考えるバウワーは、アイヒマンを戦争犯罪人としてドイツで裁こうとします。政府中枢にはニュルンベルク法制定に関わったグロプケなど元ナチスが居座り、国内にはナチスの逃亡を助け支援する組織(オデッサ等)が存在し、ナチス支援者は、民間企業、司法、行政、警察とあらゆる階層に食い込んでいます。ドイツで戦争犯罪を暴くことは、これら勢力との闘いでもあるわけです。バウワーの元には脅迫状が舞い込み、銃弾が送られてくる始末。

 バウワーは、アイヒマンの情報を取るため恐喝までやってのけます。メルセデスの人事部長が元ナチス党員であることに目を付け、スアイヒマンガブエノスアイレスにいる確証を得ます。バウワーは、政府に任せておいたのではアイヒマン逮捕は覚束ないと考え、この情報をイスラエルの諜報機関モサドに渡します。これは国家反逆罪、犯罪を告発する検察の長が犯罪を犯すわけです。こうなると映画は、検事、モサド、オデッサ、政府が入り乱れてのエスピオナージュ、サスペンスとなります。

 ここで、バウワーの部下で検事のアンガーマン(ロナルト・ツェアフェルト)が登場します。検事局の部屋からナチ関係の資料が消える様にバウワーの回りは敵ばかり。バウワーは、アンガーマンを見込んでアイヒマン告発の助手にします。バウワーは、WWⅡ当時奥さんの故国デンマークに亡命していましたが、コペンハーゲンで男娼を買い捕まったが過去があります。ドイツ刑法175条で男性同性愛は禁止されていますから、バウワーを脅すネタになります(親衛隊大将ラインハルト・ハイドリヒが陸軍司令官フリッチュを追い落とした手法と同じ)。ナチスは、ユダヤ人、障害者とともに同性愛者を絶滅収容所に送っていますから、刑法175条はナチ映画では重要なアイコンなのかも知れません。おまけにアンガーマンはバイセクシャル。アンガーマンがその道に踏み込み、親ナチ勢力は、これをネタにアイヒマンから手を引けと脅します。こうなると、刑法175条とアイヒマンの「人道に対する罪」(国際法)の対決になってきます。
 バウワーの情報によってモサドはアイヒマンを拉致、イスラエルで裁判にかけられ「人道に対する罪」で死刑されます。

 ドイツ国民がヒトラーを国家元首に選びユダヤ人迫害に加担したわけですから、ホロコーストの罪をヒトラーやアイヒマン個人に追わせても何も生まれません。裁かれるべきは、ポピュリズムに加担したドイツ国民、人間の存在そのものかも知れません。アイヒマン同様の有能なテクノクラートが戦後のドイツを復興し、ニュルンベルク法に関わったグロプケがアデナウアー政権を支えたのです。日本でも、満州帝国の高官で東條内閣の大臣が戦後に総理大臣となっています。『アイヒマンを追え!』の面白さは、この辺りの面白さでもあるわけです。

 ナチ映画は多いですが、凡庸な悪を告発した映画『ハンナ・アーレント』と共にオススメです。

監督:ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー、ロナルト・ツェアフェルト

タグ:映画
nice!(6) 
共通テーマ:

紅葉 [日記 (2021)]

2.jpg 1.jpg
ドウダンツツジ             銀杏とメタセコイア

タグ:絵日記
nice!(5) 
共通テーマ:日記・雑感

吉田修一 怒り(2014中公文庫) [日記 (2021)]

怒り(上) (中公文庫) 怒り(下) (中公文庫)  冒頭、八王子で夫婦が殺害され、現場の壁には「怒」の血文字。僅かの現金とアクセサリー類を奪って逃走、犯人は山神一也27歳と判明するも、行方は杳として知れません。怨恨関係も無く、犯行そのものに目的がないとろから、警察は行きずりの突発的なものと考えます。

 1年後、千葉房総の漁港、東京新宿、沖縄波留間島に山神と似た3人の男が現れます。3人のうち誰が山神なのか?。犯人を探し「怒」の血文字の謎を解く、これも一種の倒叙ミステリーです。『悪人』同様、3人の山神は、山神と関わる人間によって描かれますそれは同時に、関わる人間が山神という光源によって照らさ、それぞれが抱える問題とその立ち位置が描かれることです。

 千葉 房総の漁協に職を求めて田代哲也が現れます。職員の槇洋平は、田代がそれまで働いていた職場の推薦状を信用して雇い入れます。洋平のひとり娘愛子には家出をして新宿の風俗店で働いた過去があります。心配の種・愛子と田代が付き合い始め、洋平は喜ぶ反面、この平安が何時まで続くのか不安に駆られます。
 田代は、真面目に働き、休日には少年サッカーチームのコーチをする好青年ですが、過去を一切明かしません。洋平は、TVの公開捜査番組の手配画像を観たことで田代を疑い始め、過去を調べ、田代が偽名を使っていることを突き止めます。父親から事の顛末を聞かされた愛子もまた田代を疑い、真実を明かさないなら警察に通報すると迫ります。果たして田代は山神なのか?。

 東京 新宿に大西直人が現れます。藤田優馬は、ゲイの集う店で直人と出会い、直人を自分のマンションに連れ帰りゲイ同士の同棲生活が始まります。直人もまた過去を一切明かさない謎の存在。優馬のゲイという性癖を容認し直人を受け入れる姉夫婦、ホスピスで余命幾ばくもない母親が登場し、優馬と直人の関係に陰影をつけます。
 優馬もまたTVの公開捜査で直人が山神である疑念を抱きます。山神は、鋭い一重瞼鋭い目で左利き(犯行後二重に整形)、右頬に縦に三つのホクロ、そのうちの一つを削り取ってるという特徴があります。直人がこの特徴を持つところから、優馬の疑念は益々深まります。優馬の疑念を察した直人はある日突然に姿を消します。

 沖縄 波留間島、高校生の小宮山泉は、友人辰哉と共に訪れた無人島でバックパッカーの田中信吾と出会います。田中は、辰哉のペンションで働き始め、泉は無人島の廃屋の壁に「怒」の文字を発見します。母一人子一人の泉は、母親の不倫で名古屋、福岡、沖縄と点々と住まいが変わります。母親のだらしなさ、人の良さを冷静に見つめる泉のキャラクターはなかなか魅力的。 
 泉と辰哉は那覇に遊びに行き、泉は米兵に暴行されます。辰哉は泉の秘密を護るため、暴行を目撃した田中を刺殺します。

 TVの公開捜査番組に関わり、山神を追うのが八王子署の北見。北見は捨て猫を拾ったことで美佳と知り合い、いつしか男女の仲となりますが、美佳もまた過去を語りません。北見が結婚の意思を示した途端、美佳は姿を消します。
『怒り』は、殺人犯・山神を始め、過去を隠す隠したい人間によって成立していることになります。

 田代、直人、田中の3人のうち誰が山神なのかという謎、3人を取り巻く洋平と愛子、優馬、泉と辰哉など、「山神」と関わることでそれぞれが抱える秘密が明らかとなり、一気に読めます。
 最大の謎、山神が八王子で夫婦を殺した動機も、壁に書かれた「怒」の血文字の意味が曖昧。普通に読めば、炎天下に工事現場を探して八王子の住宅街をさ迷い、それが雇い主の指示ミスだったという「怒り」、その怒りが冷えた麦茶をくれた主婦に向かい、夫婦を殺すという犯罪となります。動機とも言えませんが、いや殺人の動機などそんなものかも知れませんが...。『悪人』方が完成度は高いです。
 『怒り』は、市橋達也の起こした英国人女性殺害事件に想を得て、読売新聞2012年10月から1年間連載されたものだそうです。

タグ:読書
nice!(4) 
共通テーマ:

吉田修一 路 ルウ (2012文藝春秋) [日記 (2021)]

路 (文春文庫)  台北→高雄間350kmを結ぶ台湾高速鉄道(新幹線)建設の日台プロジェクトを背景ーに、日本と台湾の交流を4組の男女に託した物語です。

春香劉人豪
 1994年、大学生の春香は、金城武のファンだという理由で台北を訪れます。道に迷って劉人豪に助けられ、人豪はバイクで台北を案内します。再会を約した春香は、人豪の連絡先を紛失し、結局会えず終い。1995年に阪神・淡路大震災が起き、人豪は無事を祈るように春香の住む神戸にボランティアとして赴きます。1999年に台湾大地震が起きると、春香もまた人豪を想って彼の郷里・台中を訪れます。
 2000年、商社に就職した春香は新幹線建設プロジェクトで台北に赴任し、伝を頼って人豪を探すことになります。一方の人豪は春香と出会ったことで日本に留学して建設会社に就職、東京で暮らすことになります。運命の糸で結ばれたふたりは、日本人の春香が台北、台湾人の人豪は東京、とすれ違いとなります。『路』は、想いばかりが先行する春香と劉人豪の「すれ違い」の物語、『君の名は』の眞知子と春樹の台湾版です。

 台湾大地震で日本は各国に先んじて救援隊を派遣し救援物資を提供し、東日本大震災では台湾から200億円の義援金が届きました。2021年のオリンピック入場式で、NHKアナウンサーが「台湾です!」と紹介しました。このことを、台湾メディアは「台湾に誇りの瞬間をもたらした」と報道し、twitterで拡散したそうです。IOCは、国名を中華民国(台湾)ではなく「チャイニーズ・タイペイ」としているからです。中国が台湾を併呑しようと圧力を強めています。台湾の独立が危機に瀕している時に、日本の国営メディアが声高々と「台湾」の呼称を使い日本は味方だと叫んだのですから嬉しかったわけです。
 中国がパイナップル輸入を止めた時には、台湾産パイナップルを買おうという運動が庶民レベルで起きました。政府は、新型コロナウィルスのワクチンを無償で提供し、台湾のファウンドリー企業を日本に誘致するため4000億円の投資を決めています。
 こうした日台の交流が春香と人豪に託されます。台湾の新幹線は無事完成して時速300kmで運行を始め、春香の仕事は終わります。春香は、上司の勧める新しいプロジェクトを断って台湾に残ることを決心します。

勝一郎呂燿宗
 日台交流で外せないのは、台湾が日本の植民地であった歴史です。1895年、日清戦争の勝利で台湾は日本に割譲され、敗戦の1945年まで日本の植民地でした。
 葉山勝一郎は、台湾で生まれ育ち敗戦で日本に引き上げた、20万人とも言われる湾生の一人です。75歳になった勝一郎は、旧制台北高校の同窓会名簿で幼馴染みの呂燿宗(中野赳夫)が健在であることを知り、60年ぶりに呂燿宗を台北に訪ねます。この台湾旅行をアテンドしたのが、劉人豪。
 勝一郎と呂のふたりは、日本女性・曜子を愛した(争った)という過去があります。学徒出陣する呂は曜子への恋を告白し、勝一郎は、オマエは日本人ではない、二等国民(台湾人)だと呂を詰った経緯があります。その後、勝一郎は曜子と結婚します。この出来事が勝一郎を台湾から遠ざけていたのです。曜子が亡くなり、60年経ってわだかまりも癒え、勝一郎は呂を尋ねる決心をします。二人の再会と、昔遊び回った路地を訪ねる下りはなかなか感動的です。
 勝一郎は癌で余命幾ばくもない身、医師の呂は「台湾で死ね(故郷に来いおれが看取ってやる)」と告げます。

ユキ
 安西誠は、高速鉄道プロジェクトのため台湾に派遣された春香の上司。新幹線プロジェクトは進展せず、日台の間で悩む日々が続き、日本に残した妻との関係が拗れて離婚。クラブ・ホステスのユキ(台湾人)と同棲し安らぎを取り戻します。

陳威志張美青
 陳威志は、新幹線の車輌整備工場の整備員。高雄の整備工場を訪れた春香と親しくなります。威志の幼馴染み張美青は、カナダに留学して日本人の子供を身籠って捨てられ、故郷に戻ったシングルマザー。威志は美青と結婚し、その息子を育てます。吉田修一の読者であれば、これが『続・横道世之介』のヴァリエーションだと分かります。

 タイトルの『路(ルウ)』とは、台湾高速鉄道の「道」であり、葉山勝一郎と呂燿宗が再訪した「路(ルウ)」であり、春香と人豪が歩いた台北の「路(ルウ)」です。

台湾愛
(春香は窓からの景色を眺め)南国の日を浴びた樹々は強烈な緑色で、自分は生きてるんだと大声で宣言しているように見える。南国の太陽が降り注ぐ日には、目一杯浴び、南国の雨に濡れる時には、目一杯飲み干す。ここ燕巣の樹々を眺めていると、生きるということがとてもシンプルなものに思えてくる。シンプルだからこそ、とても力強いものに。
 台湾は台北、台中、くらいしか知りませんが、仕事で何度か行きました。この緑色は記憶にあります。後は台湾料理が美味しかったこと。本書でも、魯肉飯、拝骨飯、紅豆湯圓、牛肉麺、小籠包、魯白菜と台湾料理が沢山登場します。
 『路(ルウ)』は、作者の湾愛に溢れた小説です。一度でも台湾を訪れた読者なら、また台湾に行ってみたくなる小説です。

【当blogの吉田修一】
国宝(2019)
続・横道世之介(おかえり横道世之介、2019)
怒り(2014中公文庫)
路 ルウ (2012文藝春秋)
横道世之介(2009)
悪人 (2007朝日文庫)
女たちは二度遊ぶ(2006角川文庫)

タグ:読書
nice!(5)  コメント(0) 
共通テーマ:

吉田修一 悪人 (2007朝日文庫) [日記 (2021)]

悪人 新装版 (朝日文庫)  福岡と佐賀を結ぶ国道263号線の三瀬峠で、若い女性の絞殺死体が発見されます。殺されたのは、福岡の21歳の保険外交員・石橋佳乃。殺したのは長崎の27歳の土木作業員・清水祐一。ふたりは出会い系サイトで知り合い、金銭の介在する男女関係。男女の出会いを「出会い系サイト」に求め、恋が金銭で売買されるわけですから売春、佳乃は素人の娼婦、娼婦の素人と言われます。
 佳乃は、ボーイフレンドの大学生・増尾と会うと同僚に告げて別れた後殺されます。後半まで殺人の描写は無く、祐一が殺したとは何処にも書かれていませんが、犯人は祐一。祐一は何故佳乃を殺したのかという倒叙ミステリーです。

祐一
 祐一は、母親に捨てられ、祖父母の養子になったという生い立ちを抱えています。寡黙で車以外には興味を示さない反面、祖父や集落の老人の病院通いに手を貸す優さがあります。祐一が何故佳乃を殺すに至ったのか?、作者は祐一自身ではなく彼を取り巻く人々に語らせます。祐一を育てた祖母・房枝、息子のように思う大叔父・憲夫、祐一を捨てた母親・依子、数少ない友人の一二三、祐一が馴染んだファッションヘルスの従業員・美保などの証言によって、祐一の姿が浮かび上がります。作者は、倒叙ミステリーをドキュメントの手法を使い、事件と人間の多角的な側面を描きます。
 祐一は、ファッションヘルスに母性を求めたようです。馴染んだ美保に手作りの弁当を運び、祐一ような男と一緒に暮らしたいというの美保の空想を実現するためにアパートまで借ります。美保は、これを聞いた翌日に姿を消します。これを聞課された友人の一二三は、祐一を「起承転結」の”起”と”結”で出来上がっている人間だと評します。

光代
 紳士服量販店の店員光代は、接客する男性の中から白馬の騎士が現れることを夢想する間に、いつしか29歳。店とアパートを往復する単調な生活のなかで祐一と出会います。これも出会い系サイト。光代の登場によってミステリーは変貌します。
 現代の出会いは、学校や職場という現実の「場」ではなくサイバー空間で起こる様です。偽名を使い年齢を偽り、人はアイコンとして出会います。仮想世界で人はどんな存在にもどんな関係を結ぶことが出来ますが、そこを離れれば動かし難い現実の世界と直面することになります。そのギャップにドラマが生まれるわけです。

 ふたりは出会ったその日に男女の仲となり、逢瀬を重ねるうちに祐一は殺人を告白します(ここで初めて祐一が犯人だと明かされます)。光代は祐一に自首を勧め、警察署の前で光代の脳裏にひとつのシーンが甦ります。光代には、乗る筈のバスがバスジャックされ(西鉄バスジャック事件)既んでのところで難を逃れた経験があります。バスに乗る寸前に友人からキャンセルの電話が入り、難を逃れたシーンが甦ったのです。

イヤ!あのバスには乗りとうない!
 ここで祐一と別れたら、私にはもう何にもないたい……。私、幸せになれるって思うたとよ! 祐一と出会って、やっとこれで幸せになれるって…。

自首というバスに乗れば、祐一を失います。祐一を失いたくない光代に引きづられ、ふたりの逃亡が始まります。殺人犯が女性を人質に逃亡するのではなく、女性が殺人犯を人質に逃亡するです。

私ね、祐一と会うまで、一日がこげん大切に思えたことなかった。仕事しとったら一日なんてあっという間に終わって、あっという間に一週間が過ぎて、気がつくともう一年…。私、今まで何しとったとやろ? なんで今まで祐一に会えんかったとやろ?
今までの一年とここで祐一と過ごす一日やったら、私、迷わずここでの一日ば選ぶ...。

 光代と祐一はラブホテルの泊まりを重ね、車が手配されたため車を捨て廃墟となった灯台に逃げ込みます。灯台は、母親に置き去りにされた祐一が桟橋から見た風景です。

最終章 私が出会った悪人
 警察は灯台を包囲しふたりの逃亡は終わりをつげます。捕まる寸前、突然祐一は光代を押し倒し首に手を掛けます。

【祐一の供述】
この前もお話しした通りです。他に付け加えることも、訂正することもありません。女性を追いつめることに快感を覚えとったんです。追いつめた女性が、苦しむところを見ることで、性的に興奮しとったんです。
・・・何度も言いますけど、自分は馬込さんのことなんか、初めからぜんぜん好きじゃなかったんです。ただ、一緒に逃げるときの金ヅルとして、そういう(愛している)ふりをしたこともありました。そういうふりをしとるうちに、自分でも勘違いしてしまって、それが自分の本心のように思えとったんです。でも、今、考え直したら、別に馬込さんじゃなくてもよかったんです。馬込さんじゃなくても....。ただ、もし馬込さんに会うてなかったら…。もし、あの人に会うてなかったら…。

【ファッションヘルスの従業員・美保の証言】
そしたらあの人が急に真面目な顔をして、「ここだけの話やけど、俺、おふくろに会うたら金せびる」って言ったんですよ。・・・真面目な顔でそう言うってことは、悪いと思うとるんやろうし、次は反省の弁でも出てくるんやろうなぁって。・・・でも、あの人、私の予想とは違って、「欲しゅうもない金、せびるの、つらかぁ」って言うたんですよね。だけん、「じゃあ、せびらんならいいたい」って、私が笑うたら、あの人、ちょっと考え込んで、「…でもさ、どっちも被害者にはなれんたい」 って。

【光代の証言】
でも、あんな逃げ回っとるだけの毎日が…、・・・未だに懐かしかとですよ。ほんと馬鹿みたいに、未だに思い出すだけで苦しかとですよ。きっと私だけが、一人で舞い上がっとったんです。佳乃さんを殺した人ですもんね。私を殺そうとした人ですもんね。世間で言われとる通りなんですよね? あの人は悪人やったんですよね? その悪人を、私が勝手に好きになってしもうただけなんです。ねぇ?そうなんですよね?

 心優しき殺人者、悪人、祐一の物語です。

タグ:読書
nice!(6)  コメント(0) 
共通テーマ:

吉田修一 続・横道世之介(2019中央公論新社) [日記 (2021)]

続 横道世之介続きです

一応大学は卒業したものの、一年留年したせいでバブル最後の売り手市場にも乗り遅れ、現在バイトとパチンコでどうにか食いつないでいる二十四歳。

 『横道世之介』で19歳だった世之介は24歳になっています。留年して名のある会社はすべて一次試験で落ちてしまい、やっと面接までこぎ着けた中堅菓子メーカーはギックリ腰で棒に振り、只今フリーター。学生時代の友人は就職して去り、世之介の人間関係はアルバイト先とパチンコ屋だけという寂しさ。唯一残っているのが、同じ留年組だった「コモロン」こと小諸大輔。世之介を置いて一流証券会社に就職したコモロン曰く、

会社で嫌なことがあっても、ふと世之介のこと思い出すと、なんかほっとするんだよ。無理しなくてもいいよなって。世之介みたいな奴でもちゃんと生きてけるんだもんなあって。

世之介は周りを癒やすというか、世之介と比較すればオレも未だマシと思わせる人物なんでしょう。当の世之介はこう自己評価します、

・・・俺は、マラソン大会とかで、 辛くて、いよいよ立ち止まって、レースから脱落したときに横を歩いてくれる奴なんですって。息が整うまで一緒に歩いてもらって、自分の息が整ったら、俺を置いて走っていく

「少しは言い返せよ、怒れよ」と思うんですが、『横道世之介』の面白さはこの人のよさ、ほぼこれに尽きます。

 続編も1993年の世之介の現在と2021年が交差します。登場人物は一新され、”コモロン”、シングルマザー桜子と3歳の息子の亮太、桜子の兄隼人、パチンコ屋で新台を取りあった浜本。コモロンは折角採用された証券会社で落ちこぼれ、世之介と場末居酒屋でクダを巻き、英語を話すと人格が豹変することから一念発起してアメリカに留学します。桜子は元ヤンキーでキャバクラ・ホステス、かつシングルマザー。ヒョンなことで世之介と知り合い、ふたりは付き合うことになります。女だてらに鮨職人を目指す浜本は、頭を五分刈にして銀座の鮨屋に就職します。残念ながら、子供が生まれ大学を辞めた親友・倉持、天然の「お嬢様」恋人・祥子は登場しません。

 桜子の実家は父親と兄が経営する自動車整備の町工場で、アルバイト先が潰れた世之介は、彼女の実家でアルバイトを始めることになります。桜子は、短編集『女たちは二度遊ぶ』の「殺したい女(2005)」が発展したヒロインです。世之介は桜子にプロポーズしますが、定職に就かない男が何言ってんだと断られる始末。
 続編の後半は、世之介、桜子を軸に、桜子の息子亮太、父親、兄の勇斗(元ヤンキー)にコモロン、浜本が加わり、下町の町工場を舞台にドラマが展開します。

 世之介は定職もなく彼女の親元でアルバイト。世之介の両親は、何のために東京の大学にやったのかと嘆き、隣近所に肩身が狭い。読者の方も、「オイ、いい加減にシッカリしろヨ」と言いたくなります。コモロンは、

世之介ってさ、いつ見ても0(ゼロ)だからさ、だから、世之介のこと見てると、なんか、『まだ、ここからいくらでもスタートできるな』って思えんの

 前作との唯一の繋がりが”ライカ”。このライカで撮した世之介の写真が、小さな公募展で佳作に入選します。審査員は、

君の写真の何がいいか、君、自分で分かる?
何がいいか、ですか? いや、ちょっと自分では……
君の写真はね、善良なんだよ、善良
 善良?

 これが縁で世之介は審査員の助手となり、カメラマンの道を歩みだ出します。世之介のこの「善良さ」は、ホームから線路に落ちた男を救い電車に轢かれ、40歳で命を落とすことで完結するわけです。

タグ:読書
nice!(7)  コメント(0) 
共通テーマ: